第9章「大切な人」④
三人を町の宿屋に泊まらせるわけにもいかないので、サティ王子は客間をひとつ用意して、そこに泊まるよう勧めた。
ティーズたちにとってここは敵国になるからだ。
ティーズたちを客間に案内したあと、わたしはサティ王子の執務室に向かった。
あれから三時間、もうすぐ夕食だというのに、サティ王子はずっと難しい顔をしたままだった。ずっと『呪の自治区』のことについて考えているのだろう。
途中でイリスが部屋に入ってきたときに心配そうに聞いてきたが、サティ王子に口止めされていたこともあり、はぐらかすしかなかった。
イリスは今、サティ王子に買出しを命じられて外出中だ。
サティ王子の手元のカップが空になったので、「失礼します」と言って新しい紅茶を注ぐ。顔も上げずにサティ王子が「ありがとうございます」と言う。
机の端には何冊もの本と『呪の自治区』の載った地図が開かれていて、何度もその上に指を走らせては、また頭を抱えている。
ランスと似ていた。
『月の国』を必死で守ろうとしていた彼の姿に――それと同じ姿をしたバケモノの表情に。
自然と握る拳に力が入る。
思案の邪魔してしまうので思いとどまろうとも考えたが、それでも不安が抑え切れなくて、だからわたしは聞いた。
「もしかしてまた、戦争になるのですか?」
サティ王子が顔を上げる。
「どうしてそう思うんです?」
「分からないですけど、難しい顔をしているから」
「心配をお掛けしてしまったみたいですね、すみません。戦争にならないよう、今考えているところです」
そうだ。ランスもきっとそうしたんだろう。
わたしと出会うもっともっと前の、まだバケモノになってしまう前のランスは。
けれど戦争以外の方法が見つからなくて、だからランスはもうどこにもいなくなってしまった。
わたしは今のランス王子を認めない。
あのバケモノは絶対に殺す。
「戦争は嫌いです。わたしから何もかも奪い去っていったから」
「私もですよ。ですが、これでは……」
サティ王子が指差したのは、ティーズが言っていた策を書いたメモだ。
内容は、至って普通なクーデターらしい。国長を捕らえて政権を奪い、『奇跡の種』を作っている研究施設を破壊。その後、地区ごとに順番に、全ての国民の『奇跡の種』をラースとミースが砕いて回るそうだ。
『呪いの自治区』は小さな国だ。五日と経たずに全国民を普通の人間に戻すことが出来るとティーズは言っていた。
「ティーズさんたちの策って、王子から見てどうなんですか?」
「正直なところ、杜撰ですね。
国家を転覆させるだけなら、想定外の要因が無ければ可能だと思います。ですが、肝心のその後のことが考えられていない。
それに、『呪の自治区』の国長が少々厄介です。国長であるガレス・シャーマンという男は、民衆の支持を得ていないわけでは無いんですよ」
「ん? 悪い人じゃないんです?」
「聞く限りでは悪人ですね。けれど、建国時から今日まで国を引っ張ってきた英雄でもあるんです」
それからサティ王子が話し出したのは『呪の自治区』の成り立ちについてだった。
もともとは『水面の国』と『箱の国』の、それぞれ迫害を受けていた地域だったらしい。たまたま隣り合っていた二つの地区が手を取り合って、それぞれの国から独立してできた自治区。その独立の主導者が、国長ガレスだというのだ。
だからこそ、『奇跡の種』について大多数の国民が疑問を持っていつつも、ガレスが言うならと受け入れているのが現状らしい。
「だから、ティーズ兵士長が主導で国家転覆なんて真似をしたら、それこそ国内が滅茶苦茶になります。国が半分に割れて対立しあうでしょうね」
「そっか。ティーズさんを支持する人と国長ガレス派で内乱になるかもしれないんですね」
「ええ。相当の死者が出るでしょう。最悪の場合、『光の帝国』が関与したとなれば、矛先がこっちに向かないとも限りません」
「それだと戦争になってしまうんですね」
となると、この作戦で国長とティーズが対立してはいけない。
謀反をするとしても、表向きの主導者がティーズではいけない。
ティーズさんが国長を裏切ったと知られると、内乱が起きてしまうから……
しかし、わたしはふと思いつく。
「じゃぁ知られなきゃいい? バレなきゃいいのかも……」
「どうかしましたか?」
「サティ王子……ちょっと聞いてもらってもいいです?」
単なる思いつきだが、何かのヒントになればと思って話そうとしたときだった。
扉がノックされ、「失礼します」とイリスが入ってくる。息を切らしていて、只事ではないようだった。
「イリス、どうしたんだい?」
サティ王子が訊くが、イリスは首を横に振る。「違うの、サティじゃなくて……」息を整えると、イリスはわたしに向いてこう続けた。
「ナナミちゃん! あんた、妹っている? あんたの双子の妹って人が、市場で姉を探してるのよ!」
「えっ?」
「ナナミちゃん、家族が全員死んじゃったって言ってたでしょ? だけど、もしかしたらって思って……」
何かを言おうとして、けれど言葉が出なかった。
わたしに妹なんていない。記憶の中の家族はお父さんとナナお母さん、ミミお母さんの三人だけだ。
生まれてくるはずだった兄弟は、誰とも顔を合わせる前に死んでしまったはずだ。
ましてや、双子なんて……
けれどそれでも、居ても立ってもいられなかった。
サティ王子が「イリス、案内してあげて」と後押ししてくれて、わたしは部屋を出る。
脇目も振らず全力で走った。
一緒に来てくれていたイリスは途中で足が上がらなくなり、「市場に入ってすぐのところにいるから」というイリスの言葉を頼りにわたしは駆けた。
市場が見えてくる。
すでに陽は落ちていて、それでも入り口のところで佇んでいる人影が見て取れた。
この時間に道を通る人は多くは無かったが、その人たち全員に声をかけているようだった。
「双子の姉を探しています。わたしと同じ顔の人をご存知ありませんか?」
静寂の中、ようやく言葉が聞き取れる距離にきた。
その声は、わたしにとてもよく聞き覚えのある声だった。
「双子の姉を探しています。姉の名前はナナミといいます。わたしと同じ顔の人を……」
進む足が、途端に重くなる。
確かにわたしの姉妹だとも言えなくもない。
そう呼んでくれたのなら、素直にそれは嬉しいと思う。
けれどどう声をかけていいのか、何を話せばいいのかわからない。
ただ、それでも逃げ出してはいけないと思った。
わたしと同じ、白い肌に長い黒髪の少女。
かつては、黄色がかった肌に茶色い髪をしていた少女。
「ここにいるわよ」
声をかける。
少女が振り向き目が合った。
いままで優しさを繕っていた目が鋭く睨んでくる。
わたしは唾を呑むと、もう一度言う。
「わたしはここにいるわよ。ミリア」




