第11章「ナナミのユメ」④
内出血で黒ずんだ手足。
激痛を上書きして叫ぶ咆哮。
想定外の対応に弱いわたしの能力は、一瞬で十数倍にも跳ね上がった脚力を抑えきれず、ミリアの突破を許してしまったようだった。
「ナナミィィィィィィィィィッ!」
瞬時にわたしの目前に現れたミリアを、わたしは止められない。
ミリアの右拳にだけ意識を集中するが間に合わず、わたしは頬に拳を叩きつけられて大きく吹き飛ばされた。
柔らかいはずの砂の上を四度跳ねて転がり、さらに飛びかかってくるミリアを察知したわたしは、能力で自分の体を更に転がす。
ポケットの手鏡を取り出す余裕も無く、ミリアの拳が襲って来る。
能力で自分の体を飛ばしても逃げ切れない脚力と、全力で止めようとしても止まることの無い腕力。
ミリアの胴を能力で浮かし、しかし押し飛ばすよりも早く、ミリアの腕が伸びてわたしの腹に拳が叩き込まれる。
能力が解ける。
息が出来ずに塞ぎこむ数秒は、ミリアを相手にするには致命的な隙だった。
「ナナミちゃん、どうしてっ!」
ミリアの拳を辛うじて左腕で受ける。
硬いものが折れる音がして、しかしそれはミリアの拳から聞こえたものだった。
それでも酷く重い鈍痛が脳裏まで響き、けれどここで立ち上がらなくてはいけないと、本能的に両足が動いた。
そこから先は殴り合いだった。
意識をミリアの両手に絞り、拳の速度を減速させる。
腕でそれを受け止めると、今度は自分の拳に力を上乗せして、ミリアに叩きつける。
「どうして……」
ミリアが叫ぶ。
「なんで……どうして来ちゃったんですか!」
「それは、あのバケモノがこの世界にあってはいけないものだからよ」
「ふざけないでっ!」
再び振りかぶられるミリアの拳。
わたしは振り下ろされるミリアの右手を左手で払って受け流すと、
「ふざけてるのはどっちよ!」
思い切り拳をミリアの腹に叩き込んだ。
ミリアがよろける。
ミリアの反撃をかわし、わたしは頬に左手でもう一発。
それでミリアは砂に膝をついた。
「国を滅ぼして、罪の無い人をたくさん殺して……いつまでそんなことを続けるつもりよ!」
「いつまでもです!」
ミリアは迷いも無く答える。
「『月の国』を滅ぼそうとする人がいる限り、いつまでも! この身が朽ちるまで何度だって戦います。わたしたちが戦わないと守れないんです!
ねぇ、それっていけないことですか? 大切な景色を、人を、国をっ、守りたいと思うことが悪いことだと言うんですか!」
「じゃぁどうしてそんなに辛そうな顔をするのよ!」
叫ぶ。
何が正しいかなんて分からなくて。それでも納得できなくて。
だからわたしはこの理不尽を絶対に認めたくは無いんだ。
「ねぇミリア。何が悪いかなんてわたしには分からない。だけどミリアの言っていることは悲しいことだと思う。とても悲しいことだと思うのよ」
「じゃぁどうしろって言うんですか! わたしたちだって、本当は平和に暮らしたかった。誰も殺したくなんてなかったのに!」
「だけどこれから先、『月の国』は狙われ続ける。資源に乏しい国はただ生きるために、自分よりも弱い国から奪うしかないんだから。その度に相手の国を国民全員ごと滅ぼして……だけどたった数人で守られてるだけの『月の国』は、いずれ搾取されて酷い滅び方をする。
だから今日、わたしが地図から消すのよ。この狂った国の名前を!」
「いつか滅びるからって、今すぐ手放すわけにはいかないんです。そもそも『月の国』は、わたしたちからは戦争はしない。『剣の国』との戦争だって、最初に仕掛けてきたのはそっちでしょう! これから先、どれだけの人が悲しんだとしても、それでもわたしの国は『月の国』なんです!」
「だったらわたしのお父さんとお母さんを返してよっ!」
「――――――っ、」
「目の前で二人が燃えていくのを見ながら、一人だけ生き残ってしまったわたしの気持ちが分かる? 楽しかったはずの思い出が脳裏を過ぎるたびに、胸が締め付けられて涙が出そうになる。ミリアの言葉がないがしろにしようとしたのはそういう気持ちよ。
……だけど、本当はミリアたちも苦しいんでしょ? 悲しんでくれてるんだよね。だからさ、もう終わりにしよう。こんなことはもう、終わりにしなくちゃいけないのよ」
ミリアの目から涙が零れる。
いつだってそうだ、ミリアは誰かが悲しむことを悲しんで、誰かが辛い思いをしていることが辛いと感じていた。
いつだって自分のためじゃなく、大切な人のために傷つき、戦ってきたんだったね。
だから……
「それでもわたしの一番大切な人の願いは、わたしが守ってあげなきゃいけないんです!」
立ち上がると分かっていた。
ミリアはいまでもランスのために戦い続けているんだから。
ミリアが拳を突き出す。
足元のふらつくミリアの攻撃を、わたしは敢えて避けなかった。
左手に力を乗せて、わたしも拳を突き出す。
ミリアの手がわたしに届くのと、わたしがミリアの頬を殴るのは同時だった。
ふらつく足をこらえ、意地でも倒れるものかと砂に埋まった足を踏ん張る。
それでも自分の体を支えるのに、能力は使わなかった。
先にミリアの腕が、力なく落ちる。
「わたしの勝ちね」
ミリアの体が砂の上に倒れる。
もう指一本動かせないはずのミリアは、それでも顔を上げ、そしてわたしに言う。
「いいえ、わたしたちの――」
「――勝ちです」
ミリアとの戦闘に意識を集中していたわたしは、いつの間にか背後に立っていた存在に気付かなかった。
背後からの声に、わたしは振り返る。
次の瞬間、わたしの腹に押し当てられたのは、小さな左手だった。
一瞬、痛みが走ったあと、右の脇腹が何も感じなくなる。
咄嗟に飛び退くが、ずっしりと全身が重く感じて、わたしは砂に膝を着く。
「お久しぶりです、ナナミさん」
そこに立っていたのは、小麦色の肌に対称的な銀色の髪をした女の子。
いつも左手に巻いていた包帯をはずしたリアちゃんだった。




