第6章「今わたしにできること」③
「はい、ポニテ完成っ!」
さらに一週間後の朝。
エミリアさんがわたしの髪を頭の後ろで束ねて結んでくれる。
「わたしリボンもってます♪ よかったらこれも使って」
「うーん。せっかく可愛くできたのに、削光眼鏡つけなきゃいけないのはもったいないです。ってか、妙に田舎っぽくなりましたね。無理しておしゃれしてます感がでちゃってるのです」
「リアちゃん言うわね……でもホント、彩瞳硝子があればいいのに」
「あれは高いからだめですよ。それに、落として踏んじゃったら終わりなのです」
「ふつうの眼鏡でも印象が変わるから、それでも十分じゃないです?」
「むむむ……却下! つけてみたけど却下! ナナミちゃんが頭よさそうに見えちゃうから絶対駄目ぇっ!」
「生きてる中でそうそうめぐり合える経験じゃないですし、たまにはいいんじゃないです? ね、ミリア姉?」
「しっかり者に見えるとか煽てられて『頑張るぞ』って思ってるときに限って、緊張して大ポカしちゃうであろうナナミちゃんに期待です」
「ミリア姉、意外と黒いです……」
「そういうことは、思っても言わないであげたほうが、ね? 分かるでしょ?」
「え? ドジっ娘は萌えだから、褒め言葉のつもりだったのに」
とりあえずみんな酷いや……
「まぁでも、とにかく気をつけてね」
エミリアさんが頭を撫でてくれる。
くすぐったくて嬉しくて、けれど少し後ろめたかった。
三日前。
町の様子が見たいなんて嘘の理由を言って、『焔の国』に行きたいとエミリアさんに相談した。
エミリアさんは仕事の合間を縫って乗馬の仕方を教えてくれて、『焔の国』への地図も取り寄せてくれた。
そして今日が、『焔の国』への出発の日だった。
リアちゃんとミリアにも変装の手伝いをしてもらって、あとは食料と水の準備が出来れば王宮を出ることができるところまで準備は整っていた。
「あ、お待たせ~」
〝にぱー″とした笑顔で、マドカさんが顔を出す。
マドカさんが準備してくれた食料と水筒をわたしは受け取る。それから「これはデザートね」と、食料を入れた袋にもうひとつ、小さな果物を追加してくれた。
「ありがとうございます、マドカさん」
「いい? くれぐれも『焔の国』の西側から国に入っちゃ駄目よ。変装で印象はだいぶ違ってるけど、西の村の人には、顔を見られてる……ふふっ、くすくすくす……駄目っ、やっぱりこれ駄目よ。頭よさそうなナナミちゃんなんて、似合わな過ぎ! 眼鏡とかありえない、これだけは無いっ!」
「うにゃぁ! とっても失礼なのです!」
「なんてね。そんなことないわよ。それにそのワンピース、とても似合ってる」
ランスが選んでくれたワンピースを褒められて、少しだけ照れくさくなる。
「がんばってくるのよ」と励ましてもらって、わたしは「はい」と頷いた。
みんなを騙しているようで、少しだけ心が痛い。
嘘をついたことに対する『ごめんね』と、『ランスを絶対に助ける』という決意を呑み込んで笑顔を作った。
会えるかどうか分からない。
けれど、これからランスを糾弾するであろう人のうち一人に、わたしは心当たりがあった。
ランスが七つの国を滅ぼした張本人であると知っていて、かつ糾弾という手段を使うであろう人物。
おそらくもう一人は、その協力者といったところだろう。
このあと、みんなに見送られて、わたしは王宮を出た。
いつもはエミリアさんがいてくれたが、一人で馬の手綱を引くのは初めてだった。
何回か危ない場面もありながら、二ヶ月前に来たときと同じ、夜明け前。
ようやくわたしは『焔の国』に辿り着いた。
