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 動物はなぜ群れるのでしょうか。

 それは互いに利が得られるからにほかなりません。

 繁殖相手を探すのに有利だ、争いになれば強い個体と一緒の方が有利だ、そして外敵に襲われた際、誰かを切り捨てれば逃げるのに有利だ、といったような利です。

 その点、女子高生はスカートの長さで群れを作る動物だと言えましょう。

 誰と群れをなせば自分が一番利を得られるかを、女子高生は相手のスカートの長さで見極めます。そのスカートの長さに、自分と共通の匂いを嗅ぎ付け、同じ長さの者同士で群れを成します。スカートの長さは女子高生の身分証であると言っても過言でないかもしれません。

 つまるところ、わたくしの藍地小桜文が孤高であり、傑出した存在であることに議論の余地はないでしょう。二部式着物のこの身は、あまりにも俗世から抜きんでており、互いの利益の一致などというお手頃価格の概念とは、一寸別の次元に屹立していることになります。

 与えられし標準との差異。望んで得たものではないとはいえ、その超越凌駕ぶりは自分自身、罪の意識さえ覚えるところです。

 一時限目の休み時間。

 教室の喧騒の中、かようなことを考えながら、わたくしがひとり黙々と書き物をしておりますと、これもまたいつものようにゆみちんがやって参りました。

「おはよう、美月ちゃん」

「ゆみちん、ごきげんよう」

 ゆみちんの教室は隣ですが、休み時間になると大抵わたくしと話をしにやってきます。

 ゆるふわとしてころころ転がる天然桃のような愛嬌を持つゆみちんは、クラスの人気者に違いありませんから、教室にいれば人望ゆえの面倒事もあるのでしょう。

「美月ちゃん、今日はなにを書いてるの?」

「ねずみが活躍するお話を書いているのです」

「わあ、面白そう。できたら読ませてね」

 わたくしが書くのがどんなお話であっても、ゆみちんは興味を持つのが常でした。

 クサムラツカツクリのお話。オカメインコのお話。だんごむしのお話。わたくしが書くお話が、かように鳥類から節足動物までバリエイションに富み、読者を飽きさせない作りになっているということもありますが、ゆみちんの読書への好奇心は尽きることがありません。そして希望通りに読ませてさしあげると、彼女は必ず「面白かった。星いつつです!」と、満面の笑みで感想を述べるのです。

 編集者、もしくは書評家。彼女の将来にそんな姿が重なります。彼女はもしかしたら、わたくしの小桜文の裾に将来の自分の利を嗅ぎ付けたのかもしれません。利益の一致というのは、かのように崇高なものこそ許されるべきでしょう。

「そういえばゆみちん、昨日はいったいいずこへ?」

 ゆみちんは昨日、田中を追ったままどこかに転がって行ってしまいました。

「なんだか面倒くさくなって帰っちゃった」

 ――自由奔放だ!

 戦慄にも似た思いがわたくしの頭を走りました。一方で、わたくしもかのごとく自由に振る舞える女子であれば、と羨ましくも思います。常識の波に揉まれ、幼さと言う名の無邪気を失ったわたくしには、もはや難しい話でありましょう。

「ところで、昨日は駆けぬける少女が捕まったのかなあ」

「昨日は田中が捕まりましたよ」

「田中? それは少女が?」

「田中はあくまで田中です」

「田中」

 ゆみちんは「田中じゃねぇ……」と不満そうにしました。

 わたくしどもが田中を捕らえるのに苦労している間、ころころと帰ってしまったのにもかかわらずです。

「じゃあ、まだ捕まってないんだあ」

「室長は今日から本格的な対策をとるとおっしゃってました。放課後はまた作戦会議です」

「ふうん」と、彼女は何やら黙り込んだと思うと、さも当たり前のように教室を出て行ってしまいました。

 その座敷犬のごとき放埓ぶりに、わたくしは呆気にとられるのみ。

 彼女が去り際に見せた思案顔に、わたくしはただ嫌な予感だけがするのでした。


 二時限目の休み時間。

 わたくしが先ほどの書き物の続きをしておりますと、また先ほどのようにゆみちんがやって参りました。

「あのね美月ちゃん。わたし思ったんだけど、作戦会議より先に少女を捕まえちゃえばお手柄だよね」

 来るなり目を輝かせて言うゆみちんを見て、わたくしは嫌な予感が的中したと知りました。ゆみちんに、自ら厄介ごとに足を突っ込みたがる素人探偵じみたところがあることは、先日も申し上げたとおりです。

「そんなに先走る必要はないのでは? それに捕まえると言っても、いったいどうするのです?

