第11章「ナナミのユメ」⑥
「来たわよ、ランス」
「けれどここで終わりだよ、ナナミ」
砂を蹴る。
剣を構える。
東の空が僅かに青みがかっていた。
頬に冷たい風を感じながら、わたしは駆けた。
初めてランスという少年を知ったのは、一年前の今日だった。
優しい笑みが印象的な、穏やかな少年。
記憶を失っていたわたしを拾って、何も無いわたしにとても優しく接してしてくれた。
家族というものがどういうものかも忘れていたわたしにとって、それはとても温かいものだった。
恋もした。
守りたいと思った。
少年の心が失われていると知って、非道な行いに手を染めていると知って、記憶が戻ったときには全てが崩れていくような気さえした。
本当の意味でわたしは、ランスと一度も会ったことが無かったのだ。
少年はバケモノだった。
わたしはそのバケモノを憎んだ。
憎悪に突き動かされながら、気が狂いそうになりながら、ここまで駆け抜けてきたんだ。
手鏡の先に伸びる刃を振りかぶる。
指を鳴らす音。
彼がその手にもつ剣を核にして、ツララでできた長い刀身が現れる。
わたしの刃は受け止められ、それが押しのけられたあと、反撃が来る。
わたしはツララの刀身を刃で受け流し、次いで放たれる突きも払い除けた。
互いに言葉は無かった。
自身の言葉を持ち合わせない少年に、もはやわたしも語ることは何も無かった。
『月の国』を守る存在である少年に、わたしは滅ぼすと宣言した。
それだけで語られるべきものはすべてだった。
わたしがまだ何も知らない頃。
まだ十分にこの少年を理解できていない頃。
少年の優しい振る舞いにどれほど心を救われただろう。
地の底に落ち、記憶も失っていたわたしにとって、それはどれほど暖かなものだっただろう。
その振る舞いが、似たような状況で別の誰かに差し伸べられただけのものだと知ってなお、それでもわたしは感謝した。
本当の意味で、あの笑顔を向けられてみたいと夢にまで思った。
一度も会ったことが無いはずなのに、わたしはランスを好きになった。
ランスがもういないと理解し、彼と同じ顔をしたバケモノが人の道を踏み外していることを思い出し、自分を騙しきれなくなったときは、まるで地面が崩れていくようだった。
甲高い音が響く。
振り下ろした刃が弾かれること数度。
一度も刃が届かないものの、少年の剣も何とか受け流すことが出来ている。
指が弾かれる音がして、飛んでくるツララ。
それを寸でのところでかわし、わたしは少年の首を目掛けて一閃。
しかしそれも防がれる。
指を鳴らす音が聞こえて咄嗟に刃を戻して飛び退くと、わたしが居た場所にツララが現れていた。
再び少年が指を構えたので、わたしはあえて踏み込んで左胸を目掛けた突き。
牽制のつもりで放ったそれを、少年が紙一重でかわす。
相性もあるのだろうが、剣の腕だけならば、僅かにわたしのほうが上のようだった。
「そんなのでいいの? このままじゃ『月の国』は滅びちゃうわよ」
挑発する。
わたしは辛うじて受け止められる程度に加減して、横薙ぎに刃を振り抜く。
防がれる刃。
続けて急所を狙うこと三度。
それらが全て弾かれたあと、少年が再び突きの構えをしたのを確認して、わたしは受け流す準備をする。
単調な攻撃。
隙だらけの構え。
違和感を覚えつつも、おそらくこの攻撃をかわせば、少年を斬ることは容易だと判断する。
わたしが一歩を大きく踏み出したところで、作られる五本のツララ。
しかしそれは想定内だった。
飛んでくるツララを全て叩き落し、更に一歩踏み込む。
直後、放たれる突き。
狙いは真っ直ぐにわたしの左胸へと伸びていた。
わたしはランスの突きを受け流すように手鏡の刃を振り、
しかしその途中で、わたしは手鏡をその手から放す。
砂を掻き分ける音。
剣撃の音が止み、砂交じりの風の音だけが響いた。
風が止む。
赤く重いものが零れ落ちる。
ぽたり、ぽたり、砂に落ちる音だけが静まり返った世界に響く。
激痛。
それでもわたしは痛みのままに声を叫ばせるのを堪える。
少年の剣は深々と、わたしの左胸に刺さっていた。