村に入る。村人は誰もが灰色の髪をしていた。
一人だけ髪の色が違うわたしに目線が集まり、苦しい。
わたしは逃げるように街を目指した。
街に行くとさらに人は増えた。
市場は街の中心だ。そこまで行くと思うと気が滅入った。
わたしは大きく息を吸うと、目線を合わせないようにして人の波をかいくぐる。
気が狂いそうになりながら、早く終わらせたい一心でひたすら前に進んだ。
市場にたどり着く。目当てのものは思いのほか簡単に見つかった。
『月の国』ではどの店でも入手できなかったものが、『焔の国』では安価で手に入った。
少し拍子抜けだ。
「あれ?」
ふと市場の端を見ると、そこには井戸があった。
覗き込むと、下にきらきらと水がたまっているのが見える。
井戸の横には水の汲み方の説明を書いた立て札があり、その端にはこう書いてあった。
『 ナナミ アナスタシア
――我が国を救った二人の慈悲深き異邦人に感謝を捧ぐ――
――祖国の水で生きられる喜びを我等は語り継いでいく―― 』
自分の名前が書いてあり、少し照れくさくなる。
井戸を作ったのは『穂の国』の人たちだ。
わたしがこの件に関わったと知っているのはノレイン王子しかいない。
だからきっと、この看板はノレイン王子が立てたものなのだろう。
「さて……と」
あくびがでる。寝ずに砂漠を越えたのでもうへとへとだった。
まだ昼だが、宿屋で一室借りて眠ることにする。
もしかしたらアナさんに会えるかもと期待していたが、どうやらこの辺りはもう井戸を作り終えてしまっているらしい。
井戸のことについてまだお礼を言えずにいるのも、少しだけ気がかりだった。
近いうちに再会できるだろうとは思っていた。
しかしこんなに早くとは思ってもみなかった。
夕方には『焔の国』を出て、翌日の昼には『月の国』に帰ってきた。
市場街の東側にある広場。そこでわたしは、ベンチに腰を下ろしている赤毛の女性を見つけたのだ。
「アナさん……」
わたしの声に、アナさんが振り向く。
「あら、ナナミさん。お久しぶりです。印象が違ったので誰だか分かりませんでした」
「うにゃぁ……やっぱり似合わないです?」
「いえ、逆に似合いすぎと言うか。初対面の人は絶対に、知的な人だと騙されると思います」
「いや、騙されるって……」
ちょっと自身なくなってきたかも。
日頃のわたしってそんなにお馬鹿に見えるのかな?
「ところで」
アナさんが聞いてくる。
「しばらく調子が悪かったと聞いたのですが……もう大丈夫なのですか?」
「まだちょっと本調子ではないんですが、何とか動けている感じです。というか、アナさんはなんでわたしの調子のこと知ってたんです? しばらく『焔の国』にいるとばっかり思っていたんですが」
「こちらに来たのは昨日ですよ。ですけど、ナナミちゃんは有名人ですから」
それからアナさんはポケットからひとつのマスコットを取り出した。
黒い髪をした女の子のようだ。
「中央広場の露店で、完売する直前にゲットした一品です。いま大人気のキャラクターなんです! で、王宮に見た目も行動もそっくりな使用人がいて時々買い物に来るってかんじで。とにかくナナミさんは有名人なんですよ」
「確かにかわいいかも……って、背中に『あほ子』って書いてあるんですけど!」
「ナナミさんはそこがかわいらしいんですよ。ぽけーっとして、のぺーっとしているときのナナミさんは最高です。でも頑張ってるときの表情は、若干怖いと言うかなんというか……」
「………………」
それは、わたしは年から年中、ぽけーっとして、のぺーっとしていたほうがいいということだろうか?
