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     ○


「あれ? なんだか人が増えてる気がするー」

 女四人でかしましく拭き掃除をしていたとき、そう指摘したのはゆみちんでした。

 廃材片付けに往来する男性を観察してみれば、確かに見知らぬ顔がちらほらと混ざっております。NPO法人でしょうか。

「おい、鹿野苑。誰だよあいつら」

 副室長は、たまたま通りかかった室長に訊ねます。

「誰って……きみらもよく知っているだろう」

 心当たりがないわたくしども。副室長が「ああ?」と、室長を睨みました。

「ほ、ほら、あいつらだよ」と、室長が指さす先にいたのは――

「田中!」

 田中だけではありません。明堂院と新宮寺もおります。

「こいつら、渡廊連の連中か!」

 十人ほどでした。わたくしどもは、田中、明堂院、新宮寺の三人以外の顔をまともに見ておりませんので、わからないのも無理がありません。

「ですが……渡り廊下の撤廃が目的だった渡廊連が、なにゆえ心を入れ替えたのです?」

「うむ。田中が言うには、警察沙汰になってもおかしくない狼藉を働いたにも関わらず、ペットボトルを片付けるだけで帰って良いとした、校長の寛大な処分に感銘を受けたらしい」

 苦笑いする室長。

 わたくしと副室長も思わず顔を見合わせ失笑していました。

 警察沙汰にすればむしろ学校の立場の方が危うい――という学校側の思惑があっただけということは、渡廊連には言わない方が良いのでしょう。

 正義の刃物をもって断罪するのであれば、田中たちは器物損壊の処分を受けるべきなのかもしれません。私情で施していた校長も、大事の時に不在だった先生がたも、なんらかの責任を問われるのが筋なのでしょう。ですが、わたくしのような甘ちゃんの小娘には、刃物など振り回さずに済めばそれに越したことはないな、と思えてしまうのです。

 見ると、図らずも無血の解決に暗躍したカツラ先生が、いつの間にか校長の周りをうろちょろしておりました。水だタオルだと甲斐甲斐しく校長に差し出すその姿は、点数を稼ぎに来た以外のなにものにも見えませんでした。


 作業人数が増えた一方で、掃除班のわたくしどもには、新たな問題が発生しておりました。作業のために渡り廊下を横切る方たちの足跡で、いくら床を磨いてもキリがありません。大所帯になり目立ち始めたため、興味本位で集まってくる野次馬の往来も作業の邪魔をします。

「ああああもう邪魔邪魔!」

 副室長が竹刀をぶんぶん払って野次馬を牽制しますが、正当な理由で、渡り廊下を往来する人まで追い払うわけにはいきません。

「あっ! 土足で上がらないでください!」

副室長の竹刀を避けようと、渡り廊下を逸脱した生徒が、土足のまま駆けていきました。

「もー立ち入り禁止にしちゃおうよ。汚れるから入っちゃ駄目ですーって」ゆみちんが言います。

「でもそれでは、せっかく通れるように復旧を進めたのに、本末転倒になってしまうのです……」

「床掃除は後回しにするしかねえか。せめてこのススだけでも取れれば、こんなに汚れねえんだけどな」

 これほどまでに足跡が残る原因は、燃えかすのススが靴の裏に付着するためでした。

 今までの作業が無駄になってしまいますが、床はいったん放置するしかないのでしょう。先に壁磨きから始めようと、話し合っていたときでした。


「ピィィィィ!」


 警笛の音が、人混みをかき分けて近づいて来ます。

「ピッ! ピッ!」

 現れた二人の作業員は、手に持った誘導棒で人の往来を強引に止めました。他の二人の作業員が、渡り廊下と平行に青いシートを敷き始めます。残りの一人は小脇に抱えたカラーコーンを、渡り廊下からシートへと道を作るように、ぽんぽん並べていきました。


 ――業者かな?


 その作業があまりにも手慣れていたので、ついに本職の方がいらっしゃったのだと思いました。ここで誘導作業をするのも、初めてのようには見えません。安全ヘルメットと大きなマスクのせいでお顔は良く見えませんが、身を包む土色のつなぎといい、業者のかたの服装に間違いなく思われました。


 ……ですが、それにしてもなんだか馴染み深いヘルメットです。


「ここ、通れないんですかぁ?」

 進路を遮られた生徒が、作業員に不満をぶつけました。

 ですが、作業員は慌てる様子はありません。


「――作業中につき仮設歩道を迂回願います。大変ご迷惑をお掛けしております」


 謙虚にお辞儀をしたヘルメットの下には、大変お洒落な眼鏡が光っておりました。

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