第2章『焔の国』③
部屋に戻る。
「ランスにはわたしから伝えておくから」と言って、少し早いがわたしはリアちゃんをベッドに寝かしつけた。それでもリアちゃんが眠りにつくまで二十分ぐらいはかかっただろうか。
すでに時刻は十時を回ってしまっていた。
ランスが自室にいないことを確認し、わたしは急いでグレン様の部屋へと向かう。
わたしが到着したときには、ちょうどランスがグレン様の部屋に入ったところだった。
扉が閉まったのを確認して、わたしは扉に聞き耳を立てる。
「ランスか?」
低い声。グレン様の声だ。
「ん、その右手の包帯はどうした」
「ちょっとね。二週間ぐらいで治るよ。ところで、僕に話があるって聞いて来たんだけど……もしかして、外交がらみ?」
「察しがいいな。そうだ」
ランスの問いにグレン様が答える。
「『月の国』と交流が無いから聞いたことが無いかもしれないが、『焔の国』という国がある。『月の国』からみて方角は東だな。『剣の国』と同盟関係にあった国だ」
『剣の国』と聞いて思い出すのは、つい一ヶ月前に滅んでしまったことと、『剣の国』が『月の国』に侵攻する準備をしていたということだ。
もしかしたら『焔の国』も同様に、『月の国』を狙ってきたりはしないだろうか?
そう思い至ったのはわたしだけではなかったらしく、ランスはグレン様に聞き返す。
「『剣の国』と同盟関係……戦争になる可能性は?」
「まだ何ともいえない状態だが、考慮すべきだろう。『剣の国』と組んでこの国を狙っていた可能性も十分に考えられる。交易の拠点ということで手出しをする国は今までいなかったが、この地を欲しがる国は多い。そのうちのひとつだったということだろう」
交易の拠点であるこの場所を自分のものにしたいと思う国は多いから、『月の国』はいつ他国に攻め込まれてもおかしくない。
そう以前、ランスが言っていたことを思い出す。
『月の国』は国土が狭く資源も乏しいため、軍事的な意味での国の力はとても弱い。攻め込まれたら、まず勝ち目は無いという。
それでもこの国が存続しているのは、『月の国』への侵攻した国が、周辺他国から一斉に狙われることになるからだ。
交易拠点の『月の国』があることで、それぞれの国に平等に利益がある。
その利益を独り占めしようとすれは周辺の国が一斉に止めに掛かるし、もしこの土地を得ることができたとしても、いろいろな国から狙われることになる。
だから不用意には手が出せない。
それが今までの、『月の国』の状況だったらしい。
「詳しくはわからないけど」ランスが言う。「『剣の国』は、本格的に『月の国』への侵攻の準備をしていたのは間違いないんだよね?」
「ああ、間違いない。『剣の国』の国王は戦争で伸し上がった軍人上がりだった。無謀な戦は絶対にしない。つまりは……」
「周りの国々を一斉に敵に回しても問題が無いぐらいの戦力を持っていたってこと?」
「そうなるな。ランス、石火矢って聞いたことあるか?」
「いや、無いけど」
「鉄でできた、筒のような形の兵器だ。火薬を使って石を矢のように遠くまで飛ばすことができるらしい」
「兄さん、そんな武器が実在したらひとたまりもないじゃないか」
「だが、できるだろ」慌てたランスの声に、グレン様が冷静に返す。「別に、石火矢が作られていたって証拠もなければ根拠も無い。可能性の域を出ない話だ。『剣の国』は金属加工技術に長けた軍事国家だった。が、油や火薬の技術に長けた『焔の国』と手を組んでいたとなると最悪の組み合わせだ。今思うと寒気がするな」
戦闘の準備が整いつつあったということは、つまりその『イシビヤ』という武器が、すでに完成していたということだろうか?
「ナナミちゃん」
ふと、掛けられる声。
いつの間にか、すぐ横にマドカさんがいて、わたしと同じように聞き耳を立てていた。
声が漏れそうになったところで、マドカさんに口をふさがれる。
「しぃーっ。気づかれちゃうわよ」
「それって、マドカさんのせい……」
「だから、静かにって」
「むぅ」
「でさ、ナナミちゃん」マドカさんが言う。「わたしちょっと気づいちゃったんだけど、完成した石火矢を『焔の国』が持ってるって事は無いかな?」
「……それは怖いかも」
でも、確かにありえる話に聞こえる。
わたしにははっきりとはイメージできないけれど、ランスやグレン様の口ぶりからして、石火矢は相当な脅威になるのだろう。
それこそ『月の国』どころか、周辺諸国が力を合わせても手に負えないレベルで。
おそらくそれを察してか、ランスが言う。
「『焔の国』には、調べには行くの?」
「昨日、調査隊を送ったところだ。どうにも良い予感がしなくてな」
「兄さん、そう言ってこの前の予感もはずれた……」
「全く外れていたわけではない。『剣の国』が攻めてくる予感がしたときも、調べてみたら本当に戦争の準備しているところだった」
「でも攻めてこなかったよ。気づいたら滅んじゃってたし」
「まぁそうだな。昔は結構、当たったんだがな」
あ、グレン様って予感とか信じる人なんだ。
怖い人かと思っていたけれど、意外とおちゃめなところもあるのかも。
「それともうひとつ、この前言ってたのは何だっけ?」
「もう言わん。あのとき鼻で笑われたからな」
拗ねた♪
グレン様、かわゆす♪
「だから、ごめんってば」
ランスが謝る。そしてランスはこう続けた。
「確か、『今年は日照りのせいで市場街の泉と井戸が枯れて大変なことになる』だよね。大丈夫だよ、兄さん。きっとこの予感もはずれになるから」
市場街の井戸?
それってわたしたちが魔方式を仕掛けたところのことを言っているのだろうか。
つまりランスは、グレン様の予感の話を聞いたから、井戸に魔法式を仕掛けに行ったってこと?
考えても結論は出ず、次の話題に移ったので、またわたしは聞くことに集中する。
「ところでランス」グレン様が言う。「黒い髪に赤い瞳の女って、どこかで見たりしていないか?」
「黒い髪に赤い瞳?」
「そうだ」
ちょん、ちょん。マドカさんがわたしの肩をつついてくる。
振り返ると、マドカさんはわたしのほうを指差していて……
えっ? 『黒髪に赤い目をした女』ってわたし? そんな馬鹿なっ!
「予感じゃなくて、俺も正直、戸惑っているんだが」
グレン様は口ごもりながら続ける。
「一昨日だ。妙な光景がいきなり頭に浮かんできた。赤い瞳で黒い髪の女が、軍隊を連れてこの国に侵攻して来てな。そしてこの国が滅ぶんだ」
「それって両目が赤かった?」
「ああ、両目だ……おい、額に手を当てるな、熱など無い!」
「兄さん、疲れているのかなって思って。大丈夫?」
「確かに、どうかしてるかもしれないな。すまん、忘れてくれ」
それにしてもまた、突拍子もない話が飛び出したものだ。
これが笑い飛ばせればよかったのだが、グレン様の声は真剣だった。
そして今までの予感の話を聞いてしまった後だと、口でなんと言おうと、ランスはこれを無碍にはしないだろう。
「よかったね、ナナミちゃんが赤いのは片目だけだもんね」
マドカさんの言葉にわたしは頷く。
「そろそろ話は終わりかな。ナナミちゃん、逃げるよ~」
「あ、はい」
マドカさんといっしょに、グレン様の部屋から離れる。
そのすぐあとに扉の開く音がして、わたしは胸をなでおろした。




