ロール4。炎魔法と再びダイス。 3転がり目。
「さて。どうしたもんかなぁ」
リビックの横の酒瓶を、彼の背中の袋にしまいながらひとりごちる。
「俺、こいつを背負って二人について行かなきゃいけないよなぁ」
はぁ、と重苦しい溜息をはいた。
「いくら細身とは言っても、俺 人間一人しょって動けるのか? 一応コロコロちゃんに補正かけてもらってるけどさ。っと。止まってると二人を見失いかねねえか」
二人を見失うのは、なによりまずい。
「物は試し、か」
グデーっとなってるリビックを、抱えてみることにしよう。
チリンチリーン
「このタイミングでかよ」
まさかのダイスロールタイム到来、ぼやきたくもなる。しゃがもうと腰を低くしようとした、まさにその瞬間だったからな。
しゃがみ始めた変な姿勢で、時間が止まらなかったのが、せめてもの救いか。
吹き抜けのような縦の広さを感じる。けどなんの音もしてないせいで、そのスペースの広さだけが理解できる。
でも横のスペースは縦ほどの広さを感じない。むしろ狭苦しい気さえする、そんな奇妙な世界に切り替わった。
今の今まで俺がいたはずの場所は、まるですりガラスを置かれたように灰色にぼやけて輪郭も捉えられない。
「……まるで牢屋だな」
声の反響は俺の予測の通り、横よりも縦に響いた。広い吹き抜けの玄関ホールみたいだ。
さっきは勢いだけで事態が進んだから、このえっとなんだっけ? ショットフィールドだったっけ、それの空間をじっくり考える隙間がなかったんだよな。
で、今空間を理解して、出て来た感想が今のひとことだ。
「生えてきてたのか、テーブルとサイコロ」
音もなくニュウっと、白地と黒地の一組 赤い目の六面サイコロが乗ったテーブルが一脚、地面から生えて来た。
せりあがって来た、って言った方がよかったかもしれない。
けど、どっちにしても無音で地面から現れるってのは、見てる俺からすると気味が悪い。まるで音をつけ忘れた動画みたいだ。
この実感のなさをなくすため、俺はテーブルに手を置いてみた。
「よかった。しっかり感触がある」
安堵ついでにサイコロに触れようと、そっちに手を伸ばす。
ガジャリ!
「っ?!」
びっくりして手を引っ込めちまった。
焦ってドアを開いたような音と共に、灰色の一部 俺の正面が黒く塗りつぶされたんだ。また、ドアみたいに。
心臓ドックドック言ってんよ……。
無音からの大音。あやうく心の臓が止まるところだったぜ。
「はわっ!」
変な声の直後に、ドタンっと言う聞くからに痛そうな音が。
と同時に、サイコロが姿を現した。
「いったったぁ」
どうやら音を出したのは、顔からずっこけたこのダイスの女神、コロコロちゃんだったらしい。
「アノ……ダイジョウブデスカ?」
対応に困って無難な言葉を、抑揚少なくかけた俺に、答えるように起き上がったダイスの女神ちゃんは、
「え……えへへ。さっきぶり、ですね」
恥ずかしそうにはにかんだ赤い顔をしています。
「で? なに慌ててたんだ?」
声に呆れが混じった。
「だって。竜馬さんダイスロールしようとするんですもん」
はにかみから一転、ふくれっつらしてそう言うが、完全に誤解である。
ふくれっつらしてんのに、まったく怒りを感じない童顔は、正直言って癒されてしまう。
コロコロちゃんには悪いけど、感想はかわいい一択だ。
「ん。なんですか、ニタニタして」
俺よりも座高が低いようで、下から見上げて聞いて来る。
彼女的には睨んでるつもりなのかもしれないけど、俺にはただ見上げてるようにしか感じられない。
「うふぁぁりいわりい。あんまりにもかわいらしかったんでさ」
ニヤニヤがとれないまま喋ったもんだから、半笑いみたいな声になってしまったぜ。
「むぅ。そんなことゆわれても、ゆるしてあげませんからね、めがみのわたしをニタニタ見たこと」
「真っ赤な顔して言われてもねぇ」
「んむむぅ。で!」
突然大声出されて、ビクリっと同時に「おわっ?」っと間の抜けた声を出してしまいました。
「なんでわたしを無視してダイスロールしようとしたんですか」
むくれた声で聞いて来た。
「誤解だ。俺は別にd」
「五階も六階もありませんっ!」
両手をドンっとテーブルに叩きつけて言ったコロコロちゃんに、俺はまたビクっとしてしまった。
せざるをえないだろう、いきなりそんなことされたら。無音だぞこの空間……。ショック死させたいのかこのダイスの女神略してダ女神は。
