ロール4。炎魔法と再びダイス。 1転がり目。
「おかしいな。空は晴れてるはずなのに、なんだか薄暗い」
あれからまた更に登った。
さっき鳴ってた風のような音はボリュームを増している。音だった物に、今はほんのりと呻きのような、低温が混ざって聞える。
「それだけ、近いってことよ。ネクロノミコンダがね」
真剣な調子でベルク。彼女の顔は少し上を向いてる。『敵』を見てるんだろうな。
「いよいよ。って感じか」
体に少し力が入ってしまった。
ーー敵が近い。本格的な戦闘が。バトルが近づいている。
そう考えただけでこれだ。体に入っちまった力が、じわっと強まった気がする。
歩き方が、カクつき出した。まだ敵の影しか見えてないようなもんなのに、このカクカク状態。
ーー現場に到着したら、俺は……動けるんだろうか?
「大丈夫ですか、リョウマさん?」
俺のカクカクウォークを見たであろうレイナが、含み笑いな声で言った。
俺には、この完全防御な装備の、いったいどこから外を見てるのか謎なんだけどな。
「心配そうな言葉とは裏腹ですね巫女様」
「だって、フフフ。突然変な歩き方になるんですもの」
「ちくしょこいつ。人の気持ちも知らないでっ、フフフじゃねぇ! おしとやかに笑ってるからって許されると思うんじゃねぇぞっ」
「あら。結界、いらないんですの?」
「ぐ……」
軽い調子で言われた言葉に二の句が継げない。
現状平気で会話できてるのは、レイナが張った結界とやらのおかげだ。解除されたら、おそらく鼻がひん曲がる。
「あの……ごめんなさいリョウマさん」
数秒の沈黙の後。遠慮がちな声が左からして、思わずそっちを見た。
「軽い冗談でしたの。そんな本気で考え込まれてしまうだなんて、思わなくって」
反省しています、その気持ちが声色にはっきり出てる声だ。
「冗談なんだったら、よかったよ」
ふっと、大きく息を吐いてから、そう言った俺。
俺のリアクションに、今度はレイナがふぅっと安堵したような息を吐いた。
「人が警戒しながら歩いてるってのに、オフタリサンはずいぶんと楽しそうね」
濁点溜息交じりで、すんごくいやみな言い方。
「ごめんなさい」
含み笑いなんですね。いや、これは……はにかみ笑い、か?
「俺は楽しくないんだけどな。肝が冷えたし」
ほんとのことを言ったと言うのに、ベルクは「ふぅん」とそっけない。
「ベルクローザ。リョウマ、歩くのも大変みたいなんだ。きっと緊張がいっきに来たんだ。
戦うことが初めてなんだと思うよ。だから、彼の言うことはほんとだ。そう邪険にしないであげようよ」
リビックから、俺をフォローするような言葉がした……のはいいんだけど。
別に食い気味に言うほどのことじゃないよな? それも若干早口だし。
「そんなに必死になることないじゃない。リョウマも気にしてる様子じゃなさそうだしさ」
さらっとベルクが言う。
うん。正直その通りなんだよな。なので小さく頷いて同意する。
「ほら、本人頷いてるわよ」
チラ見して来たベルクに、そこは空気を読んで黙っとくとこだろ! と、心の中だって言うのに小声叫びである。
「え? あ、そ……そう」
「ア、アハ。アハハハ」、乾いた笑いが後ろから聞こえた。恥ずかし汗かいてそうな声だな。
「また、ちょっと暗くなったか」
うすら寒く感じて空を見れば、より暗さを増していた。更に敵に近づいたことになる。
それを実感するのは風のような音が、
「くっ」
思わず歯噛みするほど呻きの色が濃く鳴ってるからだ。
「そろそろ。見えるはずですわね。村人や冒険者だった方々が」
静かに、なにかを抑えたような声色でレイナが吐き出した。
吐き出す、って表現がしっくり来るような、そんな……忌々しげとでも言おうか。そういう声。
「うめき声に、厚みが増して来たな。いったい……どんだけいるんだ、ゾンビ連中は?」
体中が凝り固まったように硬い。俺は、どうやら自分の想像を超えた緊張感に支配されてるみたいだ。
「あの、リョウマさん。体操、します?」
聞いて来たレイナに、俺は足を止めて少し考える。
「そうした方が、よさそうだ」
軽く腕を回すのすら、多少意識しないといけないほどにゴリッゴリになっていることに、今気が付いた。
ついさっきレイナに回復魔法で体力を戻してもらったって言うのに、この不自然なまでの体の固さはなんなんだ?
