第1章『月の国』③
わたしとミリアで料理を運んでいる間に、リアちゃんとエミリアさんがランスを部屋に呼びに行く。
昼食はいつも庭にテーブルを出して、5人で食事することになっていた。折りたたみ式のテーブルをミリアと協力して広げて、その上に料理を並べていく。
「ランス様、今日はどの席に座るでしょう?」
「最近はそっちの席が多くない?」
「じゃぁお肉がいちばん大きいのが、この席っと♪ ナナミちゃん、わたし今日、ランス様の左隣の席でもいいですか?」
「まぁいいんじゃない? 特に決まってるわけでもないし」
「ですよね♪ 実は昨日、簡単なのですけど席札を作ってみたんです♪」
そういってミリアが置いた席札は、花のような飾りがついていて、とても手が込んでいた。
みんなの席札の色がばらばらな中、ランスのとミリアのがおそろいの青色なのは、ちょっと露骨すぎやしないだろうか?
ちなみに青はランスの好きな色らしい。これもミリアから聞いた話だ。
「ねぇ、ナナミちゃん。この制服だけど、青い布で同じのを作ろうかと思うんです。それ着てお仕事しちゃだめかな?」
「制服だから、それはさすがに。婦長に聞いてみる?」
「え、えっと……それは無理です。ピラニアのいる池に手を入れるようなものですよ」
「だよね……」
料理の配置が終わって、ようやくわたしたちは一息つく。
さて、普段ならば、そろそろリアちゃんたちが来て良いころなのだが……
「うーん、遅いね」
「ですね。ランス様に魔法か何かを見せてもらってるんでしょうか?」
「だね。遅いときはいつもそうだもん」
「また何か新作でしょうか?」
「とってもきれいだったよ。わたしも今朝、見せてもらったし」
「なっ! わたしだけですか!」
何故かミリアがショックを受けている。魔法なんて週に2回ぐらいは見せて回ってるから、もう珍しくもないだろうに。
しかしそれからふと、ようやく言葉の意味に気づく。
魔法が見れないことではなくて、『自分ひとりだけが見せてもらえていない』ということが、ミリアにとっては不安なのだと。
「ナナミちゃん、どうしよう……わたし、ランス様に嫌われてないですよね?」
ミリアの顔は今にも泣きそうだ。
わたしはミリアの頭を撫でると、「絶対に大丈夫だよ」と言う。
「ほんと?」
「うんうん、本当」
「ホントに本当ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「ナナミちゃんがそう言うなら、あぁでも、もしものことがあったら」
「ミリア、元気出して」
「どうせ私なんか、私なんかぁ、うっ、うぅぅ……」
あーあ。とうとう泣き出しちゃったし。
しかも面倒なことに、このタイミングでリアちゃんたちがランスをつれて来てしまった。
エミリアさんは意地悪そうな表情を一瞬見せたあと、一転、悲しげな素振りをしてミリアに駆け寄る。
めちゃくちゃわざとらしい。
「ミリアちゃん大丈夫? ちょっとナナミちゃん、ミリアちゃんに何をしたのよっ!」
いや、わたしは何もしてないんだけど。
「ランス様! ナナミちゃんがミリアちゃんにあんなことやこんなことを、それもあれがああなってこんなになるまで……すみません、わたしの口からはこれ以上は言えません!」
それ、もはや何も言ってないですよね?
「ミリア、大丈夫か?」ランスがミリアに駆け寄って言う。「何があったか分からないが、もう大丈夫だからな。ナナミ、いったい何を……」
「だから、わたしは何もしてないっての……ってか、エミリアさん、そこ笑ってないでください!」
「だって、だってぇあははははは……あいたぁ!」
スパン!と一閃、リアちゃんがハリセンでエミリアさんの頭を叩いた。
「無様な姉と無礼な姉がご迷惑をおかけしました。茶番はこれぐらいにして、お昼にしませんか?」
「リアちゃん、バッサリ切り捨てたね」
「おなかが空いたので」
「あ、そう……」
ミリアの並べた席札のとおりにテーブルに座って、食事を始める。
ランスが慰めてくれたおかげで、ミリアもなんとか泣き止んでいたようで……というかちょっと嬉しそうにしてるし! 心配して損した!
「ねぇ、ナナミちゃん」ミリアが言う。「ランス様が、わたしにも魔法みせてくれるって♪ わたしまだ嫌われてないですよね?」
「だから、大丈夫だって」
「ナナミちゃん、ありがとうです」
ミリアの頭を撫でてあげると、ミリアはくすぐったそうに肩をすぼめた。かわいいけど、犬か猫を相手にしている気分だ。そんな調子だから、ミリアはテーブルマナーは良いとはいえない。
それに対して、エミリアさんはとても上品に食事をする。初めて気づいたときには目を疑ったが、理由を聞いたら『セレブっぽく無駄に上品に食べたほうが。食事は楽しい』だそうだ。うん、エミリアさんらしい。
そして、リアちゃんはと言うと……
「うん……いつ見ても器用だよね」
「そうですか?」
行儀は悪いけどね、と言う言葉は呑み込む。
右手で器用にフォークとナイフを両方持ち、フォークで押さえながらナイフで肉料理を切ったりする。大皿のサラダを取り分けたり、盆に乗った料理を配ったりするのも全部、右手一本でこなしたりする。
こんな調子で、皿洗いとか掃除とかも左手をポケットに入れたまま、右手一本で人一倍上手にやってしまうものだから、『神の右手』と呼ばれていたりするのだ。
「そういえばさ、ナナミちゃんの髪ってきれいだよね」
エミリアさんが唐突に言う。
わたしの髪はカラスの羽ような深い黒だ。
『月の国』は成り立ち上、さまざまな特徴の人が生活しているが、そこでも珍しい部類に入るらしい。
「でも黒髪より、金とか銀とか茶色のほうがきれいだと思うんだけどなぁ」
「そうです?」ミリアが言う。「ナナミちゃんの髪は、風が吹いたりすると流れるように光るんです。とってもきれいですよ」
ちなみに、ランスとエミリアさんは白い肌に金髪。瞳の色はランスが青でエミリアさんは緑色だ。
ミリアは黄色がかった肌に茶色い髪。
リアちゃんは小麦色の肌に、対称的な銀色の髪をしている。
どの特徴も珍しいものではないが、姉妹がばらばらというのは珍しいのではないだろうか?
