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第7話「さよなら」②

走り出して二十分ほどだろうか。

 大きく砂の舞い上がる一帯をイリスは指差して、「あれよ」と言った。

 目を凝らしてみると、砂の合間から人が戦っている姿が見えてくる。


 風のうなりの合間から微かに聞こえてくるのは、剣と剣がぶつかるような甲高い音。叫び声と勝ち(どき)が聞こえ、馬が逃げ出す。

 人数は『光の帝国』側が勝っているようだが、それでも押されているようだった。


 そんな中で、ひとつ気になったことがあった。


 敵兵の全員が、小麦色の肌に対称的な銀色の髪をしており、何より、片目に紅い瞳を宿していた。


 その特徴はリアちゃんとかなり近しいものがあった。


「ナナミ、止まって」

 咄嗟の声。イリスの指示でわたしは馬を止める。


 そしてその意図を尋ねる前に、わたしは止まった理由を理解した。

 前方から、大きな火の玉がわたしたち増援部隊を目掛けて飛んできていたのだ。


 突然のことだった。能力を発動しようとしたが間に合わなかった。

 着弾と同時に爆発したような音と、叫び声のようなものが聞こえる。

 大きく燃える炎の上を、人の体が吹き飛ばされているのが見えた。


「……五十七人」


「ナナミ、何か言った?」

「いまの火の玉で死んだ人の数。いまので五十七人分の体が動かなくなった」

「そんなに……ってか、あんた何でそんなことが分かるのよ?」


 イリスの言葉に答えている余裕は無かった。

 前線の更に奥から、先遣隊の戦っているところを飛び越して、再び火の玉が飛んでくる。


 今度はもう、逃がさない。


 空気で出来た大きな手で、火の玉を殴り返すイメージを作り、火の玉の正面から更に大きな力を加える。

 目に見えない力の流れと激突した火の玉は砕けて、後発部隊に届く前に四散した。

 その後も無数のツララが上空に現れたのですべてを弾き飛ばし、突如現れた竜巻のような風の軌道を逸らすなど、起こった異常現象を異常な力で払い落とした。


「ナナミ……これ、あんたがやってるの?」


「ちょっと話しかけないで。今あんまり余裕ないから……見つけたっ!」


 先遣隊の更に奥の様子を把握する。

 敵陣は前線で戦っている兵士の背後に、五十人ほどが隊列を組んで立っている。この五十人が火の玉だったりツララだったりを作っているようだった。

 そのさらに奥には十人ほどの兵士に守られて台座に座っている人が一人。おそらく指揮官のような立場にある人なのだろう。


 この距離で今わかることはこれだけ。

 でも、ここまで分かればもう大丈夫だ。


 わたしは火の玉のひとつを能力で捕まえる。

 同時に現れたツララもすべて捕まえると、能力を使っている五十人の近くを狙って投げ返した。

 怪我人が出ないギリギリの場所。

 それでいて恐怖を感じられるような目と鼻の先にそれらを落とす。


 ありえない位置からの爆発音。

 戦場が一瞬にして静まり返った。


「双方、剣を納めなさい!」


 叫ぶ。出来る限りの凛然とした声で、それでいて余裕のある表情を心がけた。


 戦場のどこまで聞こえたかは分からない。

 けれどもそれも関係なかった。

 わたしは戦場で生きている人間すべてを捕まえて、それらを宙に浮かせる。

 『光の帝国』の兵士は高さ二メートル分。

 敵国の兵士は高さ四メートル分。

 これで互いに剣は届かないはずだ。


 いま砂に足をつけているのは、わたしのほかには、敵国の指揮官らしき人と彼を守る兵士だけだ。


「ナナミ……」


 イリスの声が二メートル上から聞こえる。

 本当はもう、頭が割れそうなぐらいに痛いのを我慢して、笑顔でイリスに振り向く。


「ごめんね、イリス。わたしちょっと普通じゃないのよ」


 わたしは先遣隊の足の下を歩き、名前も知らない国の指揮官の元へと向かう。

