第10章「絆」⑦
二日後の朝。
ティーズがラースとミースを連れて、城の裏口から戻ってきた。
使用人たちに気づかれないようにわたしはティーズたちに合流する。
ティーズたちが戻ってきたということは、三人を除くすべての能力者を普通の人間に戻し終えたのだろう。
わたしが「門番は?」と聞く。「四人とも済んでいます」と答えたラースは、「しかし」と前置いて言葉を続ける。
「住民登録の中で一人だけ未回収です。二年前に失踪した子供がいます。女子で、生きているとすれば今年で……」
「十二歳、ですか?」
その女の子に、わたしは心当たりがあった。
「能力は物を腐らせること。自分の手で両親を殺めてしまった、なんてことは?」
「その通りです。村人も泣きじゃくるその子を蔑むどころか哀れみ、励ましたそうです。
ですが夜の間に逃げ出したらしく、翌朝にはどこにも姿は見当たらなかったそうです。ナナミさん、もしかして心当たりが?」
「いいえ、そういうわけでは。たまたま城に来る間の道で聞いただけです」
ティーズが「それは捨て置いてもいいだろう」と言い、少しだけ歩を早める。
向かう先は地下牢だ。
わたしが最初に地下に入り、誰もいないかを確認する。
おそらく食事を届けに来ていたのだろう、階段を下りる途中でミラとすれ違う。
ガレス以外の者が地下にいないことを確認して、わたしはティーズたちに合図を出した。
ティーズがガレスの牢の前に立つ。
ガレスは食事していた手を止めて立ち上がると、牢の柵の近くまで来る。
「ティーズ、城の外はどうなっている?」
「国民は皆、喜んでいます。『奇跡の種』は我々三人の中にあるものを除いて全て砕きました。国長、あなたの時代はもう終わりです」
「本当にそれで我が国の民は、蔑まれずに生きていけるのか? 迫害を受けずに生きていけるのか?
私にはそうは思えない。十年や二十年ではないのだぞ。未来永劫、我が国は奪われることなく、嘲笑されることなく、唾を吐かれることなく、誰からも恐れられる強き国でいられるのか?」
「この国の民は強いです。既に上を向いて歩き出しています。互いを支え、隣人を尊び、あなたのおかげでとても優しい国になりました」
「優しさの何を信じることが出来る? 私と共に建国からこの国にいた貴様が、この国が出来る前に人間の残虐さを私と共に見ていたはずの貴様が、今さら何を期待している? 何を夢見ている? 他者の上に立たない限り、我が国は蔑まれ続けることになるぞ」
「俺はそうは思いません。心に寄り添ってくれる人がいるなら、人間はその足で立って生きていけます」
「無理だ。人間にそのようなことができてたまるか! 一時の幸せなんて苦しいだけだ。蔑まれればすべて奪われて終わりだ!」
ガレスが叫ぶ。
それをティーズは冷めた目で見つめていた。
「ガレス国長。あなたには何を言っても無駄なようですね。この国にはもう上に立つ人間なんていらないんです。俺もあんたも必要ないんですよ」
ティーズが腰の剣に手を掛ける。
鞘から抜かれた刃はこの暗がりの中でなお銀色に光り、その剣先はガレスの左胸を向く。
そのとき、ほんの少し。
照らし出されたガレスの顔が、僅かに笑っているように見えた。
わたしは咄嗟にポケットから手鏡を取り出すと刃を展開する。
本来ならば止めるつもりは無かった。
人の道を踏み外したバケモノが死んで、みんなが幸せになれると思っていた。
だけど真相は、そうではなかったんだ。
ティーズの剣を阻むように手鏡を振りぬき、しかしそれが間に合わないと察する。
ガレスに剣を避けるそぶりは無い。
剣の切っ先がガレスの左胸に刺さり
べしょっ!
そうになる直前で、わたしはティーズの剣を弾き飛ばすことに成功した。
飛んできたのは、生卵だった。
卵が飛んできた方向には小柄な人影。おそらく柱の陰に隠れていたのだろう。
今にも泣き出しそうな顔でそこに立っていたのは、ミラだった。
ティーズが振り向くと、ミラは腰を抜かして立てなくなる。
それからティーズがわたしを睨む。
けれど、怒っているのはわたしも同じだ。
「茶番ですね」
だからわたしは、ティースにそう言い放った。