「でも」エミリアさんが言う。「ナナミちゃんの髪の色ってさ、厨房で目の端に入ると、ときどきびっくりするんだよね。あれと同じ色だからさ、黒いあ……ふがっ!」
リアちゃんがまたもやハリセン。
とりあえず、失礼なことを言われている感じがしたので、エミリアさんには同情しないでおく。
「わたしの黒髪よりもさ、リアちゃんとミリアの瞳のほうが珍しいよね?」
わたしはリアちゃんとミリアの瞳を見る。
「この赤い目のことですか?」
「そうそう」
自分の左目を指差すリアちゃんにわたしは頷く。
リアちゃんの左目とミリアの両目は、ウサギのような赤い色をしていて、そこに金色の筋が外から内に向かって何本も走っている。ミリアも「やっぱり珍しいですよね~」なんて言ってるあたり、そこまで気にしてる様子ではないようだ。
しかし思いのほか、それに反応したのはランスだった。
「『出軌の瞳』っていうんだ」
なんだろう。どことなく重みのある声でランスは言う。
「あくまで迷信だけどね。特異な能力や神に祝福された存在、逆に呪われた運命を生まれもった子供は、金色の光の筋を宿した赤い瞳を持って生まれてくるって言われてたんだ。昔はその子供を奪い合って戦争のもとになったり、逆に災いを呼ぶものとして生まれてすぐに殺されたりなんてのもあったそうだよ」
「今はどうなの?」
「だから迷信。信じている人なんて、もういないよ」
「というか……」
ミリアがわたしを指差して言う。
「ナナミちゃんの右目も、わたしたちと同じ『眼』ですよ?」
「え?」
見回す。
みんなが頷いたり、今さら気づいたの?みたいな顔をしている。
庭の端にある噴水まで走り、自分の右目を見ると、確かに赤色の瞳の中に金の筋が光って見えた。つまり気づいていなかったのは、当の本人であるわたしだけのようだ。
「おかえり。あったでしょ?」
「あんたねぇ、一ヶ月もその顔と付き合ってるんだから、さすがに気づきなさいよ」
そんなこといったってわたし、自分の顔なんてじっくり見たことないし。
「鏡、買おうかな……」
「持ってなかったんですか?」
「ときどき寝癖ヒドいときあったよね」
「なんだろう……田舎娘っぽい?」
「あー、そんな感じかも」
「朝はちゃんと早いし、体力もどちらかといえばありますよね」
「ゴリマッチョ?」
「ゴリマッチョって……」
「でも、よく集中力が切れで居眠りしてない?」
「あー、してるかも」
「してますね」
「いろいろ無頓着だけど、ちゃんとしたらもっと可愛くなると思う」
「何いってるのよ、ナナミちゃんはこの芋っぽさがいいんじゃない?」
「芋っぽい?」
「泥んこまみれになっても、すくすく元気ってことですよ、ミリア姉」
「地道に何かするより、体動かしたりするほうが得意なタイプだよね」
「洗濯物をちまちま畳んだり、物を整理したりってときなんか、よく飽きて寝てるし」
「洗濯物干してるときは、結構楽しそうなのです」
「あ、そうだ。ナナミちゃんがなにか書き物の仕事をしてるときは、こっそりあとで確認してあげて。たまーに簡単な字を書き間違えてるから」
「どんな感じです?」
「『A』の中の棒が足りなかったり、『m』の山が三つあったり、あと『B』とか『P』が左右逆になってたり」
「あらまぁ、それは重症かも」
「エミリア姉さん、本人もいることですし、学が無い……じゃなくて、おっちょこちょいだって話はこれぐらいに」
『鏡、買おうかな』って言っただけなのに、ヒドい言われようだ!
「鏡はまぁあとで、僕が買ってくるとして……」
ランスが言う。
「ところで午後、みんなにちょっと手伝ってほしいんだけど、いいかな?」
リアちゃん、ミリア、エミリアさんが頷く。三人とも大丈夫らしい。
でも……
「あ、ランス。わたしちょっとこの後、薔薇園の手入れが……」
「大丈夫だよ、婦長に話はつけておいたから」
「やった! ランスありがと!」
そうは言ったものの、不服そうな婦長の顔が目に浮かぶ。
後がすっごい怖そうだ。




