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第2章『焔の国』⑤

 市場街は、何度来ても飽きない。

 仕事があってなかなか来れないのもあるけれど、いろんな国の人がいて、いろんなものが売られていて、いつもならば通るだけでも目移りしてしまう。

 そんな道を今だけは、周りを見る余裕も無くわたしは歩いている。


 『焔の国』が侵攻の準備をしている。

 グレン様が降伏するかの検討をしている。

 『戦争』なんてぼやけていた言葉が、次第に輪郭を持ってくる。兵士が軍を成して来るのだろうか。応戦するのだろうか。侵攻されれば街は焼け、人が大勢死ぬのだろうか。


 重なるのは、夕日のような赤に塗りつぶされた景色。

 あたり一面が燃え盛り、多くの命が一瞬で消えていくあの夢。


 頭が割れそうに痛い。

 足元がおぼつかなくなって、わたしは壁に手をついた。

 王子を宿屋へ送り届けた報告をしなくてはいけないので、まっすぐに王宮に戻らなくてはいけないのだが、今は一歩も歩けそうになかった。

 荒い息を鎮める。

 無理に鎮めようとして、胸が張ったように痛くなった。

 壁に背を預けて数分、少し状態が良くなってきた頃だった。 


「姉ちゃん。そこの黒髪の姉ちゃんっ!」


 少年の声。

 目を向けるとそこには、以前に手鏡を売ってくれた黒髪の少年がいた。『鋼の国』から出稼ぎに来た少年だ。

 走ってきたのか、息を切らしているようだった。

「ん、どうしたの?」

「お願いがあるんだ。俺を、あのとき一緒にいた王子に会わせて欲しいんだ!」

 今日は、案内したり引きあわせてばかりだな。

 わたしは少しだけ腰をかがめると、少年に聞く。

「ランスのこと? でも、どうしてランスに会いたいの?」

「ケントが殺された」

「ケント?」

 わたしは気分が悪くなるのを堪えながら聞き返す。

「ごめん、ケント君って誰かな? それに、殺されたってどういうこと?」

「そっか。姉ちゃんたちにナイフを売った、『剣の国』から来た少年って言えば思い出せるか? そいつがケントだ。姉ちゃんたちがナイフと手鏡を買ってくれた日の夜……たぶん十二時ぐらいかな。ケントが金色の髪の男と一緒にいるのを見たんだ。顔は見えなかったけど、月明かりがあったから髪の色は間違いない。路地裏に入っていったから尾行してみると、ガラスみたいなのでできた大きなトゲみたいなのでケントの体が貫かれてたんだ。実物は見たこと無いけど、ツララっていうのがそんな感じだと思う。俺、そのときは逃げちまって、後から戻ったら血のあとだけが残ってた……本当だから信じてくれよ。とにかく、ケントがその王子に殺されたのは間違いないんだよ!」


 ランスが、ケントっていう少年を殺した?