「証拠は上がってるんですよっ!」
拳骨にした右手の小指側を、ドン ドン ドンとリズミカルにテーブルに三回打ち付けながら、そんな古典的な台詞を吐いたこれでも女神様。
ーーいったいいつの時代の刑事ドラマの取り調べ風景だよ。
そんな台詞を吐くんなら、カツ丼の一つも出してもらいたいもんだ。
……やれやれ、いいぜ。こうなったらノってやろうじゃねえか。
「証拠? いったいどこに」
小馬鹿にしたようにニヤリと、不敵な笑みを浮かべて言葉を返した。
「あなたは、わたしのサイコロに触れようとしました。それがどういうことだか、わかっていますか?」
「いいや」
ふてぶてしい、白を切る犯人を装って答えて見る。
なんだ、俺。案外やれるじゃないか。
「サイコロと言うのは、魔力を持っています」
しかし俺の否定はスルーされた。取調官さんや。犯人の言い分ぐらいは聞いてやりましょうよ。
「置いてあると触れたくなる。そして手にすると、無性にコロコローっと 転がしたくなるのですっ」
「ふむ、なるほど。たしかに、そうかもしれない」
あ。犯人演義が飛んじまった。
「そうでしょう?」
語尾は上がってるけど、口が笑みだし声色が誇らしげだ。流石はダイスの女神、ってとこだな。
「しかしっ」
コツンっと、今度は左手を拳骨にして軽くテーブルを小指側で叩く。
かなりノリノリでやってんだな、この取り調べモード。
「これはただのサイコロではありません。わたしの。女神のサイコロなのです」
「め」と同時に、俺がつい今さっき触れようとした二つの立方体を右手で掴み取った。
カチャリとくぐもった音が、彼女のグーにした手の中で鳴る。
「そして竜馬さん。わたしとあなたは博打仲間。わたしはダイスの行方を見守りたいのです」
「そ」から、右手の中のサイコロをジャラジャラしながら 説教でもしてるつもりなのか、たしなめるように俺に言う。
一つ頷いてから、「それで?」と再び犯人演義に戻る俺。
「つまりですね」
深く息を吸った。手の動きが止まる。
ーー備えて置こう。きっと叫ぶぞ、この流れは。
「わたしを待たずにダイスロールしちゃだめなんですよぅっ!」
まさかのだだっこ口調である。しかも俺から守るようにしたと思しき手の中のサイコロを放り投げおった。
……どんだけ必死なんだ、この女神。
「あ。ああ……すまんかった」
勢いに押し切られてしまった。コロッコロコロッと小気味いい音が響く中、俺は力なく謝るしかなかった。
俺は単純に、感触があるのか確かめたくて ただ触ろうとしただけだったんだけどな。とても言える雰囲気じゃない。
真実ってのはどうやら、一つではないようだぞ 小さな高校生名探偵さん。
「っと。ゆうわけで。ダイスロールといきましょうか」
ニコリと口角が柔らかく上がったコロコロちゃんの声色は、その表情にたがわず嬉し楽しそうだ。
「どういうわけだよ……」
ゲッソリした溜息が言葉に配合されて、得も言われぬ疲労感を醸し出している。
「で? 今回はなにを決めるダイスロールなんだ?」
すっかりと調子の戻った、額のたんこぶの形が 髪に隠れてはいるものの見てとれるダイスの女神に、俺はそう相槌を打つ。
「フッフッフ。それはですねぇ」
楽しそうなニヤリ顔。
「あなたの力に関する物です。それがどの程度の強さになるのかを、今回のダイスロールで決めます」
「こ」と同時にグッと、右の拳を握りしめて コロコロちゃんはそう言った。
「俺の……力?」
にわかには理解できない言葉だ。今いる世界に転生時の身体能力の強化とは、この口ぶりでは別物だろう。
「あれ、反応薄いですね?」
不思議そうに首をかしげている。
「そりゃ、あなたの力、なんて言われてもどういうことだか」
思ったままを答える。
「これもわたしの罪滅ぼしの一つです。あの世界には魔法があることは、もうわかりましたよね?」
頷いて肯定を示す。
「ですけど、竜馬さんへの強化は身体能力だけで手いっぱいでして。魔力を扱うのが苦手な人になってしまいました」
申し訳なさそうに目線を下げた。
「俺にとってはあたりまえのことだから、別に違和感とか不満とかないぞ」
「でも」と歯切れが悪い。なにか言うのかと言葉の続きを待つ。
コロコロちゃんは、俺に魔力への適正をどうしてつけたがったんだろうな?




