ロール1。サイコロ怖い! 1転がり目。
「うおっ?」
急に自転車がガクンと前に下がった。気い抜いてたっ!
うわ、坂だったよここ。
「あれ、え ちょ、嘘だろ?」
混乱する。構える前に下り始めたのは俺のミスだ、それはいい。それはいいんだ。
まさか……まさかだろ!
「ブレーキ壊れてるとか聞いてないんですけどっ!」
坂を滑るように降りる俺のチャリ。こけないようにバランスを取りながら、進行方向に目をやって、
「おい、なんだよこの状況っ?!」
俺は驚愕し、絶望した。
徐々に増すスピード。視線の先には今まさに荷台のドアを閉めたトラック。俺がこのままのコースで行けば、荷台の左端に激突するっ。
トラックは丁寧に端に寄せている。それによって、よけるには最も距離が必要な配置っ。
けど、このまま加速すれば右に行っても躱しきれないっ!
駄目だ、間に合わねえっ!
「ぎぐあっぁ……!」
自分で出したのかもわからないようなおかしな呻き声と、ガジャリと音を立ててひしゃげるチャリ。そして、俺のどこか。
いたすぎて笑いも出ねえ。
額から生暖かい液体がダラダラと流れて来る感触は感じる、ぼんやりとだけど。
『っ! 救急車っ! 救急車呼ばないとっ!』
なんか、ぼんやりした音で誰かが騒いでるな。
血の気が引いていく。感覚が歪んでいく。
あれ、おかしいな。俺……顔だけわらってら。
「まさか。豆腐の角に。頭ぶつけて。死ぬとはな」
なんだよ。この。ゆい。ごん。は。
市場。最低の。辞世の句。じゃ。ねえ。k……。
『チリンチリーン』
「ごめんなさいっっ!」
なんだようるせぇなぁ。
「ほんっっとおおにごめんなさいっっ!」
だから、うるせぇっつってんだろう。
「根回し不能後ですけど、ちゃんとフォローはしますからっ! おねがいっ、起きてくださいっ!」
「やかましいっつってんだろうが!」
声の勢いそのままに、上半身を跳ね上げる。
「ひゃぁっ?!」
「ん? ここは……?」
明るい。明るいは明るいけど。昼間の明るさとは、なんか、ちがうな。
「よかった。起きてくれた~」
なんてゆうか。まるで。新品の蛍光灯が部屋中でついてるような。そんな。
「魂を世界から引っ張り上げるの初めてで、不安でしたけど」
人が住むには不自然な明るさだ。
「うまくいってよかったぁ」
ーーって言うか。俺……死んだと思うんだけど。なにここ病院? 実はギリギリ救急車が間に合って入院中だったりするのか?
いや。それにしては人の気配がしなさすぎる。シーンとしてるし。
丸テーブルと椅子、ベッドがあって テーブルの上には一冊の本。ここはそんな部屋だ。
「……は?」
なんか声がしたような、と思って当たりを付けた辺りに目を向けた俺。こんな間の抜けた声が出たのはしかたないことなんだ。なんせ。
「……サイコロがいる」
正確に言うなら、サイコロの六の目が、こっちを向いてたんだからな。
「はっ! こんな体勢でごめんなさい」
俺が見てることに気が付いたらしい。ガバリ、サイコロが動いた。
「ふぅ」
なにやら落ち着いたように一息ついている、目の前のなにか。
「サイコロが……擬人化した!?」
「違いますよ」
しかし、人の姿でサイコロの二の目でこっちを見てる顔がある。
「それのどこが、サイコロじゃないって言うんだよ?」
指差したのは、勿論横に二つ並んだ二の目。
「わたしの顔はもう少し下ですっ!」
納得いかないらしい。サイコロに伸びた左右の腕は、そのままパコっと?
サイコロを……自分の顔面もぎやがったっ!
「うわーっ! スプラッタだ! グロテスクだ! Z指定だこれーっ!!」
「違うっていってるじゃないですかっ!」
「んぐあっ?!」
額にガツンと衝撃。この感じは……嘘だろ?
