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休憩もそこそこに、みなさんはばらばらと作業に戻っていきます。
後片付けを始めるわたくしに、後ろから「あのさ」と声を掛ける人がありました。
「うちらもなんか手伝いたいんだけど」
ばつが悪そうに目を逸らしたのは、ミサさんでした。
取り巻くように、見た目体育会系な男女がおります。
ボール一つあれば路上籠球を始めそうな方々だなあ、と思いましたので、ミサさんの所属する籠球部の人たちに違いありませんでした。
「なにしたらいいのって訊いてんだけど」
憮然としてミサさん。喧嘩を売りに来たのでしょうか。
「主に、男性は力仕事、女性はお掃除を好きにやっているだけなのです」
「自由にやっていいの?」
「はい」
仲間内で何やらごにょごにょ相談して、作業の輪に向かう皆さん。
同じように場を離れようとしたミサさんの手を、一人の男子が引っぱりました。
「言うことがあるんだろ」
何やらミサさんを促しています。
スカートも気も短いあのミサさんが、命令口調の男子にやけに従順なのは意外です。言わずもがなカナリアのごとく勘の鋭いわたくしですので、このかたがきっと彼氏の高橋さんなのだ、と察するには十分でした。
ミサさんは少しもじもじとして――
「この前はごめん。言い過ぎた」
――プライドが襟首に引っ掛かっているような、曲がり切らないお辞儀をしました。
慈しむように、ミサさんの後頭部に目を落とす高橋さん。
「許してやってくれないかな。コイツ、体を張って渡り廊下を守ろうとする水無月さんを見て、ずっと反省してたんだ」
下がったままのミサさんの頭を、高橋さんはぐりぐりと撫でます。
「ミサは俺の怪我のことで頭に血が上ってただけなんだ。俺からも謝る。ごめん」
高橋さんに頭を下げられれば、わたくしも恐縮せずにはおれません。
事によれば或るいはもしかすると、落とし穴を作ったこちらに非があるということも無きにしもあらずだからです。
「こちらこそ、高橋さんに怪我をさせてしまってすみませんでした……」
わたくしも高橋さんに、そしてミサさんに頭を下げました。
「俺は全然大丈夫だから」
高橋さんは照れくさそうに笑って、逃げるように男子の輪の方に去っていきました。
「うち、一緒にごみ拾いしてもいいかな」
許可を求めるように言うミサさん。わたくしは特にごみ拾いをする予定はなかったのですが、そう言われてしまえば、わたくしもごみ拾いをするしかないように思われました。
ただでさえ属する群れが違うわたくしたち二人。
加えて今は仲直りしたばかりです。一緒にごみ拾いと言われましても、会話の糸口が見つかりません。流れ出すのは気まずい空気――。
ミサさんはごみ拾いに集中することに決めたようでした。塵一つ残さない勢いで一生懸命拾っておりますので、わたくしもここは一つ先輩風を吹かさねばと、先んじるようにごみを拾っていきました。
――と、ミサさんの動きが急に止まりました。
檜の壁を何やらじっと見つめております。
「どうされたのですか?」わたくしが訊ねると、ミサさんは「ここ」と、壁の傷を撫でました。
「うちがペットボトルぶつけたせいだ……」
そこはわたくしたちが喧嘩をした場所でした。
あのとき、ミサさんが怒りにまかせて投げたペットボトルは、渡り廊下の壁を強打しました。その際にできた傷をミサさんは気にしているようでした。
「この程度の傷なら大したことありませんので、そんなに気にせずとも……」
少々へこみ傷になっているだけで、渡廊連がペットボトルで付けた傷に比べれば、すこぶる軽度のものです。壁の穴を数々修復してきたわたくしに言わせれば、日常的にできてしまうよくある傷の一つに思われました。
「そういえば水無月さんって、壁の修理もやってたよね」
頷くわたくし。
「今度うちにもやりかた教えて」
「でも……これなら直す必要もないのです」
自分のせいでできた傷を治したい――。
その気持ちはわからなくもないですが、さしあたって直すべきはこんな軽度の傷よりも、あの土曜日にできたたくさんの傷の方でしょう。
ですがミサさんはかぶりを振って「直さなきゃ」と、頑なに訴えました。
「バチ当たっちゃう」
「バチ?」
「うちね。卒業式の日に、カレシと一緒にこの渡り廊下を歩きたいの。……だから、今のままだとバチが当たっちゃう」
その日以来、ミサさんは渡り廊下のごみ拾いと壁修理を、積極的にやってくれるようになりました。




