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第7話「さよなら」④

 わたしたちの朝は早い。

 日の出とともに起床し、朝食を食べ終わると午前中は畑へ向かう。季節によっていろいろだが、土を耕したり、種を蒔いたり、草取りをしたりなどだ。

 今は秋なので収穫する作物が多く、収穫の終わったところは次の作物を植える準備をする。


 昼食をとり、午後からは武器を作る。

 全ての家の裏に作業場があり、午後は商人を除いてほとんどの人が男女問わず剣や包丁、ナイフなどを作る。

 小さい頃から仕込まれ、八歳を越える頃には、他国では作れないような刀剣を大抵の子供が作れるようになる。

 その中でもお父さんの武器作りの技術はこの村一番で、最近は国からの注文だといって、見たことも無い形のものを作っている。

 お父さんに聞いてみたら、イシビヤと呼ばれるものの一部になるそうだ。


 作った刀剣のうち一定数を国に納める。国は集めた刀剣の一部を戦争のために保管し、のこりは他国に売っているらしい。

 そのお金を元手に、各村にはさまざまな物資が支給される。

 それでも物資が足りなかったりする村は、『月の国』などの近隣諸国へ刀剣を持って売りに行き、そのお金で必要なものを買って帰ったりするのだ。


 午後五時には作業終了。少し休憩したあとは夕食だ。

 ミミさんが料理したのを盛り付けだけ手伝い、みんなでそろって「いただきます」をする。

 毎日一時間ぐらいしゃべりながら食べて、それでも飽きない楽しい時間だ。

 誰かが眠そうにあくびをしはじめると、何となくそれが終わりの合図のようになって、みんなが立ち上がる。

 ミミさんは食器の片付け、お父さんは家の裏の作業場あたりで自主稽古だ。

 わたしはミミさんの皿洗いを手伝ったあと、軽めの剣を一本持って、作業場まで駆けて行く。


「お父さんっ!」

「また来たのか。お前も物好きだな」


 お父さんは剣の自主稽古をしている。うちの家に限らず、大概の村の男の人は稽古をしているそうだ。

 以前に『剣術?』と聞いたら、『そんな立派なもんじゃない、我流だ。戦争になったらどれぐらい役に立つかも分からん』と言っていた。

 わたしが来たあとも、お父さんは剣を振る手は止めない。

 いつものことだ。

 わたしもお父さんを真似していつもどおりに剣を振った。

 最初は『女が刀を振るんじゃない』なんて反対されたが、わたしが毎日のようにしつこく来たせいか、そのうち言われなくなった。

 からといって何を教わるわけでなく、わたしはお父さんの真似をしているだけで楽しかった。


「あら、ナナミちゃんも上手になったのね」

「あ、ミミさん」


 ミミさんが珍しく、稽古の様子を見に来ていた。

 お父さんが手を止めたので、わたしも剣を下ろす。

 ミミさんから手ぬぐいを二人分受け取ると、一枚をお父さんへと渡す。


「ミミ。剣のことでこいつを褒めるな」

 わたしにデコピンにながらお父さんが言う。

「こいつが戦争に行くわけじゃねぇんだ。おまえらが剣を持つようなことにならないように、俺が稽古してるんだろうが」

「いいじゃない、剣を振るぐらい。そのうち飽きるわよ」

「俺もそう思ってたんだがな……ナナミ、剣なんか振って何が楽しいんだ?」

「え? 考えたこと無いかも」

「きっとジョージさんと一緒にいたいのよ」

 ミミさんの言葉に「そんなんじゃないもん」って言いながら、たぶんそれが正解のような気もしていた。


 次の日からミミさんも毎日、食器洗いが終わったら稽古場に来るようになった。

「ミミ、おまえよぉ……恥ずかしいじゃねぇかよ」

「いいじゃない、別に」

 稽古中のお父さんのため息が増えて、でもちょっとだけ笑顔も増えた。




 十月のある日。

 大食いのお父さんが、ミミさんにご飯を譲った。


「ほら。俺はもういいから、おまえもっといっぱい食べろ」

「うみゃ? ……えぇぇぇっ!」

 ミミさんも意外に思ったようで、目を丸くしている。

「ジョージさん、どうしたの? 熱でも……」

「無ぇよ、額に手を当てるな! ナナミ、おまえもかっ!」

「だって心配だもんっ! お父さん、死んじゃだめっ!」

「だから死なねえって!」


 確かに熱は無かった。

 外を見ても雨は降っておらず、頬を引っ張っても確かに痛かった。

 余りに大げさにやりすぎたせいか、お父さんにデコピンされる。


「ミミ。これからはもっと栄養取らなきゃいけなくなるんだから、しっかり食べておけ。ナナミも、もうちょっとしたらお母さんが大変になるかもしれないから、遊んでばかりいないで家事を手伝うんだぞ?」


