第11章「ナナミのユメ」③
息が詰まる。
衝撃で目の前が一瞬、真っ白くなった。
それでも視覚が戻るより早く、わたしは再び拳を振り上げているミリアの姿を能力で確認した。
ミリアは地を蹴り、わたしのすぐ上まで飛び掛ってきている。
人の出せる脚力を超えた速度――けれども想定内の攻撃に、わたしは冷静だった。
「それじゃ、わたしには勝てないよ」
わたしは意識がミリアの体を捕捉する。
地から足が離れたミリアの体に、そのまま真横に力を加える。
二枚の翼が風を捕らえるより強く、わたしは能力でミリアを十数メートルほど弾き飛ばした。
再びミリアは立ち上がるが、前に進もうとする力を相殺して押し返すように力場を作る。
イメージしたのはミリアを一歩も近づけさせないための見えない壁。
腕を何本に増やそうと、どれだけの長さに伸ばそうと、それら全てをわたしは能力で弾き返した。
それからわたしは、エミリアさんへと歩み寄っていく。
わたしの能力で地面から二十センチほど浮いていて身動きの取れないはずのエミリアさんは、それでも臆することなくわたしを睨んだ。
一歩踏み出すたびに指の鳴る音と、氷のナイフが空気を切る音が聞こえる。
エミリアさんが投げるナイフを能力で叩き落とし、叩き落し、叩き落とし、
六十を数えたあたりでようやく手の届く範囲にわたしが立つ。
ナイフを握った右手が振り下ろされる。
今度は良い鋼でできた『剣の国』製のナイフだ。
わたしは左手でエミリアさんの手首を掴むと、ナイフを睨んで力を込めること十二秒。
甲高い音がして、根元からへし折れた刃が飛ぶ。
それをわたしは掴むと、エミリアさんの右腕の内肘にナイフの刃の切っ先を添えた。
「ナナミちゃん……ランス様を殺すつもりなの?」
エミリアさんが訊く。
エミリアさんは優しい人だ。
誰かが傷つけば哀しみ、誰かが亡くなれば涙を流す。
記憶を失って『月の国』で生活していた頃には、いろいろと励ましてくれたりもした。
きっと同情や罪悪感もあったのだと思う。
わたしのお父さんとお母さんが殺されたに日に、エミリアさんたちもあのバケモノと一緒にいたのだから。
わたしは、そんなエミリアさんにだからこそ聞いておきたいことが――ううん、気付いてほしいことがあったのだ。
「逆に訊くのですが、どうして『ランス』ではなく『ランス様』なんですか?」
「……どういうこと?」
「わたしが『月の国』にいる頃、言われたことがあるんです。『様』はいらない、『ランス』と呼んでほしいと。
だけど一年前の今日、出会ったときにはもうすでに、彼はバケモノだった。心が無いはずの彼が『呼んでほしい』なんて思うはずがないんです。
今の彼は、かつてランスの心があった頃の考え方を真似しているだけ……だからあの言葉は、わたしじゃなく、かつて別の誰かに向けられた願いだったんだと思います」
「それって……」
「ミリアが言ってたんです、『ナナミちゃんが、ランス様にとって特別だった』と。
だけどそうじゃない。わたしが特別なのではなく、わたしだけが普通だった。
誰一人としてランスの隣に立とうとはしなかった。
だから滅ぼすんです、バケモノを生んだ国ごと全部っ!」
そしてわたしは、魔法式を半分に切り裂くように、ナイフの刃で肘から手首までを一気にエミリアさんの腕を切り裂いた。
叫び声。
苦痛とも嘆きとも取れないそれを吐きながら、エミリアさんの体が砂の上に落ちる。
エミリアさんはもう戦えるはずはなく、だからわたしが能力を解いたのだ。
そしてわたしが、力場のせいで前に進めなくなっているはずのミリアに振り返ったときだった。
ブチブチブチブチッ――――――
何かの千切れるような音。
おぞましい音が空気を震わせ、わたしの背中を寒気が駆け上がった。
わたしの目に飛び込んできたのは、出鱈目に筋肉を付け足したかのように四肢を膨らませた、拳を振りかぶったミリアの姿だった。