 まさか。あのランスが人殺しなんてするわけがない。

 ちょっと不器用だけどお人好しで、優しいランスには、そんなことができるはずもないのだ。

 わたしは黒髪の少年の頭を撫で、そして言う。

「大丈夫。ランスはそんなことしないよ」

 わたしの言葉に、少年はがっかりしたようだった。

 申し訳なく思いつつも、報告のために急いで王宮に戻らなくてはいけなかったので、わたしはこの場を離れた。




 それから数日経つが、わたしはなかなか寝付けないでいた。

 布団を頭までかぶり、真っ暗の中でうずくまる。

 ノレイン王子が最後にグレン様に言った、『あまり余裕は無いものと思ってください』という言葉。それが頭から離れなかった。


 王宮に戻ったあと、その日のうちに、いろいろとランスに聞いてみた。

 すると、この国に軍事力というものは皆無らしかった。

 戦力とよぶにも心許ない、見張りが任務の兵士が三十人強。

 軍というものは存在せず、つまりはその三十人強が、『月の国』の戦力だった。

 グレン様も、軒並みならない外交術で周辺国の均衡を図り、どこかの国が権利を独占しようとしたり横暴をしようとすれば、周辺国の力を借りて睨みを利かせてきた。

 戦力も用いずに国を今日まで守ってきたのは、グレン様の働きがあってこそだった。

 しかし、周辺国と束になっても適わない今回のような状況では、今までのやり方は通用しないのだろう。

 『月の国』の王族といえば聞こえは立派だけど、要は交易の場の管理役に過ぎない。

 そうランスは言った。


 今思えばそうだ。

 手ずから井戸に細工を施したり、周囲の国を自分の足で視察したりなどは、普通の国の王族がすることではない。

 王族と言う名を冠しながら、国民の上に立って権威を振るうほどの力も十分には持ち合わせていないのかもしれない。

 平和だと信じて疑わなかったこの国が、これほどまでに小国だと知ったのは衝撃だった。

 だけど、その話でわたしが唖然としているときに、エミリアさんが言ったのだ。


『この国を守ろうとする気持ちだけは、他の国の王族と比べて何ら遜色がないわよ。だから権威なんてなくても、この国はこんなにも活き活きしているのよ』


 本当にその通りだと思った。

 一ヶ月ちょいの生活でわたしが見た範囲なんて、王宮ので働く人と訪れてきた人、市場街の景色ぐらいだけれど、みんなこの国が好きなんだと思った。

 わたしはどうかな?

 今の生活は大好き。本当に生きてるって感じがする。

 わたしはこの国を、好きになれているのかな?

 重なる。

 いつも夢で見ている景色が重なる。

 市場街で働いている人たちが炎に包まれて死んでいく、王宮で働いているみんなが黒く焼け焦げて動かなくなる、そんな想像をしただけで、怖くて涙が出てきた。

 でも、わたしがこの国を好きになれたってことかな?なんて思うと、それは少しだけ嬉しかった。


「ナナミちゃん、泣いているのですか?」


 布団の外から届く声。ミリアだった。

 わたしは寝巻きの袖で涙を拭くと、布団をよけて体を起こした。

「大丈夫。心配させっちゃった?」

「ううん。大丈夫ならいいんです」

「そっか、ありが……ミリア、なんで布団にぐるぐる巻きのまま、ベッドじゃなくて床に座っているの? しかもミリアのベッドって部屋の逆隅だよね?」

「えへへ。ベッドから落ちたあと、転がってこっちまで来たみたいです。頭がちょっと痛いから、ナナミちゃんのベッドの角にゴツンして目が覚めたのかも」

「それはまた大冒険だこと」

「寝てるときのわたし、よくがんばりました。はなまる~」

「いや、褒めてないから」

 わたしたちは顔を見合わせて笑ったあと、エミリアさんとリアちゃんが眠っているのを思い出して、お互いに口元に人差し指を当てた。


「ナナミちゃん」改まってミリアが聞いてくる。「えっと……なんて聞けばいいのでしょう? このあともう、すぐに眠ってしまいますか?」

「ううん、ちょっと寝付けなかったところ」

「少し、お話しませんか?」


 わたしが頷くと、ミリアは壁に掛けてあった防寒用の上着を羽織る。

 わたしがベッドから立つと、ミリアは棚に畳んでおいてあるわたしの上着をとってくれた。わたしは上着を羽織ってボタンを留める。

 見るとミリアは、まだボタンを留めるので苦戦しているようだった。

「相変わらず細かい作業が苦手ね、ミリアは。留めよっか?」

「ありがと。でも、こういうことは自分でやらないと、いつまでも器用に使えるようにならないですから」

 不器用にも程があるでしょ?

