第10章「絆」⑧
「茶番ですね」
わたしはそう、ティーズに言い放った。
ラースが「ナナミさん、どういうことですか?」と聞いてくる。
しかしそれに答える間もなく、ティーズはわたしの胸倉を掴んだ。
確かに恐い。能力に頼らなければ勝ち目も無い。
けれどわたしの能力のあるなしに関わらず、グレン様のときのほうが何倍も恐かった。
「何で邪魔しやがった!」
「ティーズ兵士長、あなたが死ぬつもりだったからです!」
皆が驚いていた。
言い当てられたティーズも、ラースも、ミースでさえも。当事者でないミラでさえ目を丸くしている。
けれどその中でただ一人。
ガレスだけは眉ひとつ動かさなかった。
そもそも、今回のやりとりはガレスの方もおかしいのだ。
「ガレスさん、以前に聞いた質問をもう一度します。あなたはどうして最強の能力である『空間掌握能力』を捨てたんですか?」
「言ったはずだ。私の力で国が成り立っているうちは、国民が立ち上がったことにはならないからだと記憶している」
「そうですね。本質的な意味では間違っていませんが、大切な部分が欠けています。そもそも今回の二人の茶番も、本来ならば起こるはずの無いものなんです」
ラースが「それは何故ですか?」と問う。
その後ろでミースも腕を組みながら耳を傾けていた。
『私にはそうは思えない』と。
確率が低いとは言わず、ガレスはそう言った。
『何を信じることが出来る?』 それは信じることを否定する言葉だ。
『今さら何を期待している?』 それは期待することの無意味を嘆く言葉だ。
『一時の幸せなんて苦しいだけだ』 それは苦しみを拒絶したいと思う人間の言葉だ。
だから、そんなことはありえないのだ。
「だって、今のガレスさんには心が無いんですから」
ラースが一歩前に出て言う。
「ふざけないでいただきたい。国長に心が無いなど、失礼にも程があります!」
しかしミースが「待て」とラースの言葉を途切る。
「最後まで聞かせてほしい。一体何が起こっていたんだ?」
ミースに促されて、わたしは話を続ける。
「あの茶番でガレスさんが言った言葉はすべて演技です。心の無いガレスさんが声を荒げるなど、本来ならばあるはずがないですから。
けれどもガレスさんには『理不尽な国長』を演じきる理由があった。そしてそれは、ガレスさんがまだ心を持っていたときから計画されていたはずです。
今日までの全てが、ガレスさんが考えた『呪の自治区』の独立計画だったんです」
「ガレス国長の計画とは何ですか?」ラースが言う。「まさか私達のクーデターまで計画の内だっていうのですか?」
「そうです。かつてガレスさんが願ったのは、『呪の自治区』の国民が能力に頼らずに生きていく道を、自分で選ぶことだったんです。
だからガレスさんの目的は国民に殺されること。国民が革命を起こせるように、ガレスさんは最強の能力を自ら捨てたんです……そうですよね、ティーズさん?」
「どうして俺に訊く?」
「ティーズさんはそれを知っていたはずだからです。
この城に来る途中、さまざまな人を見てきました。城で働く兵士や使用人の姿を見てきました。ガレスさんは国長として慕われ、支持率も高いそうですね。
そう考えるとティーズさん、あなたの行動が国民の総意とは考えにくいんです。むしろ、国民が能力に頼らずに生きていくことが出来る段階に至ったと判断したから国長を殺めようとしたと、そう考えた方が自然なんです。すべてはガレスさんへの忠義のためだったんですよね?」
「では、それでどうして俺まで死ななくてはいけなくなる?」
「『この国にはもう上に立つ人間なんていらない』……あなたが言った言葉です、ティーズさん。
この国は政治的な舵取りをする人間がいなくても互いに助け合って繁栄できると、あなたは本気で信じています。
そもそも最初から、わたしたちが聞かされていた作戦は破綻していたんです。クーデターが成功すれば、そのあとはティーズさんを支持する人達と反対派で内乱になる可能性があった。
