第5章「届かぬ声」②
「まったくもぅ、起きてたなら言ってよね。人が悪いんだから」
「とりあえずそれ、エミリアさんにだけは言われたくないです」
エミリアさんに言い返す。
そうしたらリアちゃんにデコピンされた。
「じゃぁわたしが言います」
リアちゃんはちょっと拗ねたような顔だ。
「起きたならそう言ってほしいです。心配してたんですよ?」
「ごめんごめん。でも、言いだしっぺはミリアなのよ」
「そうなのです?」
それからリアちゃんはミリアを睨み言う。
「ミリア姉の馬鹿」
「えー、わたしだってたまには悪戯したいんです」
「時と場合を選んでくださいって言ってるんです」
「でも、どうしてわたしだけ『馬鹿』って。ナナミちゃんだって……」
「ナナミさんはいいんです。すでに天罰が下りましたから」
わたしの口にタバスコ一瓶を放り込んだのは天罰でもなんでもなく、紛れも無くリアちゃんな気が……
「あ、そうだ」
思い出したようにエミリアさんが言う。
「話は変わるんだけど、目が覚めたらナナミちゃんにおつかいを頼んでほしいって、ランス様に言われてたんだった」
「ランスが?」
「うん。明後日に使う用事があるから、明日買いにいってほしいって」
エミリアさんからメモを受け取る。
そのメモには、ところどころ聞きなれない名前も書いてあって、売っているお店の名前が添えてある。おそらく薬の材料とか魔法とか、そういうことに使うのかもしれない。
そしてその最後に、明らかに別の筆跡で『タバスコ1瓶』と書かれていた。
「エミリアさん、これ……」
「さっきの、厨房から勝手に持って来ちゃったのよ。ついでに買ってきて♪」
「自分で買いにいってください!」
エミリアさんが拗ねたので、わざと見えるようにメモの最後の行にバツ印を書く。「ケチ」だの何だの言ってくるエミリアさんを無視して、わたしは買出しのメモを制服のポケットにしまった。
「あ、そういえばランスは?」
「またグレン様のところで、難しい話をしています」
「そうなんだ……」
日付が変ってもランスは部屋に戻らず、諦めてわたしも眠りに就いた。
結局この日、わたしはランスに会うことができなかった。
翌朝、ランスは朝食にも姿を現さなかった。
朝食後、わたしの左手の包帯をはずしながら、「もうきれいに治ったわね」とエミリアさんが言ってくれる。
痛み止めを飲まなくても違和感が無く、久しぶりの感覚が戻ってきた。
「ナナミちゃん。リハビリにお皿洗い行くわよ」
「今日ってエミリアさんの当番……」
「いいじゃない、ちょっとぐらい。それに感覚を戻すのが大切なのは本当よ」
「うーん、じゃぁ頑張っちゃいます!」
そうは言ったものの、もともと手伝うつもりではいたのだ。
わたしの左手が動かなかったり、調子が悪いときには、何だかんだで心配してくれたり、助けてもらったりしたのだから。
食器を厨房の端にある洗い場に運ぶ。
ランスの分の食事はミリアが部屋に運んでいったので、洗う食器は四人分だ。
感覚が戻ったばかりの左手が皿を取りこぼさないよう気をつけながら、わたしはエミリアさんに話しかける。
「エミリアさん。ランスって、能力者なんですか?」
「ランスがお風呂に入るのを尾行して、こっそり覗くといいわよ」
「いや、あの……てか、何でそうなるんですかっ!」
「顔が赤いわよ、想像しちゃった? ナナミちゃんったらもうっ!」
「うにゃぁぁぁっ! 覗きなんてしないのですっ!」
ふと気づくと、厨房にいるほかの使用人から一斉に見られている。
わたしは「すみませんでした」と謝ったあと、エミリアさんを睨む。
エミリアさんは「ごめんごめん」なんて言いながら、わたしの頭をポンポン撫でてくる。
そしてそれから、エミリアさんは言う。
「ごめん、嘘。見ないほうがいいわ。絶対に後悔するから」
その口調はどこか悲しげだった。
「さっきナナミちゃんが言っていたことが、ツララを出すことを指すなら、それは魔法よ。ランス様って袖の長い服しか着ないでしょ? ランス様の体には、いくつも魔法式が書かれてているの。わたしがこの手で彫ったのよ」
「……もしかして、刺青?」
「痛々しくて見てなれないぐらいのね。城の中には、『気が狂っている』なんて心無いことを言う人もいる。魔法の研究とかについてもそう。全部この国のためなのに、たぶんナナミちゃんが思っている以上に、ランスの味方は少ないのよ」
ならばこの国が戦争状態になるのを何度もランスが阻止してきたと、国民全員に知らせればいい。
そんな安易な考えが思い浮かび、しかしそれが、ランスが一番望んでいないことだと思い出す。
「だから、ランス様はわたしたちが支えてあげなくちゃいけないのよ」
「本当にそれで、ランスは救われるのです?」
「それはないわね。ランス様自身が、自分が救われることを望んでないから」
エミリアさんの言葉には一理ある。
けれどそれと同時に、少し寂しい気持ちにもなった。
できるものなら、ランスを救いたいと思ってしまったのだ。




