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第9章「大切な人」③

 十二月。秘書の仕事を始めて二週間が経った頃。

 サティ王子から、特別な謁見者が来るから同席してほしいと言われた。


「イリスは?」と聞くと、「この相手には会わせたくない」とサティ王子は答えた。


 その日の午後。十人の兵士が控える謁見室で、サティ王子は玉座のような椅子に座る。

 そのすぐ横にわたしは立ち、いつも以上に気を張りつめさせていた。


 そして二時――約束の時間ちょうどに、部屋の扉が開く。

 兵士に案内されて現れたのは、三人の男だ。

 長い髪をした知的な雰囲気の青年に、背が高く筋肉質な男性、それから小柄だが目つきの鋭い少年だ。


 そしてその三人ともが、小麦色の肌に対称的な銀色の髪をしていて、何より片目に紅い瞳を宿していた。


 リアちゃんと同じ特徴。

 そして『月の国』を出てからも、この特徴を持った人たちとは一度会っていた。


「『(まじない)の自治区』……」

「その使者だと聞いています」


 つまり『光の帝国』にとっては、戦争をしている敵国の使者ということだ。

 しかも、『呪の自治区』は特別な能力を持った兵士を多数抱えているので、目の前の三人のうち誰かが能力者ということも十分に考えられる。

 つまりわたしは、秘書と言うより護衛の一人としてこの場に呼ばれたのだろう。


 以前、『呪の自治区』について訊ねたとき、サティ王子は『軍事力ならかつての三大国に匹敵する』と答えた。

 『呪の自治区』は、『月の国』の近隣の国のうちのひとつだ。『水面の国』と『箱の国』に属していた二つの地区が合併、独立してできた国らしい。かつては『光の帝国』、『穂の国』、『鉄の国』という三つの国が『三大国』と呼ばれ、近隣諸国を纏めていた。しかし、『呪の自治区』の成立とほぼ時を同じくして、『鉄の国』が『鋼の国』と『剣の国』に分裂しその勢いを衰えさせる。『鋼の国』と『穂の国』は平和主義であり、好戦的だった『剣の国』も滅亡した今となっては、『光の帝国』にとっての一番の脅威は『呪の自治区』だと、サティ王子は言っていた。