けれど謀反を起こした人がその場で自刃したら? 派閥に分かれることも無く、国の窮地を国民達はまた互いに支えあって乗り越えてくれると思ったんじゃないですか?」
「ちょっと待ってくれ」
そういったのはミースだった。
「うちの兵士長はまだ死ぬ必要があったのか? 悪役はナナミさん、あんたが引き受けてくれることになっていたはずだ。それで丸く収まるんじゃないのか?」
「ラースさん、ミースさん。あなたたちの兵士長は、誰かに罪を押し付けることを良しとするような人ですか?」
「いいや、クソ真面目だ。確かにそうだな」
「兵士長は義理を重んじる人です。その類は彼が最も嫌うことかと」
ミースが笑い、ラースが頷いた。
わたしはティーズに向き直る。
「ティーズさんは最初から、わたしを犯人に仕立てるつもりは無かった。国民が自分の力で立ち上がること――革命が国民の手で行われることが、ガレスさんの願いだったんですから」
「何でだ?」
ティーズの口が開く。
「そこまで分かっていて何故止めた? この国はもっと良くなる! 戦争をして他国から奪うことなく、交易で経済的に潤うわけでもないこの国は、それでも絆の力でもっともっと上を目指していける。虐げられてきた歴史があるからこそ、どんな国よりも隣人に優しくできる。物や金ではない、本当の意味で豊かな心を持つ国だ。国長の誇りであり、俺の誇りだ! だからこそ、これからのこの国に俺達は必要ない……」
乾いた音がした。
手のひらがじんと熱くなって、気がつけばわたしはティーズの頬を張り飛ばしていた。
「ふざけないでよっ!」
怒りがこみ上げてきて、熱くなった右手を握り締める。
「何で止めたかって? 誰もあなたたちの死を喜ばないからに決まっているでしょ!
自分の心や命よりも、国や民を大切にしてきたんですよね。そんな二人だからこそ、民も部下も信頼して付いてきたんじゃないんですか? そんなあなたたちだからこそ、大勢の人が深く悲しむんじゃないんですか?
わたしはそれを見過ごせません。ほんの数日ですが、わたしもこの国が好きになっていまいましたから」
ティーズが舌打ちをし、それから考え込むように黙る。
「相変わらず融通の利かないクソ真面目なんだから……」
そう言ったのはミースだ。
ミースの右手には一本の槍が握られている。
「ティーズ兵士長。民と名誉ならどっちが大事ですか?」
「もちろん民だ」
「じゃぁこの件は革命じゃなくて、不幸な事故ってことでいいですよね?」
そう言うと、ミースはガレスの右脇腹に槍を突き刺した。
ガレスが床に倒れる。
わたしが咄嗟に能力で牢の鍵を開けると、ミース以外はガレスの元に駆け寄った。
ガレスに呼びかけると、辛うじてこちらを向く。どうやらまだ意識はあるようだ。
「ミース、貴様……」
「怒らないでくださいよ先輩、真面目すぎはクソですよ? それに急所は外しました。
あー、でもその傷だとこれ以上政治を続けるのは難しそうですね。国長には予定通りティーズ兵士長がなるとして、今回の件は、城に忍び込んだ強盗に刺されたってことで、僕のほうで処理しておきますから」
それからミースはミラに、兵士を四人程度呼んでくることと、医務室の準備を指示した。
ミラは大急ぎで階段を駆け上がっていく。
それからミースがわたしに振り向いて問う。
「一応、丸く収まると思うんだけど、こんな感じでどうかな?」
国民は全員、能力から開放された。
次の国長には予定通りにティーズが就き、殺めるはずだったガレスも生きている。
「上出来です」と、わたしはミースに頷く。
多少予定外のことはあったが、あと一手で計画はすべて完了だ。
それからミースはわたしに槍の柄を向けて言う。
「ナナミさん。先日の申し出、僕からお願いしてもいいですか? すみませんが、これを持って今すぐ国外に逃げていただきたい」
「ミースさん、ティーズさん、ラースさん。そちらこそ、これからが大変だと思います。頑張ってください」
わたしはミースから槍を受け取ると、地下牢を、城を、『呪の自治区』を出る。
馬の手綱を握り、『光の帝国』への帰路をひたすらに駆けた。




