第7話「さよなら」⑤
「あれ? お父さん、ミミさんは?」
三月三十日。出産まであと一ヶ月と迫ったこの日、ミミさんの姿が見えなくてわたしは首をかしげた。
午前中に畑仕事を終えて、昼食のために家に戻ったときのことだ。
「あいつは頑固なんだよ」
お父さんがため息を吐きながら、ふかした芋をわたしに手渡す。
今日の芋はいつもより少しだけ大きくて、ちょっと嬉しい気分になる。
とりあえずお父さんが行き先は知っているようだったし、心配しなくてはいいのかな?とも思ったが、やはり気になる。芋を一口頬張ると、「どういうこと?」とまた訊く。
「お前、明日は何の日か言ってみろ」
「四月一日……うにゃ?」
「そうだ、お前の誕生日だよ。自分の足でプレゼント買いに行くって言って、俺の制止なんて聞きやしない。これ内緒にしとけって言われてんだから、貰ったらちゃんと驚けよ?」
「うん、わかったけど……いいの? わたしに言っちゃって」
「覚悟しとけ。あいつのプレゼント選びはセンス無ぇから。それでも腹ン中に子供を抱えたまま、隣町まで行ってんだ。だからちゃんと喜べって言ってんだよ」
「あ、なるほど……」
忙しくて、自分でも誕生日なんて忘れていた。
それなのにわたしの誕生日を覚えてくれていて、わたしのためにプレゼントを買いにってくれている。そのことだけで十分に嬉しかった。
「それとよ、これはいつかでいいんだ。お前が自分で納得できるときが来たらでいいからよ。あいつのこと、『母さん』って呼んでやってくれねぇか?」
「え? 呼んでいいの? だって、その……迷惑じゃないかな?」
「んなわけねぇだろ。ガキがそんなこと気にすんじゃねぇよ。
それに、そのほうがミミも喜ぶに決まってる」
ミミさんが一緒に暮らすようになって、もうすぐ十年。
義理のお母さんになって八ヶ月。
だけど本当の子供じゃないのに、お母さんって呼んでいいのか不安だった。
だけど……そうか。呼んでいいのか……
ミミさんが戻ったら、少しだけ勇気を出して呼んでみようと思った。
「お父さん、わたし幸せかも」
「何を当たり前のこと言ってんだ。俺もだよ」
照れて笑うお父さんの顔が、ちょっとだけ可愛かった。
昼食を終えて午後。武器作りの作業の前に、村の端の井戸まで水汲みに行く。村に七箇所ある井戸ののうち、そこが一番近い水汲み場だった。
首都へと続く道のすぐ脇にあるそこで、えっちらおっちら井戸の中の桶を引き上げていると、この辺りでは見ない髪の色をした少年がその道を通るのが見えた。
青年はきれいな金色の髪に透き通るような青い瞳。砂漠を渡ってきたのか、大きな砂避けの布を体に巻いている。布の合間から見える服も、わたしが一生着る機会のなさそうな高そうな服だった。
白い馬に乗る少年の周りには、同じように馬に乗る女の人が三人。金色の髪の二十歳ぐらいの女性と、黄色がかった肌に茶色い髪をさいたわたしと同じぐらいの年の少女。そして小麦色の肌に対称的な銀色の髪をした十二歳ぐらいの女の子だ。
あ、いけない。目が合った。
わたしが見ていることに気づき、金色の髪の少年がこちらを向く。
「ごめん、ちょっといいかな?」
金髪の少年が馬を下りる。道から井戸のところまでは斜面になっていて、少年が綺麗な着物のままこちらに歩いてこようとしていたので、慌ててわたしは少年のほうへと走っていった。
態度はそうでもないのだが、服とかから見て偉そうな人かも知れないと思い、自然と背筋が伸びる。
「えっと、なんでしょう?」
「わざわざ悪いね。シャトというこの国の首都に行きたいのだが、この道であっているのかな?」
「はい、この道を真っ直ぐ行ってください。山を二つ越えたところで一度だけ分かれ道があるので、そこは左側の道を通ぅらって……通って行けば着きます」
うにゃ、噛んだっ!