「僕にとっては、ここが正念場です。『呪の自治区』さえどうにかできれば、『光の帝国』に挑もうとする国さえ無くなる――この国から戦争が無くなるんです」


 そうわたしに小声で言うと、サティ王子は椅子から立ち上がった。

 『呪の自治区』の使者と名乗った三人は、サティ王子の前まで来ると、膝を着き、頭を下げた。


「俺は『呪の自治区』の兵士長で、名をティーズといいます」

 長い髪の青年が名乗る。

「この度は拝謁に応じていただき、有り難く存じます。後ろの二人は、大柄なほうがラース、小さいほうがミース、共に俺の信頼する部下です」


 小さいと言われた少年がティーズを睨むが、ティーズは至って真面目な表情だ。


「こちらこそ、ご足労ありがとうございます」

 サティ王子が丁寧に返す。

「どうぞ顔を上げてください。込み入った事情があるようにお見受けしますが、よろしければ机と椅子のある別室で、落ち着いて話をしましょうか?」


 サティ王子のその言葉に、ティーズは意外そうな顔をする。


「何故、そのようなことがお分かりになられたのですか?」

「勘です。僕の勘は当たるんですよ。それとも間違っていましたか?」

「いえ、仰るとおりです」

「ではすぐに準備をさせます」


 それからサティ王子は、わたしの耳元で小さく「何があるか分からないから、絶対に気を抜かないでください」と言った。サティ王子も、全く無警戒というわけではないようだ。


 移動した先は、小さな応接用の部屋だった。

 大きな角卓にティーズたち三人とサティ王子が向かい合って座る。部屋の端には兵士も控えている。わたしの立ち位置はサティ王子の左後ろだ。


「この度は、サティ王子にお願いがあって参りました」


 話を切り出したのは、ティーズのほうだった。

 ティーズは「まずはこれを見て頂きたいのです」と、右手を自分の左胸に重ねる。


 そこから、あたかも掴み出したかのようにしてティーズが見せてきたのは、血のように赤く輝く歪な形の結晶。

 まるで皮膚や服をすり抜けて現れたようで、現にティーズの服には破れた跡も無かった。

 その結晶はティーズの右手の上でふわふわと浮いていて、しかしわたしは別の理由で息を呑んだ。


 結晶が現れたことでサティ王子も驚いている様子だったが、大切なのはそこではない。


 ティーズの手の上の結晶は、リアちゃんが能力を使うときに見せたそれと全く同じものだったからだ。


「ティーズさん。あなた、能力者ですか?」

 わたしは何が起こっても対処できるように、気持ちを張り詰めさせる。

「ええ。ラースとミースもです。更に言えば、約七万人いる国民の全てがそうです」

「国民全てが?」

「そうです。『呪の自治区』では、十歳を迎えた子供全ての左胸にこの赤い結晶を埋め込みます。そうですね……まずはこれに触ってみていただいてもよいですか?」


 サティ王子が手を伸ばそうとしたが、「危険です」と、わたしはそれを(さえぎ)る。

 ティーズがどんな能力を持っていて、どのような思惑をもっているかも確かでないうちにそれは、あまりにも無防備に思ったからだ。


「わたしが触っても?」


 ティーズに聞く。

 ティーズは頷き、わたしに赤い結晶を差し出してきた。


「まずはこの結晶のように見える物体の、異常性を理解していただきたい。宙に浮いているこれは、目に見えているはずなのに、普通の人間には触れることが出来ないのです。掴もうとしても指をすり抜けてしまうんです」

 わたしは恐る恐る、結晶に手を伸ばす。

「ですから、特別な人間でなければ、この結晶に触れることは出来ません。私の知る限り、『呪の自治区』でも触れることの出来る人間は、ラースとミースの二名のみです」

「あ、意外と柔らかいんですね」

「はい。こんな得体の知れない結晶を俺たちは……ん? 柔らかい?」

「ええ、ぷにぷにですけど……」


 ティーズが目を丸くしていて、思わず結晶をつついて遊んでいた指を止める。

 周りを見回すと、兵士たちもどうしていいのか分からないと言わんばかりで、助けを求めて顔を向けても一様に目を逸らされた。


「ラース、ミース……正直に答えてくれ」

 ティーズが訊く。

「俺達の胸の中のこれは、ぷにぷになのか?」

「申し訳ありません、兵士長」

 大柄なラースが頭を下げる。

「ぷにぷにです! 国長も兵士長も『結晶』と呼ぶものですから、俺達、どうしても寒天のように柔らかいなんて言い出せなかったのです。すみませんでしたぁ!」

「僕は、これを『結晶』って呼ぶ人が無様でおもしろかったので黙っていました」

 ミースが言う。最悪だこのチビ。

「……嘘ですよ兵士長。睨まないでくださいよ」


「この罪は死んでお詫びを……」


 ラースが本当に剣を抜いて自分の首に当てかけたので、みんなで必死に止める。

 さすがのミースもこれには慌てたようで、最終的に剣をラースの手から捥ぎ取ったのはミースだった。


「つまらない真似しないでくださいよ先輩。そんなことしたって楽しくないじゃないですか? 真面目すぎはよくないです。もっと楽しく生きましょうよ」


 ミースがまともなことを言う。

 意外に思って、わたしはすこし驚いた。


「まぁ僕は、そんな真面目すぎて滑稽な兵士長と先輩を間近で見るのが楽しみなんですが」


 前言撤回。

 やっぱりこいつは最悪のチビだ。


 このあと、再びティーズに結晶(?)を出してもらった。 

 懲りずにサティ王子が結晶に触りたそうにしていたが、それより先に兵士の一人が手を伸ばす。その兵士の手は結晶をすり抜け、何度やっても触れることはできなかった。

 どうやら本当に、この結晶はわたしたちの知っている常識からは外れた物のようだ。


「『呪の自治区』の国民は、能力を使えるようになるために、強制的にこの得体の知れないものを体に埋め込まれます。国長はこんなものを『奇跡の種』などと呼んでいますが」

「もしこの『貴石の種』を握りつぶしたりして、壊しちゃったらどうなるんです?」

「能力者から普通の人間に戻ります。数日で髪や肌の色も元に戻ります。もっとも、ほとんどの者は取り出すことは出来ても、自分の結晶にさえ触ることが出来ません。

 現状では、ラースかミース、そしてあなたに『奇跡の種』を壊してもらう以外に、普通の人間に戻る方法はありません。以前はもう一人いたのですが…… とにかく、とんだ奇跡もあったもんですよ」


 ティーズが皮肉げに言う。

 それにサティ王子は首を傾げた。


「その『奇跡の種』のおかげ……失礼。影響で、『呪の自治区』の人たちは人知を超えた力を手にしましたよね。生活の幅が広がり、国力も上がったことでしょう。あなたたちは、それを是とはしないのですか?」

