第1章『月の国』④
昼食が終わり、みんなで「ごちそうさま」をした。
このあとは、リアちゃんとミリアはランスと一緒に作業の準備、わたしとエミリアさんは厨房でお皿洗いだ。
使った食器をじゃぶじゃぶ水で流しているのだが……なんだろう。
隣で作業するエミリアさんが妙に静かだ。
「エミリアさん、どうかしたんですか?」
「ん? 何が?」
「いや……静かだなぁって思って」
「ああ、ごめん。心配をかけ……あれ、なんとなく失礼なこと言われてない? ってか普段のわたしってそんなにうるさい? ちょっとナナミちゃん、返事に困ったような顔をしないで! 嘘でも良いから『気にすること無いですよ』ぐらい言って!」
「気にすること無いですよ(棒読み)」
「ありがと、ナナミちゃんって優しいのね」
エミリアさんが「いいこいいこ~」なんて、頭を撫でてくる。
髪の毛が引っ張られて時々痛いけど、これはこれで心地よかったりするのだ。
「それとさ、さっきはごめんね」
わたしの頭から手を離すと、また重い口調でエミリアさんが言う。
謝られる覚えがなくて、わたしは首を傾げる。
「お昼の準備してたときにさ、思い出してたでしょ。前に言ってたあの夢のこと」
「あぁ。大丈夫ですよ。気にしないでください」
「本当に? 強がったりしてない?」
「大丈夫ですよ」
そしてわたしは、『もう慣れましたから』という言葉が口から出そうになったのを呑み込む。
本当にあったことなのか、ただ鮮明なだけの夢なのか分からないそれは、思い出すたびにわたしの頭の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回して、胸なのか肺なのかわからないところをこれでもかというばかりに締め付ける。
今だってそうだ。息ができなくて目の焦点が合わなくて、今にも叫んでしまいそうな心を表に出さないで、エミリアさんに笑顔で言葉を返している。
そうだ。そのまま何も考えないようにして、いつもどおり、頭の隅から追い出してやればいい。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫……
「ちっとも大丈夫じゃないじゃない!」
胸にあたる何か。肩を締め付ける温かい感触。
回らない頭がゆっくりと、何が起こったのかを理解する。
わたしの顔のずっと近いところに、とても温かくてとても辛そうな横顔があった。
エミリアさんがわたしの背中をぐっと引き寄せて、力いっぱい抱きしめてくれていたのだ。
「寂しくない? 怖くない? わたしは心配だよ……わたしがナナミだったら不安で気がおかしくなっちゃうと思うの。知ってる人の誰もいない、何も分からないところに放り出されてまだ、たったの一ヶ月前でしょ? わたしに何ができるかわからないけど、何にもできないかもだけど……」
「エミリアさん、泣いてるの?」
「だって、だってぇ……」
わたしの肩に顔をうずめて泣いているエミリアさんの頭を撫でてあげる。
怖い夢を見るのは嫌だし、怖いものは何度見ても怖いし、そう簡単に慣れられるものではないと思う。
だけど、なんとなくだけど、今はそこまで不安な気持ちにはならないのだ。
エミリアさんとかリアちゃんとかミリアとか、それからランスもたぶん、いっぱい心配とかしてくれているのが伝わってくるし、すっごいわたしのことを大切にしてくれている。出会って一ヶ月程度のわたしのことをだ。
「いつでもわたしは、ナナミの味方だからね……」
嬉しくて、目の奥がツンと熱くなる。
だから、泣きじゃくった声でいうエミリアさんに、わたしはこう答えるのだ。
「知ってます。だからわたしは、今日までやってこれたんですから」
二人でひとしきり泣いたあと、急いでお皿洗いに取り掛かる。
結構待たせてしまったようで、途中からリアちゃんとミリアも来て手伝ってくれた。
(ランスも手伝うと言ってくれたが、三姉妹に猛反対されて厨房のすみっこでポツンとしていた)
片づけを終わらせて、「おまたせー」と、わたしたちはランスに駆け寄る。
「ランス、今日はなにをするの?」
「街に出るよ。もうすぐ夏だから、ちょっとやっておきたいことがあってね」
そういえば、今日で四月は終わりだ。
そして、わたしがこの城に来てから、明日でちょうど一ヶ月になるんだなと、しみじみ思った。