 出かかった言葉をわたしは呑み込む。

 もしかしたらこの不器用さにも、何か理由があるのかも知れないと思ったからだ。



 部屋を出ると、向かったのは庭の一角。月が良く見えるそこで、わたしたちは腰を下ろした。

「ちょっと変な話をしてもいいですか?」

 そうミリアが切り出す。

「ミリアの話はいつも変よ?」なんていうと、ミリアは「茶化さないでほしいです」といって拗ねてみせた。

「ナナミちゃん。ランス様の右手の包帯のことって知っています?」

「その下の怪我も見た。膿んでるというかただれているというか、ちょっと酷い感じだった。ランスは二週間で治るって言ってるけど、本当に治るのかなってかんじ」

「たぶんそれは大丈夫だと思います。エミリアさんがいるので」

「エミリアさんって、もとはお医者さんかなにかだったの?」

「医学については、知識をかじった程度って言ってました。それにしては詳しいと思うので、謙遜も入っているんでしょうけど。元は刺青師だったと聞いています」

「刺青師?」

「はい。でも、医学の知識については確かなので、二週間で治るというのがエミリアさんの見立てなら、間違いないと思います」

 わたしは頷きながら、しかしひとつの違和感を感じた。

 ミリアの顔はどこか悲しげで、その目はどこか遠くを見ているようだった。

「話の腰を折って悪いんだけど……ミリア、ランスの話なのに落ち着きすぎてない?」

「そうですね、ちょっと余裕が無かったからかもしれません。ランス様の話をするつもりではなかったので」

 ざわり、と風が吹いた。

 首筋を伝う嫌な汗を冷たい風が撫であげる。

 ようやくわたしに焦点が合う、二つの赤い眼。

 木の葉は次第に音を消し、しんと静まり返った空気の中で、薄紅色の唇を引き剥がすように開く。

 大きく息を吸ったあと、そしてミリアは言う。


「伝えたいのは、リアちゃんの左手についてです」


 ミリアの言葉に、わたしは息を呑んだ。

 丁寧に言葉を選んでいるのか、「本当はルール違反なんでしょうけど」なんて前置いて、一呼吸を挟んだのち、また言葉は紡がれる。


「リアちゃんの左手は、触れたものを腐らせる『悪魔の手』です」

「触れたものを腐らせる?」

「はい。三秒触れれば人は死に、岩は風化し、閉じた部屋では空気も朽ちます。今は魔法式の書いた包帯で左腕の周りだけ時間を止めていて、その間は左手も動かせないらしいです。リアちゃんの言葉で、わたしもはっきりとは理解していないのですが、『左腕は生命力に飢えている』そうです。長期間、何かを腐らせたりということがないと、自分の腕が指先から次第に腐っていくと聞きました。もしも腕を切り落としたら、今度は左肩から体の中心に向けて蝕まれていくだろうと、ランス様は言ってました」

「そんな……もしかして、『出軌(サリエル)の瞳』をもっているから?」

「たぶんそう。そういうことだと思います」


 ランスの言葉を思い出す。

『特異な能力や神に祝福された存在、逆に呪われた運命を生まれもった子供は、金色の光の筋を宿した赤い瞳を持って生まれてくる』と。


 ランスは迷信だと言ってたけど、もしかしたら本当なのかもしれない。


 そしてもうひとつ。わたしは腑に落ちない点について、ミリアに問う。

「なんでわたしにその話をしたの? リアちゃんにとってこれは、知られたくない話のはずなのに」

「リアちゃんのためのつもり……なのかな? ナナミちゃんにお願いがあって、リアちゃんを嫌いにならないであげて欲しいのです。本当に怖い能力ですが、それでもリアちゃんはリアちゃんです。いつまでも隠し通せるものじゃないっていうのもあるのですが、ナナミちゃんだから話したっていうのも、分かってくれると嬉しいのです」

「そんなことなら大丈夫。そんな心配そうな顔しなくていいよ。本当はミリアも、すっごい勇気出して話してくれたんだよね。ミリアも大好きだよ。こんなわたしを信じてくれて、本当にありがとう」