「それは……」


 ティーズが言い渋る。

 当然だ。あの能力は、人に誇れる類のものではないのだから。

 だからわたしは「待ってください」と、二人の会話を遮った。


「サティ王子。それをティーズさんの口から言わせるのは少々、酷かと思います」


 それからわたしはティーズ達に近づいて、自分の瞳を指差した。

 同じように赤いわたしの瞳に気付いて、三人は驚いたようだった。


「サティ王子。わたしたちの持つ能力は、そんなに華やかなものではないんです。

 自分のありのままの姿を保つ力を失ったせいで、変身能力を身に着けた人。

 生命エネルギーを体に保てなくなったせいで、物を腐らせる能力を持たされた人。

 自分の生きている時間軸の感覚が曖昧になったせいで、未来が見えるようになってしまった人。

 そして遠くのものを動かせるようになったわたしは、どこまでが自分の体なのか、その境界が曖昧になってしまいました。

 人間として当然持っているはずのものが、欠落しているんです。時々思います、わたしはまだ人間なのかなって。

 根本は欠落なんです。そうして得た能力なんて、誇れるはずが無いじゃないですか」


 わたしはティーズに振り返り、「こんな感じでいかがでしょう?」と聞く。

 ティーズはわたしに頷くと、それからサティ王子に言う。


「秘書の方の仰るとおりです。ましてや、本当に有用な能力が出てくるなど僅かです。その一握りの人間にも、自分の能力を誇っている人など殆どいません。

 生活することさえ困難になった者もいれば、『種』を植えた途端に能力が暴走して死んだ子供もいます。呪いに縛られたような生活に国民は苦しんでいるんです」


「状況は理解しました」


 そう言ったサティ王子の目は、どこかいつもより鋭いように見えた。


「ティーズ兵士長。あなた、謀反でも起こすつもりですか?」


 サティ王子の問いに、ティーズが頷く。

 謀反――つまりはクーデターだ。

 ティーズは国長に対して反乱を起こし、国長を政権から退けようとしているのだ。


「全ての国民を普通の人間に戻すとこの場で誓います。近隣諸国を脅かすことでしか成り立たない能力者の国から、健全な国に変えたいのです。

 そのためにはサティ王子、あなたの協力が不可欠です。一時休戦と、現国長の失脚後に『呪の自治区』の代表者を通して同盟関係を結んでいただける約束がほしいのです」


 ふと違和感。


 確かではないが、ティーズが自分の名ではなく、あえて『代表者』という言葉を選んだように感じた。


 それからティーズは改めてサティ王子に頭を下げる。


 確かにそれで、『呪の自治区』は上手く回るだろう。『光の帝国』と同盟関係にあれば、易々と他国が攻め込むことも出来ない。国民が能力を持つ必要の無い体制が作れるということなのだろう。

 だが、ほんの数週間前にも戦争をしたばかりの『呪の自治区』の兵士長が、自国を救うためにそれを言うのだ。それは、あまりにも虫が良すぎるのではないだろうか。


 そう思ったのはわたしだけではなかったようで、「ふざけんな!」と、兵士の一人がティーズに掴みかかる。

「先月は百八人、その前の月も九十人が戦争で死んだ。俺の仲間もその中にいた。それなのに虫の良い話だな。テメェらの都合なんか知ったことかよ!」

 その兵士の言葉に、周囲のほかの兵士も言葉を重ねる。

 飛び交う罵声。

 反撃しようとするラースとミースをティーズが制止した。

 白熱してどこまでも止められないと思ってしまうほどの、兵士達の熱狂は、


「――黙れ」


 サティ王子の一声で、凍りついたように一瞬で静まり返った。


 サティ王子が兵士達の態度についてティーズたちに詫びると、それからいつもどおりの口調で、今度は兵士達に向けて言った。


「ティーズ兵士長の言葉は、こう言う見方もできるんです。『このまま戦争が続けばもっと死人が出る。戦争を終わらせる方法があるから自分に乗らないか』と。

 これはこちらにも利益のある取引です。加えて、『光の帝国』としては彼らが失敗しても失うものは何も無い。損害無く国長(くにおさ)ガレスを引き摺り下ろせるかもしれないんです。

 納得のいかない気持ちも今は堪えてください。既に失われてしまった命と今生きている命、どちらがより大切かは考えるまでも無いでしょう」


 その言葉に反論する兵士はいなかった。


 このあと、ティーズが作戦を説明する。

 その内容にわたしは少し違和感を感じて隣を見ると、サティ王子も始終、渋い顔をしていた。


 詳しい話を聞いたあと、サティ王子は「考える時間をいただきたい」とだけ返答した。

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