第10章「絆」⑨
槍は帰路の途中で地中深くに埋めた。
『光の帝国』に帰ってくると、サティ王子に報告を済ませ、すぐにわたしは部屋の布団で眠りに落ちた。
丸二日間眠り続けたのち目を覚まして、更に十日後。
『呪の自治区』での謀反から数えると二週間が過ぎた日。
わたしはサティ王子に軍議室へと呼び出された。
扉を開けるとそこにはサティ王子以外に、妙に低姿勢なマッチョと、いかにも偉そうなチビがいた。
「ラースさん、ミースさん……」
「先日は大変お世話になりました」
「ウチのアホ兵士長の企みを潰してくれたこと、本当に感謝しています。柄でもないけど、頭を下げさせてください」
ラースとミースがわたしに深く頭を下げる。
二人はまだ白髪に小麦色の肌をしていた。聞くと、今後『奇跡の種』を悪用しようとする者が現れたときのために、自分たちから志願したのだそうだ。
サティ王子に促されて、わたしとラース、ミースは椅子に腰を下ろした。
ラースの口から、改めて謀反の件の顛末と、現在の『呪の自治区』の現状が報告される。
新しい国長にはティーズが就任。だからといって国がどう変わるわけでもなく、肌と髪の色が元に戻った人たちが、今までどおりに助け合って暮らしているようだ。
「それと、国の名前が『絆の自治区』に変わります。来週の会議で可決される予定です」
「それはティーズさんが?」
「正確にはティーズ国長とガレス前国長が、前々から考えていたようです」
それから『光の帝国』と『絆の自治区』の同盟についての話になった。
最初の会談は一週間後、互いに草案を持ち寄って行われるようだ。
この話がまとまれば、『絆の自治区』の平和は磐石だろう。
あらかたの議題が終わり、室内のみんなが一息ついた頃。
「実は個人的なお願いがありまして」と、言いづらそうにしながらラースが切り出す。
「『光の帝国』の出版技術で、この本を大量に作れないでしょうか?」
そう言ってラースが無骨な手で鞄から取り出したのは、かわいらしい表紙の絵本だった。
草原に男の子や女の子が手を繋いで笑っていて、空には虹が掛かっている。
「えっ……これラースさんが描いたんですか?」
思わず口に出してしまう。ラースが渋々頷いた。
「ホント、驚きますよね」
ミースが言う。
「先輩、こんな図体なのに、子供の頃は絵本作家になるのが夢だったらしいんですよ。初めて聞いたときはホント爆笑しちゃって……
だけど、よかったら中を見てください。国の歴史を伝えたいって、先輩、結構真剣に作ったんですから」
絵本を開く。
迫害のページ。
独立成功による歓喜のページ。
戦争のページ。
能力の副作用に苦しむページ。
それでも助け合って笑いあうページ。
心をなくした国長と、国長のために謀反を起こす兵士長の話。
わたしが十割増しぐらいに可愛く描いてあって少し照れる。
それから次のページをめくると……
他の絵と一線を画すどころか、段違いにゆるふわキュートに描かれた女の子がいた。
卵を持っているので、おそらくミラだろう。
給仕服はピンク色のフリルで飾られ、周囲にはしゃぼん玉のような光が浮き、背中には白い翼までついている。
「えっ……これもラースさんが描いたんですか?」
「ホント驚きますよね。ミラちゃん、先輩の妹なんです」
「えぇっ! えっ。嘘ぉぉっ!」
「妹は心優しい娘ですから。清き心を以って、勇気を出して自分の正しいと思ったことを貫いたんでしょう。だからこれでいいのです」
「シスコン……」
「ってか卵を投げるようながさつ女が、どう間違ったらこうなる……うおっ、ちょっ先輩! 嫌だな冗談ですよ、だからやめてくださぃストップストップ、そのツラと図体でキレられるとマジで怖いんですって!」
一騒動あったあと、ラースとミースはまた深く頭を下げて、『絆の自治区』へと戻っていった。
「全て終わったな」
二人きりになった軍議室で、サティ王子が呟く。
「これで、この国にとっての脅威は無くなりました。ナナミさんのおかげです。これでもうこの国を脅かせる戦力は、世界のどこにも存在しなくなりました。平和の時代が来たんです」
わたしはサティ王子のカップに紅茶を注ぎながら、首を横に振る。
「まだです。まだ残っています」
まだ、この世界にいてはいけない、アイツが残っている。
もはや在ってはいけない国が、未だ存り続けている。
国を焼き、民を根絶やしにする、心を失ったバケモノ。お父さんとお母さんと、村のみんなと、わたしの大切なひとを奪った仇。
サティ王子が「何が?」と訊くので、わたしは答える。
「ランス・ディーゼルボルグリーベント・クレセントナイト。『月の国』の第二王子です」




