第11章「ナナミのユメ」⑦
視界が霞む。
もう自分の手の輪郭さえ見えやしない。
だからそのまま一歩、二歩、わたしは力の入らない足で砂を抉り、前へと歩み寄る。
まぶしい光が差す。
夜明けだ。
ふと胸を押す抵抗が無くなり、ようやくわたしの両手が頬に届く。
震えていた。
薄い唇は言葉を作ろうとして作れず、青い瞳は驚愕で見開かれていた。
わたしは激痛と苦しさで意識が遠くなりそうな中、それでも自分が笑っていること感じることができた。
だって……
「やっと会えた」
今は、とても幸せな気持ちだった。
「ナナミ……」
初めて聞く、ランスの声。
ずっと聞きたいと思ってきた声。
ずっと会いたいと思っていた人が今、目の前にいる。
意識が遠のいていくのがもったいないぐらい、わたしはその言葉を噛み締めた。
欲を言えば、もっと生きていたい。
本当はランスの笑顔も見たかった。
明日も明後日もずっと一緒にいれればいいのにと、今さらながらに自分の命が惜しくなる。
けれどそれは叶わないから、絶望のままに叫びだしそうになるランスの背に腕を回し、上げるのもやっとの感覚のほとんどない手で抱きしめて、わたしは言う。
「忘れないで、ランス。それが心だよ」
「そんな……僕なんかのために」
「ううん。わたしは満足してる。自分の命よりも、もっともっと大切な人と出会えた。だからわたしの人生は、十分に幸せだったよ」
だから、『僕なんか』なんて言わないで。
その言葉にランスは首を横に振る。
冷たく硬く、だんだんとわたしのものではなくなっていく指先に、温かいランスの体をより一層感じた。
好きだと伝えたかった。
今腕の中にいるランスのことが好きだと。
けれどそれがランスにとって枷になってしまいそうで怖かった。
これからランスが歩くのはとても苦しい道になるはずだ。
けれどそこに、わたしは一緒にいてあげることは出来ない。
きっとこの先、ランスは誰かを好きになって、わたしのことも忘れていくのだろう。
そうなればいい。
ランスには幸せになってほしい。
だけどランスに忘れられることを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
どっちが正しいかなんて分かってる。
自分がどうすべきかも分かっている。
けれどこの気持ちだけは我慢できなくて、だから聞こえるか聞こえないかの小さな声でわたしは囁いた。
わたしの首筋に温かい水滴のようなものが触れる。
涙だろうか。
わたしのために泣いてくれているのなら嬉しい。
わたしの背中にも二本の腕で締め付けられる感覚。
嗚咽交じりに何度も呼ばれるわたしの名前。
わたしも呼び返そうとして、けれどもう声が出なかった。
息を吸おうとするたびに空気がただ逃げていく感覚。
次第に意識が薄くなりつつあるのを感じる。
わたしに残された時間はもうほとんど無いのだろう。
だからわたしは最後の力を振りしぼって、唇をランスのそれに重ねた。
砂混じりの乾いた口付けはどこかふと甘くて、自分が世界に溶けていくような気さえした。
希望を見るのだ。
ランスが笑っていて、
その隣にはミリアとリアちゃんとエミリアさんがいて、
幸せそうなグレン様とマドカさんがいて、
争いの無いところでのどかに暮らしている、
そんなユメを。
わたしにじゃなくていい。
ランスを笑顔にできるみんながいて、その笑顔が嬉しいと思ってくれる人がいればいい。
そんな素敵な日がいつか来ると願い、いつか叶ってほしいと祈り、ミリアたちならきっと大丈夫だと信じられるから、わたしはゆっくりとまぶたの裏で意識を閉じる。
ゆっくりと、暗いところへと落ちていく。
どこまでも、とても穏やかな気持ちだった。