「そうだ、アナさん」
『あほ子』を手でいじりながら、「うにゃ」とか「うにゃぁ」とか言ってたアナさんが、その手を止める。
「改まってなんでしょう?」
「アナさんに会ったら言おうと思っていたことが二つあったんです。一つ目は……『焔の国』の井戸の件、ありがとうございました!」
「気にしないでください。あれはいいんですよ」アナさんが謙遜気味に言う。「わたくしの中の正義に従っただけ……って言うとちょっとかっこよく聞こえちゃいますね。わたくしがそうしてあげたかっただけなんです。たまたまわたくしがそれを出来る状況にいたので、そうしたまでですよ」
正義……
アナさんが口にした言葉に、わたしの疑念が確証に変わる。
アナさんがあのときわたしに協力してくれたのは、『月の国』を守るためでもなければ、わたしやランスたちを守るためでもない。
戦争を終わらせるためだ。
わたしは息を大きく吸い込むと、意を決してアナさんに問う。
「アナさん……あなたはわたしの敵ですか?」
「わたくしは自分の中の正義に従うだけです。たまたまわたくしがそれを出来る状況にいるので、そうするだけですよ」
それは肯定だった。
アナさんは立ち上がると、わたしに大きく詰め寄ってくる。
「わたくしも、ナナミさんに伝えておこうと思っていたことがあったんです」
アナさんが息を呑む。少し緊張している様子だった。
けれどわたしには、ひとつだけアナさんの口にする言葉に心当たりがあった。
「もしかして、わたしが『剣の国』出身だってことですか?」
「気づいていたんですか?」
「確信を持てたのは、つい最近です」
ランスはわたしを『穂の国』で拾ったと言っていた。それが今年の四月一日のことだ。
しかし『穂の国』に黒髪の特徴を持つ人はほとんどいない。むしろそれは『剣の国』や『鋼の国』の人に見られる特徴だ。
『剣の国』が滅びたのが三月末日から四月一日の未明にかけての間なので、日程的にもあっている。
「ランスは『剣の国』の郊外で記憶を失ったわたしを拾い、そして『穂の国』でわたしを拾ったと嘘を吐いたんでしょう。
理由のひとつは、『剣の国』で拾ったといえば時期的に疑われてしまうから。
けれどそれよりも、国を滅ぼして家族や友人を殺めたのがランスだと、わたしに知られたくなかったんだと、わたしは信じたいです」
「そこまで気づいていて、ナナミさんはどうしてランス王子を庇うんですか? 親も友人も生活も全て奪われて、記憶さえも失って……それでどうして、彼を許すことが出来るんですか!」
「やっぱりおかしいですよね。だけど家族も友人も過去の生活も覚えていない……わたしにとっては、今のこの生活が全てです。王宮のみんなも、ランスも大好きなんです」
「じゃぁもしある日突然、記憶が戻ったら?」
「それはそのとき考えます。運良く記憶が戻らないかもしれないですしね」
アナさんが深くため息を吐いた。
きっと呆れられているのかもしれない。けれどもそれが、今のわたしの本心だった。
再び顔を上げたときのアナさんの表情は真剣だった。
「十一月一日の合同会議で、ランス王子の罪を糾弾します」と、わたしを睨むように見ながら宣言した。
「わたくしには、ナナミさんたちがランス王子を匿っていることのほうが理解に苦しみます。
人の命が皆平等とは言いません。国を守るためにその方法しかなかったと言うのも同情しましょう。
けれどアレはもう、心なんて残っていないじゃないですか。アレに守る価値なんて、本当にあるのでしょうか?」
正論だ。きっとアナさんの言っていることは正しいのだろう。
けれどそれじゃぁ納得できなくて、何が何でも死んでほしくなくて、だから守りたくて。
恩とかじゃない。
義務感でもなければ、正義だとも思っていない。
ただ守りたくて。
ただ愛おしくて。
感情のこもっていない言の葉のひとつひとつが、奥底に眠る暖かいものから零れ落ちた欠片のように思えて、わたしにとってはとても大切に感じる。
失敗は許されない。
何が何でもランスを守る。
そう考えたときに、わたしが思いつく選択肢はひとつだけだった。