「頭突き!? 顔がないのにどうやって……?」
目がチカチカする中、なんとか視界を絞り込んで、まったく と不服そうな声の主を見た。
「あ。ほんとだ。人の顔あった」
ポカンと言う俺に、はぁと深い溜息でその女性……と言うには童顔の、少女 でいいか、少女が応じた。
ついさっき、全力で謝ってたのはなんだったのか。そう俺が思えるほどに、今の少女の顔は呆れの色を帯びている。
「ええ、コホン。山本竜馬さん」
気を取り直したらしい。勿論これは俺の名前である。
「あなたは、死亡しました」
「うん。自覚ある」
普通ならこのはっきりした感覚と自由な思考が可能なおかげで、確実に否だろう。
でも状況の異質差が、お前はもう 死んでいる、とどこぞの指先ヒャッハーキラーの如く俺に認識させてくるのだ。
「え、あ。そうなんですか?」
目を丸くしてぼんやりと尋ねて来た。なので、無言の頷きを返す。
「そ、そうでしたか。それで……実は、その死亡の理由はですね」
「なんだ? トラックの荷台にチャリで激突した以外に、なんか理由があるのか?」
「ギエエエエエヤアアアアアアア!!」
突如滝のような涙を流しながら絶叫した少女に、
「んぇっつ?!」
とか言うわけのわからん声が出た。
「いづものぶぢぼうげんだがら だいじょうぶ だいじょうぶだどおもっでえええええ!!」
「号! 泣! 会! 見! や! め! ろ! うっせーしうぜー!」
耳を塞ぎながらあらんかぎりの声で叫んだ。じゃないと、ボリュームで負けると思ったからだ。
いったい涙腺にどんだけ涙溜め込んでたんだこいつ?
耳を塞ぎながら内装を確認することにした。泣いてる少女をガン見するのも趣味が悪いからな。
ふむ、この部屋 沢山の本が壁とみまごうほどに整然と並んでいる。
そんなに部屋が広くないせいで、本の占有率に圧迫感感じる。
しかたがないので、少女に目線を戻すことにしよう。この本の壁から目をそらそう、うん。
「泣き止んだか」
安堵の息といっしょに言葉が出た。
「ぅぅ。ずびばぜん」
鼻水グズグズやりながらそう言う少女。
「んで? 号泣会見大先生様。俺が死んだ理由、離せそうですかね?」
目覚めてまだ五分も経ってないと思うんだが、既にゲッソリしている。
「は、はい グス。だいじょうぶです、グス」
「信用ならねえ……」
「ひどい人間ですね。女神を相手に信用ならないなどと」
「今更キャラ作っても、大号泣の後じゃ意味ないだろ」
左手で、女神設定をいきなり生やした目の前の少女を指差し、言葉の後に手遅れですよとお手上げポーズしてやる。
「それで、ですね」
目を反らして平然と言 ってるつもりなんだろうけど、声がちょっと不満そうだぞ。
「あなたが死んだのは、ですね」
視線をこっちに戻して、「これです」って言って左の掌を上に向けた状態で、俺に差し出した。
何事かと視線を落とすと、
「サイコロ?」
またもサイコロだった。
今回はさっきのように巨大じゃない、一般的な犯意で大き目な六面ダイス。
やけに鮮やかな赤い目の白と黒の二つの立方体が少女の手に乗っていた。
「改めまして。自己紹介させていただきますね」
なにを唐突に、と思う間にこの少女は自らを、ダイスの女神コロン・コロンと名乗った。
「なんだか、マスコットキャラみたいな名前だな」
「うぅ、気にしてるんですから言わないでくださいよぅ」
すねてしまった。本当にこの人、女神なのか?
「で? 俺がどうしてそんなサイコロで死ぬ羽目になったんだ?」
「あ、はい。わたしはダイスの女神。そして神様は暇を持て余してるんですよ」
いきなりなにを言い出すんだ?
「そんな、変な人を見るような目でみないでください」
困ったような顔で言って来るけど、いやいや むりだろそれは。
「サイコロ帽子かぶって私ハ神デスなんて言う人が変じゃなきゃなんだよ?」
「ほんとに神様なんですからしょうがないじゃないですかー」
「駄々をこねる神様なんて聞いたことないぞ」
と言うか、自分で「さま」ってつけるもんなのか?
「神様はあなたたちが描くより、ずっとあなたたちに近いのですっ。それで、暇を持て余すわたしはですね」
テーブルに置いてある本を手に取って、
「こうして世界一冊をてきとうにめくりまして」
パラパラとてきとうにめくり、
「てきとうなところに場所を決めて」
本全体の半分辺りでパラパラするのを止め、
「プチ冒険をするんです」
一点を右手の人差し指で示した。
「普段は力を使うんですが、真似事なのでただ転がすだけにしますね」
そう言ってコロコロっと本の上に、左手に持った二つのサイコロを転がした。出た目は二と一。
「で? これと俺の死に因果関係は?」
と、言ったところで、ふざけた理由が頭をよぎった。
「まさか、まさかとは思うけどさ。その、神様のヒトリアソビが原因だ、とか言わないよな?」
「原因ですよ?」
「なに『あたりまえじゃないですか』みたいな素っ頓狂な声と顔とツラとフェイスで言い腐りやがってんだコラ!」
「ここまで説明しておいて、これが原因じゃないなんて、考える方がどうかしてるじゃないでますか?」
「口調、おかしいぞ」
「同じこと何回も言うあなたの方がよっぽどおかしいですよ」
「ぐぬぬぬぬぬ」「むうううう」
「……やめよっか」
「……そうですね」
またゲッソリする羽目になった。なんだこのオモシロ神様。