「ナナミちゃぁぁぁんっ」

「ほら、泣かないの。みんな起きちゃうでしょ。もう、ミリアは相変わらずなんだから」


 本当にミリアは相変わらずだ。

 泣き虫なくせに、誰かのためにならすっごい頑張っちゃう子。

 自分も両目に『出軌(サリエル)の瞳』を宿しているくせに、自分も嫌われるかもなんて考えない。

 もしミリアが何らかの能力を持っていたとしても、絶対に自分を嫌わないで欲しいとは言わないのだろう。

 だからわたしはミリアの能力について聞こうとして、やめた。

能力がもしあったとして、それがどんなものであっても、ミリアはミリアだ。もし本当に能力を持っていて、困っていることがあるのなら、その時こそ力になってあげなくては。


「悪い子み~つけたです♪」

「貴様ら何をしている?」


 突然声を掛けられて、ついついいつもの癖で「うにゃ?」なんて言ってしまったあと、声を掛けてきたのがグレン様だと気づき、背筋が凍る。

 わたしは慌てて立ち上がると、「失礼しました」と頭を下げた。

 グレン王子の隣にはマドカさんも一緒だ。グレン様はいつもどおり眉間に皺を寄せていて、マドカさんもいつもどおり微笑んでいる。にぱー☆


「マドカが物音がしたというので来てみたが、何事もないなら構わん」

 マドカさんがわたしたちのことを、ランスの使用人だと説明してくれて、疑いが晴れたようだった。

 ミリアの様子も落ち着いてきたので、そろそろ部屋に戻ろうかと考えていると、グレン様から声がかかる。

「ナナミといったか。少し話せるか?」

「え、わたしですか?」

「そうだ。心配しなくても、聞きたいことがいくつかあるだけだ」

「はい、わかりました……」

 わたしはグレン様に頷く。

 ミリアが心配そうにこちらを見ていたが、「大丈夫」と言って、先に部屋に戻るよう言う。グレン様がわたしなんかに声をかける用件なんて、ひとつしか思い当たらなかったからだ。

 ミリアの姿が見えなくなるのを確認して、わたしは言う。


「黒髪に赤い瞳の女……それがわたしだということでしょうか?」


 グレン様が夢で見た、『国を滅ぼす黒髪に赤い瞳の女』。

 グレン様の話はそのことについてだと思った。グレン様は少しだけ動揺したのち、「ランスに聞いたのか」と聞いてきたので、「すみません、立ち聞きしていました」と正直に言う。

「迂闊だったな」

 グレン様がため息を漏らす。どうやら相当、疲れているようだ。

「いや、今回はその話ではない。むしろ君がノレイン王子を案内してくれなければ、この国は最悪な終わりを迎えていた。本当に助かったと思っている」


 へ?

 あれ、もしかしてわたし感謝されたの?

 拍子抜けしてしまって、たぶんわたしはまん丸な目のアホな顔をしていることだろう。マドカさんにデコピンされて、ようやく我に帰る。

「あ、すみません。えっと、話ってそれのことなのでしょうか?」

「ひとつはな。君のおかげで助かったこともあるので伝えるが、おそらくこの国は、このまま行けば終わりだ。正攻法ではすでに詰んでいる。ノレイン王子の提案どおり、宣戦布告される前に属国になるしかない。それが現状、最善の選択だろう。策と呼べるほどのものでもなく、恥ずかしい限りなのだがな」