手がかりが写真しかありません」

「うーん」と、彼女は何やら黙り込んだと思うと、また教室を出て行ってしまいました。


 三時限目の休み時間。

 わたくしが書き物に飽きて読み物をしておりますと、またゆみちんが。

「美月ちゃん、スコップって持ってる?」

「持っておりませんが……」

 ゆみちんは、英語の教科書でも借りるかのようにわたくしに訊ねると、その答えにがっかりしてみせました。

 なぜ、わたくしが学校に穴掘り道具を持ってきていると思ったのか、問うてもみたいところですが、当面の疑問はまず――

「そんなものをいったいどうするつもりなのです?」

「あのね。会議より先に穴を掘っちゃえばいいと思うの」

「穴?」

「だってシャベルじゃ大変だよねー」

 あははと笑い出すゆみちん。笑いどころだけでなく、諸事万端がわからず困惑するわたくし。

「シャベルでは大変なほどの穴をなぜ掘るのです?」

「少女を捕まえるために決まってるでしょ。モグラじゃないんだから」

 モグラの行動原理の方が今はまだ理解できそうな気がします。モグラは単に生活空間を広げるためだけでなく、獲物を落とし込む罠として穴を掘ります。

「いや、放課後の作戦会議で室長の指示を仰いでからの方が良いのではないでしょうか」

「作戦会議の後じゃ遅いよう。先に掘らなきゃお手柄にならないでしょ」

「つまり、ゆみちんは作戦会議より先に、少女を捕まえるための落とし穴を掘ってお手柄を立てたいと」

「さっきからそう言ってるのに。美月ちゃん変なの」

 わたくしの内耳が「初耳」と訴えております。なんと理不尽なことでしょう。

 ともあれ「穴を掘って獲物を落としたい」というゆみちんの行動原理が、モグラとあまり変わらないことだけは理解いたしました。

「化学室ならあるかなあ」と、ゆみちんはまた、ふらりと教室を出て行ってしまいました。

 化学準備室の雑然とした雰囲気には、何が出てきてもおかしくないところがありますので、ゆみちんが化学室を連想したのも自然なことなのでしょう。

 任務に真剣に取り組むのは良いことなのかもしれません。ですが、渡り廊下などを守ろうとするゆみちんを突き動かす力はいったいなんなのか。わたくしには不思議でなりませんでした。


 昼休み。

 わたくしが桜の葉のおにぎりを机に広げようとしますと、もはやゆみちんが。

「ご飯食べたら落とし穴掘りに行こうね」

 ごく当たり前のように言う彼女に、わたくしの背筋は冷え、愕然とせずにおれませんでした。まるで、ご飯を食べたら歯を磨くがごとく、穴を掘るのが彼女の中では常識のようでもあります。食後には睡眠をとるのが常識のわたくしにとって、穴掘りは強制労働にしか思えません。

「待ってゆみちん。人ひとりを捕まえる落とし穴なんて昼休みじゃ掘れないのです。二メートルは必要だもんね?」

 無茶を言う幼児を諭すがごとく、わたくしは優しく問いかけました。

「そうかー」と、ゆみちんは一寸考えましたが、すぐに何か閃いたようで「浅くてもさ、中に罠を入れたらいいんじゃないかな。ほら、こういうやつ」

 ゆみちんは両手をワニの口のように組み合わせて、かちんかちんと開閉させて見せます。それはどうやら、狩猟用のトラバサミのようでした。

「それ、少女の足が大変なことになっちゃうね」

 訴えられたら確実に負けてしまいます。

「カツラ先生もってないかなあ。罠」

 意に介する様子もなく、話を進めるゆみちん。

 なぜゆみちんが「狩猟用の罠と言えばカツラ先生」と結びつけたのかは、彼女の頭の不思議ちゃん回路に聞いてみないとわかりません。わたくしは「持ってないと思うなあ……」と、ただ目を伏せることしかできませんでした。


「おとといね。少女のデジカメを撮ったときはこっちの方から出てきたの。だからここに掘ればいいと思うの」

 そう言ってゆみちんが指差したのは、渡り廊下と校舎のつなぎ目にある、渡り廊下北側の隙間でした。校舎と体育館つなぐ二一二メートルの渡り廊下は、校庭に面した南側を遮る物は何もありませんが、北側は風よけの檜板で全面が覆われています。

 ゲリラのごとく渡り廊下を駆けぬけるのであれば、北側の壁に隠れながらから近づくのが常道なのでありましょう。そしてこの五十センチほどの隙間から進入し、一気に体育館まで駆けぬける。

 しかし、こうして眺めると無駄に見事なものです。

 瓦で覆われた屋根の下には、大理石で作られた床が真っ直ぐ伸びて、風雨にさらされ古びたすのこがかえって趣を醸しだしています。そして歩き進めば、そのうち老舗旅館の名湯でも現れるのではないかという錯覚に陥り、一歩踏みしめるごとに、校長の偏執ぶりがひしひしと伝わってくるのです。

「美月ちゃんもさぼってないで手伝って」

 ――さぼる。善意の協力者であったはずのわたくしは、その言葉に後頭部をハンマーヘッドシャークで殴られたような衝撃を覚えて振り返りました。ゆみちんはスコップを使って、すでに穴を掘り始めています。

 わたくしは、ゆみちんに罠の使用こそやめさせるのに成功いたしましたが、穴を掘ることまではやめさせることができませんでした。

 体育館で籠球でもしようかという方々が通り過ぎ、訝しみの視線でわたしを刺していきます。

 結局、昼休みで掘れたのは、深さがわずか三十センチほどの穴。

 ゆみちんは穴にシートを被せ、偽装用の土と葉っぱをかけると、ぺちぺち叩いて満足そうにしました。


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