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 一週間ほどが過ぎ、すべきお片づけも無くなってきたころに業者さんはやって参りました。

 プロが来てしまえば、もはや素人に手出しはできません。ついに祭りの終が到来したように思えました。


 せっかく団結できたのに終わってしまう――。


 打ち上げの囲い火を眺めるような高揚と寂寞が、わたくしどもの中で生まれておりました。

『業者さんを手伝えないかな――』

 呟いたのは室長です。

 ぽつんとこぼした一滴でしたが、それは福音となって、生徒たちの渇望を潤していきました。盛り上がったムウブメントをとめることは容易ではありません。

 ――作業の邪魔にならない程度なら構わないですよ。

 今日も放課後の渡り廊下が賑わっているのは、校長先生が業者さんと交渉してくれたおかげでした。


「お嬢ちゃんなかなかいい筋だねえ」

 気の良さそうな作業員のおじさんがゆみちんに話しかけます。

「もっと腰を入れるといいんだ」と、熱心に指導するおじさんの手が、計画的にゆみちんの腰に及びそうになると、跳躍したのは副室長の竹刀です。すまんすまんと悪戯っぽく逃げまどうおじさんを見て、少女がきゃっきゃと嗜虐的に喜んでいました。

 わたくし、副室長、ゆみちん、そして少女こと岬実咲ちゃんが作業にあたっていましたのは、壁の基礎部分の穴掘り作業でした。この作業をやりたいと言い出したのは誰か――もはや言うまでもないでしょう。同じ作業班と定められていたわたくしどもは、それに強引に付き合わされたといった格好です。

 少女はわたくしどもと、すっかり打ち解けておりました。

あの決戦の土曜日、全力のぐうぱんちで室長をノックアウトしたことに端を発し、室長からのありとあらゆる接触を拒否して、隙あれば殴りかかろうとさえする少女を、副室長とゆみちんは好感をもって受け入れたようでした。

 殺るか殺られるか――。

 そんな野生動物の覚悟のような、忌憚のない少女のぐうは、わたくしのような非暴力主義者の心さえ揺さぶるものがあります。硝子戸に取り付こうとするバッタのように撥ねつけられる室長の想い。それは隙の無い拒否です。世の中拒否されることほどつらいものはありません。室長を気の毒に思ったこともありましたが、殴られた際の、室長の極めて質の悪い笑顔を見せつけられるたび、自分の真摯な心配がどぶに沈め込まれた心地になりました。

 少女は穴掘りの手を休め、ゆみちんの無防備さを咎めています。

 ――ゆみちんさんは色々心配すぎる。

 そんな少女の正直な懸念もよそに、「うそばっかり」と、けたけた笑うゆみちん。何が嘘なのか、ゆみちんの言葉は人知では計り知れないところがありますが、まるで他人事、というより本当に他人事と考えているように思われてなりません。ゆみちんの湯水のごとく溢れる自由奔放ぶりに、わたくしがしばしば溺れそうになってきたのはすでにご存じのとおりです。思わず少女に、いいぞもっといえ的な心の声援を送ってしまうわたくしの行為が、同情されてしまうのも仕方がないことなのでしょう。

 本気でゆみちんの行く末を心配する少女。楽しそうに話していたゆみちんの表情が、唐突に真顔に変わりました。少し考えたような素振りを見せたかと思うと、スコップを持ったままふらり、どこかへ向っていきます。前触れもなく会話を分断された少女は、理解の範疇を超えたのか動揺を隠せません。わたくしはゆみちんの行動に慣れておりますので、特に動揺はしませんでしたが、ゆみちんの後を追わずにいられなかったのは、ゆみちんの後を心配そうに追いかける少女が心配になったからでした。


「ゆみちん……」

 校舎と渡り廊下の隙間に、ざっくざっくと土を掘り返すゆみちんがおりました。傍らでは、少女が卒業アルバム内の苦い思い出でも眺める面持ちで穴を眺めています。落とし穴を掘るゆみちんの姿は常に懸命で、懸命すぎるあまり、時として狂気の色を帯びていました。ですが今、スポーツでも楽しむような表情さえ見せているのは、土を掘る目的が変わっていたせいなのかもしれません。

「あんなに一生懸命掘った穴ですのに……」

 ――どうして埋めてしまうのです?

 と訊こうして、わたくしはゆみちんがこの落とし穴を作った理由を思い返しました。渡り廊下を守りたい――ゆみちんが落とし穴を作った理由にそんな正義はありません。もっと切実な理由。それは正義というよりむしろ憎悪――。

「これはもう必要ないから」

 ゆみちんは落とし穴を埋める手を休めずに言いました。

「必要ない?」

 わたくしが訊ねると、ゆみちんは頷いて「戦う理由がなくなったの」と言います。

 そして、少女をの方をちらり見たのを、わたくしは見逃しませんでした。

戦争が終焉を迎えた後も、戦場に残された地雷――罠は、お構いなしで人々を傷つけ続けるといいます。ゆみちんはそのもはや無用となった罠を、自らの手で終わらせに来たのだと思われました。その罠に落しこむはずだった敵は、今はもう隣で一緒に微笑んでいるのです。

「ほら、美月ちゃんと少女も早く手伝って」

まるでわたくしたちにも手伝う義務があると言わんばかりの理不尽さ。

 ですが、少女に対する憎悪の象徴だった落とし穴を埋めていく作業は悪くないと思えましたし、実際に、穴を掘るときの強制労働じみた苦痛とは反対の心地良ささえありました。東と西の争いの象徴たるベルリンの壁を叩き壊した方々も、こんな心地良さを感じていたのかもしれません。

 少女はそんなわたくしとゆみちんの心中を知ってか知らずか、そばに立っていた「落とし穴注意」の看板を引き抜こうと唸っていました。

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