 お父さんが真剣な顔で言うので、わたしは頷いた。

 ミミさんがどういう風に大変になるのかは気がかりだったが、とにかくわたしは家事の手伝いを頑張ればいいらしい。


「じゃぁ明日からごはんはわたしが作るね!」

「雑草喰ったほうがまだマシだ」

「酷いっ!」




 この数日後から、時折ミミさんは吐き気を催すようになる。

 それが数日続いたある日、稽古の後にお父さんが、ミミさんのお腹の中に赤ちゃんがいると話してくれた。


「とにかく、今が一番辛い時期だからな、お母さんのこと頼んだぞ」


 お父さんの言葉にわたしは頷く。


 すでに食事以外の家事はわたしがほとんどやっていた。

 わたしだってミミさんのことは好きだ。こんなときぐらいは頑張らなくちゃって思う。


 考えてみれば、お父さんも少し丸くなった。

 ミミさんの前ではわたしを叱らなくなったし、言葉もどこか優しくなったような気がする。

 その分、陰でわたしが怒られるときは止めてくれる人がいなくなったんだけど。


「それにしても、赤ちゃんかぁ……」

「なんだよナナミ、気づいてたんじゃねぇのか。言っとくけどな、赤子ってのはチシャって鳥が連れてきたり、コノトリーって野菜の根元から生えてきたりするわけじゃねぇんだからな?」

「そんなの知ってるって……ん? お父さん、それ逆じゃない?」

「んなわけねぇだろ。お前のほうが記憶違いしてるんだよ」

「うぅ……そう言われると、そんな気がしてきたかも」


 でも、どことなく釈然としないのはなぜだろう? なぜだろう?




 忙しくて、友達と遊ぶ暇なんて無い日々が続いた。

 十二月ごろにはミミさんの体長は落ち着いてきたが、それでも家事はわたしがやり続けた。

 冬の間の辛い水仕事も、ミミさんのためだと思えば頑張れた。


 二月の後半ぐらいからは、ミミさんのお腹は、日に日に大きくなっていった。

 ときどき嬉しそうな顔で、「赤ちゃんが動いた」と言ってはお腹をさすっている。お腹に耳を当てさせてもらってもわたしにはまだ分からなかったけれど、ミミさんには感じるようだった。

 で、その頃、ふと疑問に思ったのだが……


「ところで、男の子なのかな? 女の子なのかな?」


 夕食時、そんな話になった。

 わたしの言葉に、お父さんが麦飯を口に運ぶ手を止める。


「さぁな。首都に行けば調べる方法もあるらしいが、こんな田舎じゃ生まれるまで分からねぇよ。ナナミはどっちがいい?」

「うーん、どっちでも嬉しいかも」

「だよな。いい子だ」


 お父さんに褒められた。

 ミミさんが「珍しいこともあるものね」なんて言ったら、お父さんは「いちいち言わなくても、ナナミはいい子だからだよ」と拗ねて言った。「わぁい♪」って喜んだら、「馬鹿だけどな」って付け加えられた。「うにゃー」


「もし男の子だったら、俺に名前を付けさせてくれよ。ナナミが生まれる前から、ナナと考えていたのがあるんだ」


 お父さんが言った『ナナ』というのは、わたしが五歳のときに亡くなった本当のお母さんの名前だ。

 わたしはミミさんと顔を見合わせて頷き合った。


「男の子のときはそれでいいわよ。ジョージさん、もし女の子が生まれたら?」

「そっちはよかったら、ミミの方で考えてくれ。可愛い名前とかそういうのは、俺はよく分からねぇからよ」

「そうね……じゃぁ『ミナミ』がいいわ。どうかな、ナナミちゃん」

「うにゃ?」

 ミミさんが、わたしの頭を撫でながら続ける。

「生まれてくる子には〝ナ″の音を入れてあげたいの。兄弟って言っても、ナナミちゃんとは腹違いになっちゃうでしょ? だからこそまずは名前から、強く強く結ばれてほしいのよ」


 わたしは頷く。

 ミミさんがそう言ってくれたことが素直に嬉しかった。


 出産予定は五月末か六月の頭ごろになるそうだ。

 今からその日が待ち遠しかった。

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