ロール5。みんな揃ってお人よし。 2転がり目。
「背中向けてるからなにしてるのかと思った」
「うわぁあっ」
ベルクの「せ」の直後に、語尾が波線になってるような力の抜けた声が出た。
これでも驚きの声だ、当然だろ。予想外にすぐ真後ろで声がしたんだから。
「ベルクかよ、戻って来たのか、脅かすな」
「なかなか来ないので、心配になって戻って来たんですわよ」
レイナに言われて納得。
「そういうことか。ありがとな」
なんだろう。この世界に転生てからやけに素直にありがとうって言えるぞ。
「いいわよ気にしなくて。リビックは同じパーティの仲間だし、リョウマも仲間みたいなものだしね」
「警戒心のない奴だな」
「なにかを企んでいるようには見えませんものね、リョウマさん」
ベルクに言ってるようなレイナの言葉。微笑が入ったような感じで言った。
けど小馬鹿にしてる感じがしないのはなんでだろうか?
レイナの人の良さが、これまでのやりとりでしっかり出てるからかもしれないな。
「ずいぶんよく見てるんだな、二人とも」
この「よく」は、いい方向に って言う意味だ。じっと見てる、って意味じゃない。
「あなたの人柄、ここまでのやりとりで裏表のない そして悪い人ではない、そう思えましたから」
「そっか」
真っ直ぐに言われて、てれくさくってニヤけてしまった。
「ほら、そういうとこよ」
ベルク、微笑で言う。レイナもフフフと穏やかな声色だ、仮面してて表情はその声で察することしかできないけど、笑みなのは間違いないとわかる。
「ふぅん、カイナベル 借りたのね」
「カイナ……なんだ それ?」
「その双剣の名前よ」
なるほど、俺の両腰に刺してある剣を見て言ったのか。
「へぇ。まあ、使える自信はまるっきりないんだけどな」
苦笑する。女子二人は、楽し気な笑みを返してくれた。レイナはそういう声ってだけだけどな。
「それじゃ、リョウマの準備 終わったみたいだし、改めて いきましょっか」
「ですわね」「だな」
「よっ」
改めに改めて、俺はリビックを背負った。
まだ、自分の身体能力の増強具合に慣れられなくて、ちょっとおっかなびっくりになってしまったものの、幸いそこは見られてないようだ。
「ところでさレイナ」
歩き出してすぐ、俺は切り出した。
「なんですの?」
「さっきかけた魔法。具体的にはどういう効果なんだ? 悪臭が消える魔法、ってわけじゃないだろ?」
感じてる効果を言ったら、なんでか二人からクスクス笑われた。
「な……なんだよ? 現状引き合いに出せる情報がそれしかないんだぞ。笑うなよ」
こちとらまったくの素人だってのに、知識があるのを前提にしたリアクションされるのは納得いかねえ。
「ごめんなさい。たしかに、そういう効果に思えてもしかたありませんわよね」
「リョウマって、面白いわよね。思いもつかないようなこと言うんだから」
「それは……いやみだな?」
軽く睨みながら疑いの色で問いかける。
「そんなつもりじゃなかったんだけど、そう取れちゃったらごめん」
笑いの残る声でそう言われては、そういうことにしておくしかない。
わざわざ体ごとこっち向いて、苦笑で言ってるんだしな。
「いやみじゃない、ってことにしとくよ」
しかたない、って気持ちが声に出てしまった。
「ごめんって。ほんとに予想できないようなこと言うから、不意打ち喰らっちゃうのよ」
若干まだ笑いが残ってるけど、それでも
「オッケー了解、承知した」
その言葉をくみ取ったことを伝える。
それが心からの答えでもあるし、護衛してもらってる立場としても、ねちねちごねて機嫌を損ねるわけにはいかないしな。
オッケー 了解 承知、と同じようなことを三度も重ねて言っちゃったことに今気付いたけど……まあ、気にしないでおこうと思う。
「それで、どんな効果なのかですけれど」
ベルクが進行方向に向き直って歩き出してすぐ、レイナが話を本題に戻した。
おおと相槌して続きを促す。
「聖防御結界は、邪な物の影響から身を守る物です」
「影響から? 邪な物そのものじゃないのか?」
「はい。それはまた別の魔法になりますわね。結界に触れた者をそのまま浄化するような攻撃性は、聖防御結界にはありません」
「細分化されてるんだな。けど、邪な影響を防ぐ物で、なんで臭いが消えてるんだ?」