 途中、火の玉をまた作ろうとしていたので、それが発射される前に破壊する。

 兵士の足元を歩き終わると、超常現象を起こしていた五十人の隊列の前に行き着く。

 わたしは目線を合わせるために四メートルほど浮くと、先ほど火の玉を作った男の前に行く。


「あなたね?」


 わたしは声を作る。

 それから空気でこの男の四肢を掴んだ。


 ここで躊躇っては、また新しい犠牲が出る。

 ちょっとでも気を抜けば、この五十人ひとりひとりが、百人二百人単位の人間を一度に殺せるのだから。


 思い出すのは、ランスの足を砕いたときの感触。

 柔らかいそれを握り、その中の硬いものを指先に感じ、それが自分の手の中で砕ける。

 寒気がする。

 もう二度とやりたくないと思っていた。


 けれど今はそれが必要だ。

 見せしめが必要なのだ。


「ナメた真似してくれたじゃない?」


 砕く。

 両腕両足をすべて。


 苦痛で叫ぶ男を四メートル上空に残し、わたしは砂に足をつける。


 あとは十人の兵士と、守られている一人の男だけだった。


 けれどわたしにももう時間が無い。

 能力をこの規模で使うのは、あと五分が限界だ。

 焦りを悟らせないように涼しげな表情を作るのが、またどうしようもなく辛かった。


 歩を進める。

 十人の兵士には、意図があってもともと能力を使っていなかった。

 斬りかかってくる護衛をの剣を、指揮官の目の前で止める。

 最初に斬りかかってきたのが五人、後から続いて五人。その誰もが剣を振りかぶったまま微動だにできず静止する――そんな異様な光景を目の前に、指揮官にだけは能力を使わなかった。


 二つ、意外なことがあった。

 ひとつは指揮官だと思っていた人が鎧を着るでなく、剣を持つでなく、どことなく宗教の宣教師のような格好をしていること。

 そしてもう一つは、この男だけが肌の色が白く、瞳の色が赤くないことだ。


 わたしは兵士の一人の手から剣をもぎ取ると、宣教師のような指揮官の首元に当てる。


「詰みです。撤退していただけますよね?」


 宣教師のような指揮官が言葉に詰まる。

 腹が立ったので頬を張り飛ばしてからもう一度、同じことを分かりやすく訊くことにする。


「撤退していただけますよね? 今この場で、あなたを含めた兵士全員の首の骨を折ることだって、わたしには可能なんですよ?」


 今度は素直に、宣教師のような指揮官は頷いた。




 撤退の準備が始まる。

 わたしは兵士全員にかけていた能力を解くと、イリスの元へと重い足を引きずっていった。


「ちょっとあんた、すごいじゃない! ……ナナミ?」


 イリスに体を預ける。

 もう限界だった。

 頭痛がして、体の感覚も殆ど無い。目が回ったときのように、真っ直ぐ立っているのも難しかった。


「ちょっと、ナナミっ!」

「イリス、ごめん。わたしを隠して。向こうからわたしのこんな姿を見られたら、また攻めに来るかもしれないから」

「……うん、わかった」


 イリスが近くの兵士に声をかけると、わたしのところに人垣を作ってくれた。


「ナナミ、ひとつ聞いてもいい? なんであたし達の味方をしてくれたの?」

「戦闘を中断できれば、わたしは別にどっちでもよかったの。たまたまイリスがこっち側だったからかな」

「なによそれ。照れるじゃないのよ」


 それから二人で笑った。

 人垣になってくれた兵士の人たちも、一緒に笑ってくれた。


 安心すると、まぶたがだんだん重くなってくる。


「イリス。眠い……」

「ついさっき起きたばっかりのくせに……いいわよ。あとは何とかしてあげるから、ゆっくり寝てなさい」

「うん」


 そしてわたしの意識は、深い深い暗闇へと落ちていった。

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