 そういうグレン様の目の下には、大きな隈が見てとれる。

 きっとわたしなんかには想像のつかないぐらい、いろいろな策を練っては破棄し、袋小路で解決策を模索したのだろう。

 それからなんの唐突もなく、しかし意味ありげな口調でグレン様は言った。


「ランスは何を企んでいる?」

「企む?」

「今のこの状況は、あまりにも異常なんだ」


 わたしが首を傾げていると、グレン様は突然、自分の左目に人差し指を突き刺し、目玉を抉り出した。

 息をするのも忘れているわたしに、手のひらの上のものを見せてくる。

 よく見るとそれは、目玉の形をした作り物のようだった。

「義眼、ですか?」

「そうだ。『出軌(サリエル)の瞳』って聞いたことあるか?」

「ありますけど……でも、ランスがそれは迷信だと言ってました」

「なるほどな。だが、あいつが本気でそれを言う筈がない。俺も『出軌(サリエル)の瞳』を生まれ持った人間だからな」

「グレン様もですか?」

「ああ。俺はもともと捨て子だったらしくてな、自分で言うのも恥ずかしいが、『赤い左目をした聡明な子供』がいるなんて話を国王が聞きつけて、養子にしたそうだ」


 聞くと、現国王――ヴォルム王は、もともと経済面を取り仕切ることが多く、逆に政治に関することを何も知らないまま、初代国王の病死と同時に国王なったそうだ。

 初代国王が病に犯されたてすぐ、ヴォルム王はグレン様を養子にとり、政治と軍事、外交の分野を中心に教育を施した。

 そしてグレン様が七歳のとき、『王子として人の上に立つものが、呪われた目を持っていてはいけない』と自分から言い、左の眼球切除してを義眼に挿げ替えたのだという。

「それは思い切りがいいというか、なんというか……」

「だが必要なことだった。ちなみにランスは、義父の血を継ぐ正当な王子だ。まぁ有り方は正統派ではないがな」

 ん? これはグレン様なりの冗談だったのだろうか?


「それで、その……グレン様には能力は?」

「大したものではないが、能力は持っている。時折だが、未来を見ることができる能力だ。そしてそれはランスも知っている。だからランスは、『出軌(サリエル)の瞳』を持つものには能力が宿ると知っているはずだ」


 ということはつまり、ミリアやわたしにも能力が有る可能性が高いと言うことだろうか。

 ミリアの口ぶりからして、もしかしたら能力を持っているのかもしれない。けれどわたし自身については、その覚えが全くなかった。


 いや、そうとも言い切れないのか。


 だってわたしには、記憶がないのだから。


「で、それが四人だ」

「四人? なにがですか?」

「この城にいる、『出軌(サリエル)の瞳』を持つ者の数だ。俺、ナナミ、さっきいたミリアという女。それからリアという使用人もランス付きでいると聞いた。本来は同じ世代に、一国に一人生まれるか生まれないかという頻度らしい。俺は国王に拾われてここにいるが、残り三人はすべてランスのもとにいる。だから聞いているのだ」

 そしてグレン様はもう一度、最初の疑問を口にした。


「ランスは一体、何を企んでいる?」


 わたしは答えることができなかった。

 わたしは何も知らないし、いままでそれに疑問も抱いてこなかったのだから。

 けれどそれをただの推測として受け流すことも、わたしにはできなかった。

 わたしは「何も知らないです」と答える。

 自分の能力について心当たりがなく、一ヶ月以上前の記憶がないことを伝えると、グレン様は「そうか」とだけ言った。落胆した様子もなく、しかし何かを考えているようだった。

「あのっ!」

 去ろうとするグレン様を、気がつけばわたしは引きとめていた。

「もし、ランスがグレン様の力になれたら、この国を守れるのでしょうか?」

「それは分からない。チェックにはあと一手、駒が足りないのだ」

「その話、ランスに伝えても構いませんか?」

「ではお願いしよう」

「はいっ!」

 わたしでもこの国のためにできることがある。

 それがわたしには嬉しかったのだ。


「ところで、大したことではないのだが、俺からもうひとつ質問いいか?」

 改まってなんだろう?

 わたしがとりあえず頷くと、グレン様は言う。 


「何で俺は『様』で、自分の主であるランスには敬称をつけない?」


 あっ! ついいつもの癖で、グレン様の前でランスを呼び捨てにしていたことに、今さらながら気づく。

 ランスと最初に会ったときには、『ランス様』なんて呼んでいた。

 ランスは『様なんていらない』と言っていたのだが、使用人だからと思って『ランス様』と呼んだ。


 でも、一緒に生活する中である日、違うと思った。

 そうじゃないと思ったのだ。


 だってわたし、気づいてしまったから。


「だってランス、寂しがりやじゃないですか」


「なるほどな」

 本当に小さくだけれど、わたしは初めて、グレン様が笑うところを見た気がした。

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