わたしが、ランスの身代わりになればいいのだ。
ランスが糾弾されるというのなら、わたしがその罪を被ればいい。
ランスが悪だと言うのなら、もっと悪い人間になればいい。
それでも憎しみが消えなければ、それをすべてわたしへと向けさせればいい。
恐怖はある。不安もある。
それでももう迷いは無かった。
喉の奥に力を込め、声を淀ませて低く低く声色を作り変えて言う。
「滑稽ね。逆に聞くけど、あの男に殺す価値なんてあると思っているの?」
「……ナナミさん?」
「目に見えているものだけを追っているうちは、見たいものしか見えてこないものよ」
ハッタリだ。けれど意味のあるものだ。
震える手を抑えて隠して、顎が噛み合わないのを誤魔化しながら、くすくすと笑い続けた。
「どういうことですか?」
答えない。もう少しだけ焦るのを待つ。
一か八かの賭けだったが、アナさんは声を荒げて「説明してください、何がおかしいんですかっ?」と、食って掛かってきた。どうやら成功のようだ。
落ち着け、わたし。落ち着け、落ち着け、落ち着け。
そしてまた深い笑みをしながら言葉を作った。
「きっと無様な結果になってしまうでしょうけど、とっても素敵な茶番を期待しているわ」
とん、と。小さく地面を蹴る。
能力を自分に使えば、通常では届かないところまで飛ぶことが出来た。
わたしは背後に高く飛ぶと、ふわりと、近くの家の屋根に着地する。
そしてわたしは、数件、家を飛び移ったあと、屋根の陰に隠れた。
アナさんはわたしを探して中央広場のほうへと走っていく。
心臓が激しく鼓動を打っている。
殺していた息を、ゆっくりとゆっくりと吐き出した。
緊張した。わたしはもともとアホの子なのだ、嘘なんて吐き慣れていない。
思い返してみると、自分で言ってて意味の分からないところもいくつかある。
それをアナさんが深読みしてくれるといいな、なんてことを考えながら、腰が抜けて立てそうに無いので、とりあえずは少しここで休むことにする。
「アナさん、ごめんね……」
呟く。
残り二十三日。準備することはまだまだいっぱいある。
わたしは自分の頬を二回叩くと、笑う足に力を込めて立ち上がる。
成り行きによっては、ランスともう会えなくなってしまうかもしれない。
理屈ではわかっているはずのことが、胸の奥を痛いほどに締め付けた。
次の日から、合同会議の日のための練習を始めた。
場所は市場街の東の高台、内容は発声と能力を使う練習だ。
日中は王宮での仕事をして、みんなが寝静まった夜中の零時ごろに部屋を抜けだす。睡眠不足では日中の活動に支障をきたすので、練習は隔日で行うことにした。
能力が完全に覚醒してからは、能力使用後寝込んでしまうことも無くなった。
今思えばそれは、常識という路線から逸脱することに対して体が抵抗していたのかもしれない。
人目につかないときは能力を使って仕事を手早く片付け、会議当日に向けての準備を少しずつ進めたりもした。
そして会議当日。
「ごめんね……」
合同会議で会議場の担当になっていた使用人のうち二人を縄で縛ると、倉庫の中に隠した。
わたしは「突然、人手が足りなくなった」とリアちゃんに嘘を吐き、自分と一緒に会議室の仕事へ回るように言う。
リアちゃんは少し首を傾げたが、ランスの指示だと言うと頷いて付いてきてくれた。
このあとわたしは、虐殺の罪でこの国を出なくてはいけなくなる。
もしかしたらもう、ランスにも会えなくなるかもしれない。
それでもわたしには、こうするしかないんだ。
思い出す。馬小屋の馬を全て逃がして誰も近づかないようにし、そこに仕掛けをした。
会議場の中の準備も絶対に見つからない位置に仕込ませた。
この国を出るときの荷物もまとめてある。
思い出せ。
思い出せ。
わたしは今日だけは、何一つ失敗できないんだ。
厨房で出席者と同じ数の飲み物の乗ったワゴンを受け取り、わたしとリアちゃんは会議場に入る。
そして、十一月一日午後一時。場所は王宮第一棟三階。
グレン様の宣言で、合同会議は始まった。




