第1章『月の国』⑥
荷物をまとめ終えると、わたしたちは王宮へと足を向けた。
それにしても、少し違和感を感じる。
自分の商売に忙しいのかもしれないが、誰一人として泉に近づいてきたり、こちらを伺ってきたりしないのだ。心なしか、目をそらされているような気もする。
もし避けられているのだとしたら、ランスは市場街の人たちのためにやっているのに、ちょっと冷たすぎやしないだろうか?
そんな嫌な考えを振り払いたくて、わたしは明るい声を作って提案する。
「よし。終わったし、帰る前に買い物していきたいです! ねぇランス、いい?」
「いいよ、もちろん」
「やったぁ」
わたしはミリアとハイタッチする。
エミリアさんが「ナナミ、鏡買って帰るよ、鏡っ!」と走り出したので、わたしは慌ててその後を追いかけた。
「さっきね、『鋼の国』のお店があったから、きっといいのが買えるよ」
エミリアさんが「ここらへんにあったはずなんだけど」と言って立ち止まったのは、旅の商人が自由に店を出すことのできる区画だ。
周囲を見回していると「お姉ちゃんたち!」と声を掛けられる。
声の主は、まだ少年だった。歳は十三か十四ぐらいだろうか。わたしと同じ黒い髪に、黒い瞳をしている。
少年は剥き身のナイフをわたしたちに見せるように掲げてきた。
エミリアさんが耳元で小声で「『剣の国』の子だね」と囁く。
「このナイフがどうしたの?」
「これ、僕が作ったんだよ。良かったら買って行かない?」
「これを君が?」
そしてエミリアさんは「ちょっと見てもいい?」と言って、少年からナイフを受け取る。わたしには詳しいことは分からないけど、エミリアさんが真剣な表情をしているので、もしかしてかなり良いものなのだろうか。
「これ貰うよ。いくら?」
「えっと……お姉ちゃん。ちょっとだけ高くてもいい? お父ちゃんに薬を買って帰りたいんだ」
エミリアさんは、「まぁちょっとぐらいならいいよ」と答え、少年にお金を払う。
少年はエミリアさんに感謝の言葉を口にすると、お金を握り締めて『命の国』の商人のもとへ駆けていった。きっとそのナイフが最後の一本だったのだろう。
「ちょっと……これ持ってて」
ふと、擦れそうな、苦しみの底から搾り出したような声が聞こえる。
一瞬、誰の声か分からなかった。
先ほど少年が売っていたナイフを差し出され、わたしははじめてその声がエミリアさんのものだと知る。顔が真っ青になっていて、立っているのがやっとという感じだ。それでいて表情は今にも泣き出しそうにも見える。
「ナナミ、ごめん。鏡はまた今度で良いよね?」
いつの間にか追いついていたランスが、エミリアさんに肩を貸しながら言う。
わたしは頷く。
見ると、リアちゃんもミリアも、どこか悲しげな顔をしていた。
「鏡ならあるよ」
ふと、声。
振り返ると、またもや黒髪の少年だった。この少年も店を出している。
ランスに「この子も『剣の国』の?」と小声で聞くと、「いや、商品を見る限り、どうやら『鋼の国』から来たみたいだね」と答えが返ってきた。
「ありがとう」ランスが言う。「鏡ひとつだ。いくらだい?」
「お代はいいから、その黒髪の姉ちゃんが持ってるナイフと交換でどう?」
「いいや、これは僕が買ったものじゃないからね。ふつうに売ってくれないか?」
「わかったよ」
ランスがお金を払ってくれて、わたしは少年から手鏡を受け取る。
『鋼の国』で作られたという手鏡は、驚くほどによくできていた。
そんな、わたしのちょっと浮かれた気持ちも、ぞっとするような冷たい言葉で遮られる。
「でもあんたたち、残酷なことをするんだな。俺なら見るに耐えねぇよ」
そう言った少年の目は、わたしたちを侮蔑しているようだった。
わたしはその言葉の意味が分からなかったが、少年の雰囲気に聞き返すこともできなかった。
ランスたちが歩き出してしまったので慌てて後を追う。
おそらく少年の言葉の意味を、わたし以外の四人は分かっているのだろう。
わたしは一ヶ月以上前のことを何も知らない。そのことをわたしは口惜しく思った。




