第8章「夢の跡地」④
国の外れまで行くと、留めていた馬が二頭に増えていた。
つまりは、近くに誰かがいると言うことだ。
「……冗談じゃないっての」
鞍についた模様を見ると、二頭目も『光の帝国』から来たもののようだった。
思い当たる可能性はとりあえず三つ。
監視か、暗殺か……
しかしそのどちらでもないと、すぐ近くでうずくまっている少女を見て分かる。
黒い地面の上には吐瀉物。
どうやらわたしを追って来て、そのまま国の中の様子を見てしまったようだった。
わたしは息を大きく吸うと、表情と声色だけでも平静を装って、うずくまるイリスに声をかけた。
「心配かけちゃったかな。ごめんね」
「べ、べつにあんたのためじゃないんだからねっ……うっぷ」
「はいはい、イリスは意地っ張りよね」
今度は返事をする余裕も無いようだった。
余裕が無いのはわたしもだっていうのに。
それでも、イリスが悪いわけではないと自分に言い聞かせる。
イリスが落ち着くまで待って、わたしは「口をゆすいだら?」と水筒を差し出した。
「貴重な水をこんなことに使えるわけ無いでしょっ!」
「少しなら大丈夫よ。わたしのことはいいから」
「そんなわけにぃもがががが」
「貴重な水だから、無駄遣いしないでよね」
「ぶくぶくぶくぶくぺっ! あんた鬼ね……」
鬼かぁ……そうなれたら、少しは楽なのに。
ようやく会話が途切れる。
今のわたしには、作り笑いも一苦労だ。まだ指が震えているのを隠し、噛み合わない奥歯を噛み潰した。
「ナナミ、ここは何なの?」
イリスが聞いてくる。
本当は話しかけないでほしいのに。
今だけは一人にしてほしいのに。
なるべく苛立ちを口調に出さないようにしてわたしは答える。
「かつて『剣の国』って国があった場所よ」
「何でこんなところに来たかったの? この奥に入っていったみたいだけど、あんなものを見て、何でそんなに平気そうなのよ?」
「平気じゃないよ。たぶんイリスより、ずっと平気じゃない」
「そんなの、見てて分かるわよ。何があったのよ?」
「ごめん、黙って。今ちょっとそういう気分じゃないの」
「だからって……」
最後まで聞くより早く、わたしはイリスの顔を殴り飛ばしていた。
イリスが砂の上に倒れる。
更に殴りそうになる拳を堪えて、堪えて、堪え切れなくて左手で自分の右手を押さえながら、イリスに「ごめん」と背を向ける。
「ホント、馬鹿ね」
ふと、温かい感触。
わたしの手が握られる。振り向くと、イリスが両手でわたしの右手を包んでいた。
「イリス?」
「だから、なんでそんなに無理して、平気そうにしてるのかって聞いてるのよ。
今にも人を殺しそうな顔をしてるし、だけど今にも泣き出しそうな雰囲気もしてる。
あたしでよかったら聞くからさ。どんなに重い話でも、聞くぐらいは出来るからさ。だから話してみなさいよ。ナナミは何でこんなところに来たかったの?」
イリスの表情は引きつったぎこちない顔で、今にも倒れてしまうんではないかというほど弱々しくて、けれどもその顔に笑みを作ってくれていた。
わたしは水を一口飲むと、ゆっくりと気持ちを落ち着かせる。
「ここね、わたしの国があったところなの……」
酷い話をした。
ときにはどう言っていいのか分からないことを拙い言葉で、ときにはどう反応していいのか分からないほど惨い内容を。
何度も詰まりながら作る言葉を、イリスはじっと聞いてくれていた。




