第11章「ナナミのユメ」①
年が明ける。
新年を祝う祭が国中で行われたその夜、わたしは城の庭でひたすら剣を振っていた。
『月の国』の脅威をサティ王子に告げたその日。
わたしはサティ王子に剣を教えてもらえるようお願いした。
数日の稽古を経て基礎を教わり、それからお父さんから教わった剣が規格外に効率のいいことを初めて知らされた。
攻め手に欠き、しかし圧倒的な守りに特化したそれを、サティ王子は絶賛した。
その日以降、仕事を終えたあとの時間を、能力の練習と剣の鍛錬に費やす日々が続く。
ミリアは地下牢から脱走した。
わたしが『呪の自治区』へと出発した日の夜には、もういなかったらしい。
それでも今日まで動きが無いところをみると、向こうから『光の帝国』へと攻め込むつもりは無いのだろう。
ときにはイリスやサティ王子にも心配され、けれどわたしは鍛錬をやめなかった。
剣を振る度に怒りが湧き上がる。
わたしの剣にそれは天敵だ。
心を鎮め、そしてまた虚空に剣を走らせる。
一瞬の隙を作ったところに突き出す刃。
そこまで持ち込む型を何度も何度も繰り返した。
そうして過ごすうちに二月になった。
寝覚めがいい日はほとんど無かった。
気がつけば朝早く魘されて目を覚ます日は増え、日の出前に剣を振る朝も次第に増えていった。
三月のある日、イリスがわたしに訊く。
「ナナミ。殺すなんて言うけど、相手も無防備じゃないんでしょ? あんたもしかして、ランス王子と刺し違えるつもりじゃないでしょうね?」
イリスには、サティ王子と話した『月の国』への侵攻について概ねの内容は伝えた。
サティ王子は現在、『月の国』とその周辺国について綿密に下調べをしていて、侵攻計画が実行に移せるかどうかを確かめている最中だ。
「それこそ冗談じゃないわよ」
わたしはイリスに答える。
「ランスと心中するなんて、それこそ何のためにやるか分からないじゃない。あのバケモノは何が何でも殺す。だけどランスとわたしが同じ場所に堕ちるなんてお断りよ」
それから二日後。サティ王子が『月の国』への侵攻を決めた。
期日は四月一日の夜明け。
奇しくも、わたしがあのバケモノに拾われた日だった。
宣戦を布告する書状は、わたしが書いた。
事務的なものが一通。
個人的にグレン様に宛てたものが一通。
そして今わたしは机に向かい、ランス王子宛のそれを書いている。
手が震えて上手く書けない。
一文字分のインクを乗せるたびに荒くなった息を整え、それでも気持ちが治まらなくてこれ以上潰れるはずの無い奥歯を噛み締めた。
三月の二十七日。
戦争の四日前の午後。
三十一日の正午に届けられる予定のそれに、刻むようにひとつひとつ文字を書いていく。
気が狂いそうになっては頭を掻き、言葉では十全に込められない気持ちを机にぶつけた。
痛む拳をさすりながら次の文字に取り掛かかり、それでも代筆しようかというイリスの申し出は断った。
これはわたしが始めた戦争だ。
平和なんてどうでもいい。
ただわたし個人が許せないのだ。
ミリア、エミリアさん、リアちゃんの在り方も。
人の皮を被ったバケモノも。
そのバケモノを生み出した国も。
もうこの世界のどこにもいないわたしの大切な人のために、
納得の出来ないひとつの正義を殺すんだ。
「……返してよ」
言葉に出すつもりは無かった。
目の奥なら何かが溢れ出る。
自分でもどうしようもないぐらいに止まらなくなって、書きかけの羊皮紙を払い除けて机に伏せて泣いた。
「返して……返してよ。あんたが蔑ろにした人は、わたしにとっては大切な人だった。何よりも愛おしい存在なんだよ。だから、一言でいいから声を聞かせてよ!」
「ナナミ」
イリスがハンカチを差し出してくれる。
「負けないで。あと少しなんでしょ」
「正直に言って、わたしがやろうとしてることが本当に正しいって聞かれたら自信は無い。
だけど、あのバケモノがこの世界にいるのだけは間違っているって、それだけは確かだから。だから殺すの。あのバケモノが止まるのに死しか方法がないんだったら……わたしは躊躇わない。躊躇っちゃいけないの」
イリスにハンカチを返すと、わたしは床に落ちた便箋を拾ってまたペンを走らせる。
締めに『さようなら ランス』と書くと、わたしはそれを封筒に入れた。




