第1章『月の国』⑤
城の敷地を出ると、わたしたちは市場街へと向かった。
多くの露店が所狭しと立ち並び、通りを歩けば魅力的な商品の数々に思わず足を止めてしまう。
店には『月の国』の住人が営むものだけでなく、近隣の国の商人が品物を持ち込んで並べている店もある。旅の商人が自由に店を出すことのできる区画もある。珍しいものがいっぱいあって、見て回るだけでも楽しめた。
「他の国の市場も、こんな感じなの?」
「いいや、この国は特別だよ」
ランスが答える。
「もともとここは、砂漠にぽつんとあるオアシスだったんだ。五十以上の国の真ん中に位置する、とても大きな砂漠があってね。オアシスの周囲でいろんな国の商人が取引を始めたのが、この国の始まりかな。僕の祖父――先代の国王がここを国として成立させたのがだいたい四十年前なんだけど、そのときの祖父は国王と言うよりも、集落の長老みたいな感じだったんだって」
「この国って砂漠に囲まれてるけど、それってもしかして珍しいの?」
「そうだね。普通、国と国の土地はつながっていて、『国境』っていう境界線で区切られているんだ。国によっては、ちゃんとした手続きをしないと入っちゃいけない国もあるんだ」
「へー」
「まぁとにかく、資源や目立った伝統技術はないけど、商業で成り立っている国。何も無いけど全てがある国。それが『月の国』だ」
改めて露店を見回す。
水資源が豊富で、稲作や農作物が盛んな『穂の国』の店。
多くの鉱物資源を有し、金属加工技術に長けている『鋼の国』と『剣の国』の店。
山での狩猟や薬草とりを行い、薬の処方も行う『命の国』の店。
ほかにもいろいろな国のお店が並んでいた。
店先に果物を並べている、『穂の国』の赤毛の女性と目が合う。優しげな印象の人だ。
手を振ってきてくれたので、わたしは手を振り返した。
「ランス、何か買いたい……」
「帰りに時間があったらね。ちょっと今回の作業は時間が掛かりそうだから。ほら、あれを見て」
ランスが指差したのは市場街にある、この国で最も大きな泉だった。
石を円形に何段も積み重ねた囲いが作られていて、そのおかげで水がたまるようになっている。
「これも夏場には全部蒸発しちゃって、毎年深刻な水不足になってるんだ。じゃぁ作業に取り掛かるよ」
わたしとリアちゃん、ミリア、エミリアさんは頷く。
「ランス様。まず何をすれば良いですか?」
そう言ったミリアはやる気満々といった感じで、目を輝かせている。
「まず、ミリアとナナミはこの石の上一段を全部はずして。リアちゃんとエミリアさんは幅三十センチ深さ十センチぐらいの溝を、囲いの周りを一周にするように掘って」
これが結局、何のためになるのかわからないまま、わたしたちは作業に取り掛かる。
エミリアさんとリアちゃんの取り掛かりは早くて……というか、リアちゃんはホントにすごい。右手一本でシャベルを使いこなして、みるみる土を削っていく。
「リアちゃん、器用だね」
「慣れてますから」
どうしてこうもリアちゃんは、右手だけを使うことにこだわるのだろう?
何か理由でもあるのだろうか?
さて、わたしも自分の仕事に取り掛かろうと思うのだが……
「うっ……なにこれ?」
石を一段はずすといっても、石膏と粘土を混ぜた接着剤のようなもので石がそれぞれくっついていて、そう簡単には外れない。
「ってかランス、これ壊していいの?」
「いいよ。がんばって」
人使いが荒いと思う。
「だってほら、接着剤みたいなのでくっついてるから直せないし」
「セメントって言うんだよ。大丈夫、僕が直すから」
「うにゃー」
こんな力仕事になるなんて。もしかしたら薔薇園の手入れのほうが楽だったかもしれない。
わたしたちが石をはずし終わると、ランスは金槌で残ったセメントを砕いて落とす。
その上に泥のようなもの(たぶん、固まる前のセメント?)を平らになるように丁寧に塗ると、そこに針のようなもので文字を書き始めた。
「あ! なるほど~」
エミリアさんが突然、声を上げる。
「わたし、ランス様が何をしようとしてるか分かっちゃった♪」
エミリアさんが指差したのは、ランスが左手に持っている紙だった。
わたしも、それが今朝見せてもらった魔法式によく似ていることに気付く。
「なるほど……泉の水を冷やすのですね」
エミリアさんが「たぶんね」と頷いた。
ランスが魔法式を書き終わると、わたしとミリアはその上に更にセメントを塗る。
続いてランスは同じような式が書いてある、包帯のような布を取り出す。
リアちゃんとエミリアさんは泉の周囲の溝に沿ってその布を置き、元あったように土をかぶせていった。
作業が全て終わる。ランスは泉に手を入れてみて、「よし」と頷いた。
泉に手を入れてみると、まるで氷が入ってるのように冷たかった。
「今日はここまでかな。数日掛けて、市場街の全部の井戸に、この式を仕掛けるから」
「えっ、井戸も? ランス、それってすっごい大変なんじゃ……」
「そうだね。だけど夏になる前に終わらせる計画なんだ。今年は特に日照りが強いらしいから」
「まぁ、がんばるしかないか」
わたしはランスの頬についたセメントを指で落としてあげる。
ランスが「ありがと」といって笑った。
その笑顔がどこか無邪気に見えて、わたしは温かい気持ちになるのを感じたんだ。