「そんなに気にすることないよ」
顔を真っ赤にするわたしに気を遣って、金髪の女性が言ってくれる。
「そういえばミリア今いくつ? きっとこの子、同い年ぐらいじゃない?」
ミリアと呼ばれた少女が「今年で十五です」と答える。
「あ、わたしも明日で十五歳です」
わたしがそう答えると、ミリアという少女が握手を求めてきた。
よく分からないけれど、ほんの一瞬で打ち解けたような気がした。
「ランス様」
小麦の肌に銀髪の女の子が、少年に向かって言う。
「もしかしてそのお姉さんも連れて行くんです?」
「そうだね……君、家族は?」
少年がわたしに問うが、意図がよく分からずにわたしは首を傾げる。
「まぁそうだね、じゃぁ質問を変えよう。お父さんとお母さんは好きかな?」
「好きです。お父さんは厳しいけど優しいし、ミミさんもわたしのことを大切にしてくれるし。
本当のお母さんはわたしが五歳のときに死んじゃって、去年、ミミさんはお父さんと結婚したんです。もうすぐ子供が生まれるんですけれど、ナナミってわたしの名前とも繋がりがあるように名前を付けようってミミさんが言ってくれたんです。
今もわたしのために誕生日プレゼントをこっそり買いに行ってくれているんです! ……あっ」
お父さんとミミさんのことを聞かれたのが嬉しくて、ついつい喋りすぎてしまったかもしれない。
もしかしたら、呆れられていないだろうか。
「そうか。とてもいい家族だね」
少年がわたしの頭を撫でる。
少年がわたしに向けた笑顔は、まるで作り物かと思うぐらいに綺麗だった。
一方で少年以外の三人は、わたしから目を逸らしたり、どこか無理のある笑いを浮かべていたりする。
呆れられているのとは少し違うようで、それが少し気になった。
ランスという少年達と別れて、水を汲んで家に戻った後は、午後はいつもどおりの武器作りだ。
夕方五時よりも少し前に区切りがついたので、お父さんに「先に戻ってるね」と声をかけて家の中に入る。
もうさすがにミミさんも帰ってるだろうと思い、「ただいま」と言って玄関を開ける。
「うみゃ!」
「あ……」
そしてわたしは、ミミさんが家具の陰にプレゼントっぽい箱を隠そうとしている場面に鉢合わせした。
村では見かけたことのない、空色の紙に包まれた箱だ。
「あ、あの! わたし何も見てないからっ!」
「別に見たっていいわよ、ナナミちゃん。ナナミちゃんのために買ってきたんだから」
それからミミさんは小さく舌を出して、「まぁちょっとびっくりさせようと思ってはいたんだけどね。失敗失敗♪」なんて言いながら、わたしを手招きした。
「見つかっちゃったからしょうがないか。一日早いけど、はいっ!」
わたしは綺麗に包装された箱を受け取る。
こんな立派な贈り物は初めてで、まだ自分の手元にある実感が無い。
戸惑って声が出なかった。
ミミさんに「よかったら開けてみて」と促されて、わたしは箱の裏に指を掛けると、包み紙を丁寧に剥がす。
「かわいいっ!」
思わず声が漏れる。
箱の中から出てきたのは、両手に乗るぐらいの大きさのクマのぬいぐるみだった。
胸に金色メダルが付いていて、『HappyBirthday』と彫ってある。
文句なしの最高のプレゼントだった。
あれ? でもミミさんのプレゼント選びはセンスが無いってたのに……
「よかった、三時間も悩んだ甲斐があったわ。こういうの選ぶの苦手だから、結局最後はお店の人に相談しながら決めたんだけどね」
「そっかぁ、三時間かぁ……」
でも嬉しいな。わたしのためにここまで本気で悩んでくれたなんて。
「ねぇ、ナナミちゃん。ハッピーバースデーってよく言うけど、誰が幸せなんだと思う?」
「えっと……誕生日の人?」
「ううん、みんなよ。明日はナナミちゃんのことを好きな人たちが、『生まれてきてくれてありがとう』って祝う記念日。ジョージさんもわたしもハッピーなんだから」
「でも、そう言ってもらえるわたしが一番ハッピーだよ」
ミミさんと二人で笑った。
わたしは包装紙を丁寧に畳むと、箱の中に仕舞う。
その箱の中にテディベアを、可愛い角度で座らせた。
そして再び顔を上げたとき、ミミさんの表情にどことなく違和感があって、だからわたしは「どうかしたの?」とミミさんに尋ねる。
「ナナミちゃん」
そう言ったミミさんはどこかぎこちない笑顔だった。
「たぶん、毎年今回みたいなプレゼントを買ってあげることは出来ないと思うの。だけどそれでも、今年からは家族として、ナナミちゃんの誕生日をお祝いしてもいいかな?」
改まって聞かれると、どことなく恥ずかしい。
「わたしもその方がいいかも……」なんて中途半端に口に出したら、思いのほか小さな声になってしまった。
だけど、それじゃ駄目なんじゃないかと思い直す。
たぶん無理して笑いながら、それでもミミさんは真剣にわたしに聞いてるような気がしたのだ。
息を大きく吸うと、少し間が空いてしまったのもさっきの微妙な返事も全部無かったことにして、ミミさんの手を取り勇気を出して言う。
「わたしもその方が嬉しい! ありがとう、お母さん!」
今度はミミさん――お母さんが驚いた顔をした。
「ナナミちゃん、今わたしのこと、お母さんって……」
その言葉が零れるのと一緒に、お母さんの目から涙が溢れ出た。
「えっ? えっと……どうしたの?」
「分からない、分からないけど嬉しいんだと思う。
ずっと、わたしなんかがナナミちゃんの母親なんかになっていいのかって不安だったの。結婚してすぐに家事も全然できなくなっちゃって、ナナミちゃんにいっぱい助けてもらったけど、内心どう思ってるのかなって、ふと怖くなるときもあったの」
わたしだって、本当の子供じゃないのに、お母さんって呼んでいいのか不安だった。
そうか。お母さんもわたしと一緒だったんだ。
「ごめんね、こんなに頼りなくて。わたし今かっこわるいよね? ねぇナナミちゃん、こんなわたしでも、ナナミちゃんのお母さんになってもいいかな?」
「ミミさんがいい! ミミさんはわたしのお母さんだよ!」
強く抱きしめられた腕の温かさが、たまらなく嬉しかった。




