3章序
3
かのアインシュタインは言いました。
第三次世界大戦にどんな兵器が使われるかはわからない。
だが第四次世界大戦についてならわかる。
それは石と棍棒だ。――と。
ともなれば、第五次世界大戦に使用される兵器がペットボトルになる可能性を、一体誰が否定できましょう。
近年、清涼飲料水の消費量は世界的規模で増え続けております。とどまるところを知らない炭酸飲料の伸び。水道水に対する不信により躍進するミネラルウォーター業界。時代変遷に影響されず、安定した高生産量を誇るコーヒー飲料。
伴って増加するのはペットボトルの生産量です。
増え続ける容器の兵器。
遠のいていく平和の足音。
引き金になるのは、緑茶に圧迫され、唯一減産の一過をたどる烏龍茶業界の反乱――。
そんなきな臭さが、今、一足早く本校の渡り廊下を襲っております。
渡り廊下に鳴り響く、ペットボトルの破壊音。
渡り廊下が破壊されれば、体育館にたどり着けない全校生徒八八四人が路頭に迷うことになります。八八五人だったかもしれません。でも今はそんなことどうでも良いのです。
もし渡り廊下が無くなってしまったら――
考えてみたことがあるでしょうか。
馬鹿げたことを、と思われるかもしれません。
しかし、あるのが当たり前のもの、いるのが当たり前のものが、突然なくなってしまう日もあるということを、わたくしどもは常に頭に置いて生きていく必要があります。
例えばアリクイです。
もしアリクイが世界から忽然と姿を消してしまったらどうでしょう。
そうです。困ったことに意外と影響がありません。
でもこの世界からアリクイがいなくなってしまったら、それはやっぱり悲しい。
あんなに鼻と舌が妙に長い動物がいなくなってしまうと思うと、やっぱり悲しい。
大きな体でちろちろと蟻を舐めているだけなのに、ジャガーやヒョウに襲われてしまうアリクイ。そんな不条理な世界を健気に生きているアリクイを、いなくなっても影響がないからと顧みないのは、やはり間違っている気がするのです。
そして、そんな存在は、わたくしたちの周りにもたくさんあったりいたりします。
――渡り廊下を守らなければならない。
それはわたくしの揺るぎない意志でした。