「あの腐臭は、屍皇竜ネクロノミコンダの影響で発生している物だからですわ。あれを体内に取り込み続けたら、わたくしたちもどうなるかわかりません」
「マジかよ。鼻がひん曲がりかける程度で済んだのは、ある意味で幸運だったのか?」
「おそらく、ですけれど」
「そうなのか。直接どころか間接攻撃すらアウトとは。ほんとにレイナが適任だったんだな」
「ええ」
そうレイナは頷く。
レイナの推測の段階での話とはいえ、戻らない多数の人間って言うはっきりした被害と、鎧兜のゾンビって言う証拠もある。おそらく、レイナの推測は正しいんだろう。
「でもさ。なんで影響を防ぐだけ、なんて限定的な結界にしたんだ? その、振れるだけで浄化できるってのにすれば楽だろう?」
「あれは守る結界と同時に攻撃の力も付与する、いわば二重に結界を張る物で、高等魔法なんです。わたくし、使うことができませんの」
恥ずかしそうに言うレイナ。
「なるほど。それでか」
その恥ずかしさの理由はわからないけど、使わなかった理由は納得した。
使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだな。
「それに」
「まだ、なんかあるのか?」
「ええ。もし使えたとしても、わたくしは使わないと思います」
「どうしてだ?」
「振れたそばから浄化してしまっていると。なんだか……力に溺れてしまいそうで」
まるでそのことを怖がってるような、少しひそめたような声。
「それと。触れたとたんに身体が溶けてなくなる結界による浄化の力はアンデッドにとっては劇薬と教わりました。
同じ浄化ならせめて、少しでも安楽に近い形で、再び永眠りについていただきたいのです、わたくしは」
続けて、神妙な声色でそう言う。
「お前……」
せめて痛みを知らず安らかに死に直すがよい、ってことか。有情っぷりに言葉が出ない。
「影響を完全に遮断できる結界を苦も無く長期間展開できる上に、
浄化魔法をその 結界展開状態でポンポン使えるレイナでなきゃ言えない言葉だけどね それ」
そうベルクが会話に入って来た。
一目ならぬ一耳で、レイナがとんでもないスペックなことがわかるベルクの言葉に、今さっきとは別の意味で俺は言葉を失ってしまった。
「まったく、化け物よ レイナの魔力操量と操れる魔法の質は」
その声色は、羨んでるようにも、呆れかえってるようにも取れる。
「あまり、その言われ方は好きではないのですけれど。わたくし、すごい技術や魔法が使えるわけでもありませんから」
困ったように言うレイナに、よく言うわよって失笑してるような声色で返すベルク。
この会話、険悪な空気を感じない。このやりとりが、この二人にはあたりまえなんだろうな。
「なんか……変な臭い、しないか?」
進んでるうちに、なんだか焦げ臭いような臭いがして来た。
「そりゃーね。あれだけの炎魔法を それも範囲を絞って打ったんだから、焦げ臭いのは当然よ」
「ああ、これ。さっきのリビックの魔法の影響なのか。通りで臭うはずだ。
で、なんで範囲を絞ることが理由に入るんだ?」
なんとなく想像は付く。
範囲を絞るってことは、それだけ力が収束することになるから、その分威力が上がるんだろう。
けど、これはあくまで推測だ。時間と緊張潰しついでに、推測が正しいのか確かめることにしたわけである。
会話がないと、それだけ緊張感が長く続く気がするからな。
「範囲を絞るってことは、その分威力 つまり魔力も集中 収束することになるわ。だからなにも考えずに打つより威力が高くなるの」
「なるほどな」
予測的中っ!
「なにも考えないと、基本的に上位になればなるほど範囲が広がるのよね 攻撃魔法って。
だからいっつもリビックには範囲を絞り込むように言うのよ。考えなくていいような広範囲に目標がいることなんてまれだからね」
「そうなのか」
RPGの攻撃魔法は作品によるけど、属性によって単体 グループ 全体って別れてたり、
任意で単体か全体かで選べたりするけど、からくりはこういうことだったのかもしれないな。
ゲームシステムを世界観に落とし込んだ場合を考えたら、って話だけど。
「ええ。大変だって言うのは、今回山だからよ」
「そう言ってたしな。しっかし……範囲を絞り込んでたのにあの威力か」
なにも被害がないみたいだから、まだここは魔法が通っただけっぽいな。
ーーこの先どうなってるのか。恐ろしいぜ。




