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翌日になり、校長の有休は残り三十五日になりました。
一時間目の休み時間。わたくしはたまたま渡り廊下を通る機会がありましたので、ついでに壁の様子などをちらりと見てみました。
昨日と特に変わったところはありません。
室長のおっしゃったとおり、やはり夜は動きがないようです。そして、渡り廊下と校舎の隙間には、勿論穴を掘るゆみちんがおりました。
「あ、美月ちゃんおはよう」
「ゆみちんごきんげんよう。朝から精が出ますね」
「放課後までには完成させないとだからね」
今日は休み時間ずっと掘らないとなあ! と、自ら気合を入れて、ゆみちんは土木作業に戻りました。昨日は結局少女が現れなかったので、今日こそはという意気込みがあるのでしょう。穴を掘る陶酔した目つきが少し心配です。
二時間目の休み時間。
一年生の教室は全て北棟の一階にあります。渡り廊下もどうせ一階です。別に気になっているわけではないのですが、わたくしはちょっとそこまでのお散歩感覚で、再度様子を見に行くことにしました。
壁の傷が一気に三カ所も増えています。
傍らに転がるはコオラのペットボトル。
直しても直してもこれではいたちごっこです。いたちごっこねずみごっこという、絶対に終わらないお遊戯がいたちごっこの言葉の由来です。考えて見れば人生もいたちごっこの繰り返しなのかもしれません。ですが今はそんなことどうでも良いのです。
やはり元を断たねば意味がないのでしょう。
とはいえ、未だに休み時間に破壊されているのか、授業中に破壊されているのかも掴めぬ状況。せめてわたくしの教室が北棟一階の渡り廊下側にあれば、授業中の動きが何か掴めるのかもしれません。ですが不遇にも一年一組は渡り廊下と正反対の東の端。間には九つもの教室が渡り廊下と一組を隔てていますので、気軽にちょっと見に行こうというわけにもいかないのです。犯行時間を絞るにはいったいどうしたものでしょうか。
戻り際にゆみちんの様子を見ると、落とし穴はすでに五十センチほどになっておりました。
三時間目は見た目あまり変わらず、昼休みには一気に進んで七十センチ、五時間目には「方向性が間違っている気がする」として五十センチまで後退し、そして放課後は分室、対策会議の時間になりました。
「――室長、犯人は授業中です」
「唐突になんだい水無月くん。今は放課後だが……」
わけのわからない受け答えをする室長を無視して、わたくしは続けます。
「犯行は授業中に行われていると言っているのです。ゆみちん。今日の休み時間、誰か渡り廊下の壁を壊しに来ましたか?」
「ううん。来てないよ」
「このとおりです。ゆみちんは今日、休み時間の間ずっと渡り廊下で穴を掘っていました。ですが壁を壊しに来た人は見ていない。加賀津というかたが犯人であるのなら、授業をサボタアジュしているに違いありません。特に今日の二時間目を調べれば一発でしょう」
二時間目の休み時間の状況を考慮しても、授業中の犯行であることは確かなように思われました。二時間目の休み時間以降、壁の傷は増えておりません。犯人は授業をサボって短時間で集中的に壁を破壊しているのです。
ですが室長は腑に落ちないという顔をなさっていました。
わたくしの完璧な推理の何が不満だというのでしょう。
「君はそう言うが、加賀津は二時間目ちゃんといたぞ。なにせ俺と同じクラスだからな」
「ならば実行犯は別にいるのでしょう。彼の同志とやらを調べるが良いと思います」
「いや、同志もいたぞ。皆同じクラスだからな」
「他のクラスにも一人くらいいるでしょう、普通」
「無茶苦茶を言うな。加賀津はそんなに外向的な人間じゃない」
「むう」
捜査が振り出しに戻ってしまいました。
加賀津という男はどうやって授業中に壁を破壊しているのでしょうか……。
「二城野くんは今日も休みか」と、室長は呟きました