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翌日。昼休み。
「放課後、分室員は全員分室に集まるように」
室長からそんな招集メールが届いたことを、わたくしはゆみちんの携帯電話にて知りました。わたくしは携帯電話を持たない主義だからです。
そのメールに漂う不穏な空気を、鋭く察するわたくし。
放課後となった今、わたくしは冷静に、ゆっくりと、心頭滅却すべく、黒毛和牛のように思慮深い歩みを進めておりましたが、とうとう分室にたどり着いてしまい、ドアの前で牛歩戦術の限界を知ったところでした。
室内では、室長と清掃部委員長、そしてカツラ先生の三人がなにやら難しそうな顔で話し込んでおります。そこには重役会議とか幹部会議とかいった雰囲気がありました。
「おお水無月くん、待ってたよ」
わたくしを迎えた室長には、面倒なことを頼まんとする際の、いかにも胡散臭い笑顔があります。
「他のみなさんはどうなされたのです?」
部屋には三人しかおりません。全員招集だったはずです。ずるい。
「皆にはもう任務に当たってもらっているのだ。非常事態で手が足りん」
「非常事態?」
――やはりです。危機を察するわたくしのビワコオオナマズのごとき感の鋭さ。
「今日も壁の破壊が続いている。犯人からの脅迫文も届いた」
これだよ、と、清掃部委員長さんが机を滑らせた便せんを、わたくしは手に取りました。
『 風紀委員会 御中
我々、渡り廊下改革連合は、本校の渡り廊下の撤廃及び改革を求める者であり、その有志一同である。
要求の趣旨はただ一つである。長すぎる。あれのせいで体育館での授業は、七分前に教室を出ねばならない。昼休みにバスケで遊ぶ時間も数分減る。
このように校長の趣味と傲慢によって、生徒の自由の象徴とも言える休み時間が削られることがあってはならない。
我々は、この渡り廊下の存在を、本校生徒に対する弾圧として受け止める。
我々は、本校全生徒の悲痛なる思いを代弁する者である。早々にしかるべき処置がとられなければ、渡り廊下に悲劇が降り続けることとなるだろう。
渡り廊下改革連合 』
酷くもっともな意見です。頑張れ。――と言いそうになるのを、わたくしはぐっと飲み込みました。今のわたくしは一応、体制側の人間です。
「渡り廊下の壁が三箇所も破壊されたんだ。昨日も一箇所やられてるんだってね。分室のみんなにはもう、渡り廊下で警戒態勢をとってもらっているよ」
話す清掃部さんの傍らには、石がついたコオラのペットボトルが三つ並んでいました。昨日と同じ物です。
「加えて、先ほど学校の近くで駆けぬける少女を目撃したという情報も入った。また今日も走る気かもしれん。対応にてんやわんやなのだ」
頭を掻きむしる室長。なんという非常事態の雨あられ。駆けぬけるのは勝手ですが、時と場合を選んでほしいものです。まったく親の教育はどうなっているのでしょうか。カツラ先生は一生懸命耳たぶを揉んでいました。
「だが幸い『渡廊連』の容疑者は大体の目星がついている。三年八組、俺と同じ組の加賀津亮。恐らくヤツに違いないのだが、確たる証拠がない」
「室長はどうしてそのかたが犯人だと?」
「この学校に『卒業式の日に渡り廊下を一緒に歩ききったカップルは、結婚して幸せになる』という伝説があるのを知ってるか?」
「知りません」
「あるのだ」
「それとなんの関係が?」
「俺は去年から加賀津とクラスを共にしているから知っているが、あの男はその伝説を大変恨めしく思っていた。そしてヤツは去年の卒業式の日、数人の同志と共に土木作業員に扮し、渡り廊下をいざ歩かんとする先輩カップルがたに頭を下げてこう言ったのだ。『――作業中につき迂回願います。大変ご迷惑をお掛けしております』とな」
「ひどい」
「あまりに謙虚なそのお辞儀に、先輩がたはみな泣く泣く仮設歩道を迂回したという」
「謙虚」
そんな悲しい事件が去年の卒業式にあったとは、一年生のわたくしは存じ上げませんでした。嫌がらせのためならなりふり構わず謙虚になれる集団。敵は思っていたよりも手強いのかもしれません。
「なにせ加賀津はあまり見栄えのする男ではない。性格も推して知れるだろう。そんな卒業式の渡り廊下とは無縁の加賀津が、今年の卒業式が来る前に、渡り廊下を破壊しようと考えても無理はない。その脅迫文には立派なことが書かれているが、加賀津という男の真の目的はそれなのだ」
「それは一刻もはやく捕まえて罰するべきです」
死刑が妥当に思えます。先ほど脅迫文の志に、いっときでも受けた感銘を返していただきたい。
「証拠さえあればな。渡り廊下を破壊するところを、現行犯で抑えられたらいいのだが」
「では早速、わたくしも渡り廊下で張込みを……」
「いや、水無月くんには別に頼みたい任務があるのだ」
「む。なんでしょうか?」
きっとわたくしにしか出来ない重大任務に違いありません。
緊張のあまりわたくしの背筋がプレーリードッグのように鋭く伸びました。
「壁に空いた穴。あれを校長がいないうちになんとかごまかしたいのだ」
室長が真剣な目で頷くと、清掃部委員長も併せたように頷きました。
――校長は今日も学校を休んでおります。
カツラ先生のお話では、「しまなみ海道は渡り廊下に似ている――」とだけ学校に連絡があったそうなので、おそらく広島にでもいるのでしょう。そのまま紅葉まんじうにでもなってしまえば良いのにとも思うのですが、今校長が不在なのは大変な幸運とも言えました。校長がこの件を知れば、学校中で犯人狩りをせんばかりの大騒ぎになること想像に難くありません。
「では、わたくしは壁を直せばよろしいのでしょうか?」
「いや、渡り廊下の壁は高級材木の檜でできている。年期が入って風格がでた檜を新しい木材で直しても、ごまかすどころかかえって目立ってしまう。かといって同等の檜を準備するのは、金銭的な意味も含めて素人には難しい。そこでだ――」
室長が膝を打つと、耳たぶを揉むカツラ先生の手が止まりました。




