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第5章「届かぬ声」①

「あ、起きたんですね?」

「うにゃ?」


 辺りを見回す。

 わたしはランス専属の使用人が使う部屋のいつものベッドで目を覚ました。

 たまたま近くにいたのであろうミリアが「おはようございます。もうすぐ夕方ですが」なんて声をかけてくれる。


 自分でベッドに入った覚えが無くて、わたしは記憶を辿ってみる。

 睡魔に襲われながら、ランスと一緒に王宮まで戻ったことは覚えている。

 そのときに、ランスは生傷がところどころにある状態、わたしは土だらけの状態で、みんなを驚かせてしまったのも覚えている。

 そこから先を覚えていないので、そのあたりで意識が途切れたのだろう。

 もしかしたらあの眠気は、能力を使った反動かなにかなのかもしれない。


「ごめん、わたしどれぐらい眠ってたの?」

「二日です。一昨日の日没過ぎにランス様と一緒に帰ってきて、そのまま倒れるように眠ったナナミさんをわたしとエミリアさんでここまで運んだんです」

「そうだったんだ。ありがとうね」

 ミリアが紅茶を淹れてくれる。

 受け取って一口すすると、少し落ち着いた気持ちになった。

 ミリアがわたしのベッドに腰を下ろす。

「能力、使えたんですね」

 ミリアの言葉にわたしは頷く。

 しかし今使おうとしてみても、能力を発動させることはできなかった。

 あのとき能力を使えたのは、本当に偶然だったようだ。

「ミリア。わたしの能力のこと、ランスから聞いたの?」

「ううん。でも、二日も目を覚まさなかったから、もしかしてって思って。今それ使えます?」

 わたしは首を横に振る。

 気のせいかもしれないけれど、ミリアがどこか安心したような表情をした気がした。


 それからわたしはミリアに、一昨日のことを話した。 

 ノレイン王子が襲ってきたこと。

 ランスがノレイン王子を殺めそうになったこと。

 ランスが人を殺めるのが嫌で、わたしがそれを止めたこと。

 それにより『焔の国』との戦況が悪化したこと。

 そして……

「ナナミちゃん、顔が赤いですよ?」

「気のせいよ、気のせい」

 そのあとのことはちょっと恥ずかしいから内緒にした。


「それよりもちょっと聞きたいんだけど、ランスが人を殺そうとしたら、ミリアならどうする?」

「『焔の国』の王子を殺そうとするランス様を止めるかってことですか? うーん、たぶん止めないです。ランス様が『月の国』の平和を願うなら、その邪魔はしたくないので」

「そっか。やっぱりミリアたちはそうだよね」


 たぶんわたしもミリアも、ランスのためなんだと思う。 


 だけど、見ているところ、大切にしている部分が少しだけズレているような気がした。


「近いうち、ナナミちゃんとは喧嘩になっちゃうかもしれないですね」

 もしかしたらミリアも、わたしと同じことを感じたのかもしれない。

「大丈夫よ、きっと。わたしミリアのこと好きだから」

「そうですね。でもランス様のことを裏切ったら、ナナミちゃんでも許さないですよ?」

「うにゃぁ。ミリア怖ぃ!」

「がおー!」

「なにそれ。やっぱりかわいい!」


 二人で目を合わせて笑った。

 いろいろなものを誤魔化しあいながらだけど、笑うことができた。


 ふと、足音が聞こえてくる。

 階段を上っているようだ。

 たぶんエミリアさんとリアちゃんが部屋にもどってきたのだろう。

 ミリアが一歩、こちらに近づく。

 ミリアはわたしの耳元で小さく囁いた。


「ナナミちゃん、ランス様をお願いしますね」


「えっ? 気付いてたの?」

「ええ。わたしはもう人間の体じゃないですし、手も血で汚れてしまっています。どうせわたしには……っていうのもありますけど、でも、ナナミちゃんなら良いって、ナナミちゃんでよかったっていうのも本心です」


 ミリアは「ナナミちゃん、やっぱり顔が赤いですよ?」なんて悪戯っぽく言う。

 やっぱり少し照れてしまっているのかもしれない。


 それからミリアは、「あ、ちょっと悪戯思いついちゃいました」なんて独り言のように呟くと、わたしにベッドで寝たふりをするように言った。 

 意味が分からないまま、わたしは自分のベッドに潜り込む。 

 うっすらと片目だけまぶたを開けて、部屋の様子を伺う。


 扉の前で足音が止まった。

 そしてすぐ、乱暴に扉を開けて部屋に入ってきたのはエミリアさんだ。

 長く寝ていたせいか、エミリアさんの顔を見るもの久しぶりのような気がして……


「ミリアちゃんお待たせっ、タバスコもらってきたよ! じゃんけんで負けたらナナミちゃんの口に一滴。ナナミちゃんを起こしちゃった人が明日の庭掃除だからね」


 満面の笑顔で、ろくでもない第一声が聞こえてきた。


 ってか、人が寝てる間に何てことをするつもりよ!


「リアちゃんも早く部屋に入ってきて、早くっ!」

「エミリア姉さん、わたしはそのういうのは遠慮します」

「ノリが悪……じゃなくて、リアちゃんはナナミちゃんがずっと目を覚まさなくてもいいの? そんな冷たい妹に育てた覚えは無いわよ、お姉ちゃん悲しぃ」

「ナナミさんを使って遊ぶことに反対なだけです、馬鹿姉。それに、やるなら一瓶まるごとぶちこんで確実に起こすべきです。ナナミさんは味覚音痴だから、ちょっとやそっとじゃ刺激が足りないです」


 あれ? リアちゃん、もしかしてエミリアさんよりもえげつないことを言ってる?


「なるほど、一理あるわね」


 無ぇよ!

 えっ、ってかわたし今かなりのピンチ?

 一番常識があるリアちゃんの助けが期待できない今、わたしはミリアに期待をこめて目線を送る。


 ミリアと目が合う。

 ミリアはわたしのベッドの横まで来て、そしてにっこり笑うと、


「じゃぁわたしが、ナナミちゃんの口を開けて押さえてますね」


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!


 さっきの『悪戯思いついちゃいました』ってもしかして、わたしに悪戯するってことだったの? 

「姉さん、リアちゃん。準備OKです」

「リア、タバスコよろしく」

「了解です。エミリア姉さん、カウントダウンお願いします」

「任せてっ。ああ、こういうのわくわくする。行くわよ、五ぉ、四っ」

 えぇっ、ってかどうしよう。

 寝たふりしちゃってたけど、タバスコは嫌だ!

 早く起きないとっ!

「三っ、二ぃ」


 あ、でもせっかく目を覚ますんだったら……


 わたしはタイミングを伺う。

 そして「一っ!」と言われた瞬間、


「うにゃぁぁぁぁっ!」


 起き上がる。

 エミリアさんとリアちゃんが、驚いて目を丸くしているのが見えた。


「やった、大成功っ! ……ん?」


 そしてそれと同時に、唇に当たる重い感触。

 おそらく驚いた拍子に手を離してしまったのだろう。

 わたしの口の中には瓶の先端が飛び込んできていて、舌と喉と口の中全体に痛みにも似た辛さが広がっていく。


「ぴギョろヴれレぅらヒゃヲゐ△※k覇ガa鵺Raゲぶiiiiiiぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 汗と涙が止まらなくなり、わたしは二十分ほど悶え苦しんだ。

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