「なあ、緊張ってこんなに体 硬くなるもんなのか?」
ゆっくりと準備運動をしながら、誰にでもなく問いかける。
「戦うと言うことが。命の危機に自ら飛びいることが初めてだと言うのなら、あるかもしれませんわね」
ごく普通にレイナが言った言葉に、俺は動きをとめてしまった。
「命の危機に、自ら飛び込む……」
反芻して。胸にずっしりと重みが来た。
「緊張のみならず、戦うと言うことへの無意識の恐怖が、体の硬さを増している原因かもしれません」
「そう、か。そう……かもな」
バカヤロウ! 余計硬くなっちまったじゃねーかっ!
「リビックさんは勿論ですが」
「なんでぼくは当然なんだよ……」
密かに突っ込んでるが、そのぼやき突っ込みじゃあたぶん。
「わたくしも」
ほらな、聞いてくれてない。
「そしてベルクローザさんも。初めは恐ろしかったものですわ」
「ちょ、ちょっと?」
右半身だけこっちに向けて抗議の声を上げたベルク。うっすらと顔が赤い。
「なんであたしまで引き合いに出すのよレイナ?」
「なるほどなぁ。みんな、大変なんだな初めは」
ーーふぅん。元々顔だちはかわいらしいけど、てれ顔って、ちょっと幼く見えるんだな。
「な、なによリョウマ。なにニヤニヤしてんのよ?」
「いや? なーんも」
「……殴るわよ」
歯を食いしばって、こっちに右拳を突き出してきた。
が、
「恥ずかし紛れじゃ怖くないぜ」
ニヤリ。今しがたのニヤニヤとは別の。からかう意図を持った、意識したニヤリ笑い。
「くううぅぅ……!」
拳をギュウっと握りしめ歯噛みするって言う、今まで二次元でしか見たことのない見事な悔しがり方に、俺は大笑いしてしまった。
「いくわよっ」
ぐるっと進行方向に向き直ったベルクは、むっとした調子でそう言うと、さっさと歩き始めてしまった。
「よっぽど効いたんだな」
言って動き出した俺。
ーーそしたら。
「あれ、体がかなり柔らかくなったぞ?」
一歩を踏み出そうとして、体がすんなりと動いた。足が素直に前に進んでくれたんだ。
「どうやら。今ので緊張が大分和らいだようですわね」
嬉しそうな声色でそういうレイナに、「そう……らしいな」っと答えながら、俺は両腕を回す。
「うん。動くのに支障がない」
自分でも驚くほどに「嬉」が乗った声だった。
「……目と鼻の先、ってところか。見上げても空が見えない」
さっきベルクがそうしたように、俺も空を見上げた。そうして見えた空は、言葉通り、高い壁に遮られたように陰っている。
少し吸った空気が重たく感じた。ちょっと戻って来た緊張感のせいか、それとも本来鼻が曲がるほどの臭気を吸い続けてるせいなのか。
「それでも、まだ戦場の入り口まで少しありますわね。ゾンビの姿が見えませんから」
一歩一歩を確かめるように歩く俺とは対照的に、冷静なレイナの言葉。
場数の差って奴なんだろうな、これは。
「たしかに……そうだよな」
声はすれども姿は見えず。これほど緊張する物だったなんてな。
ザッ。
前を行くベルクの足が止まった。
それに合わせて、俺もレイナも足を止める。そして一番最後に、隊列の通りリビックが足を止めた。
「どうしたんだ?」
「……ついたわよ」
一つ大きく息を吸って。そしてから息をひそめるようにベルクは発した。
……今の息はひょっとして?
「ベルクローザさんも、緊張してますわね。リョウマさんほどではありませんけれど」
ちらっと左を見た俺の表情を見てだろう。レイナがそう、小声で教えてくれた。
「そうか」
小さく頷いて答える。
ーー終始余裕そうに見えてるのに、ベルクも緊張するのか。
「……マジかよ」
深く吐き出した息に紛れさせるように、俺は小さく言葉を吐いていた。
動きがないところを見ると、一番近くのレイナにも聞えてなかったみたいだな。
理解はした。理解したからこそ。
俺の心には不安感が。緊張感を塗り替えるように広がって行く。
ーー大丈夫だよな。勝てるんだよな。俺達は。




