魔法が使えないなら死にたい
「生を愛するが故に死を恐れる思想は欺瞞であり、生の苦痛を征服し、自殺する勇気をもった新しい人間こそ、自ら神になる」(ドストエフスキー『悪霊』より)
シュンの記録①
母が死んだ。これでこの世に僕を必要としてくれる人は1人もいなくなった。お母さん今までありがとう。そしてさようなら。
ノートパソコンを立ち上げると、おもむろに寿命売買公社のホームページでアカウント登録を行い、残りの想定寿命から1年引いた寿命49年を売り払った。シュンの余命は残り1年になるとともに、銀行口座には4億9千万円が振り込まれた。
ほんの半世紀前では自分の寿命を誰も知らなかったし、まして寿命をお互いに金額で売買するなんてことは誰もしなかったらしい。今では18歳以上なら誰でも自分で自分の寿命を自由に売り買い出来る。いい世界になった。死にたい奴ほど長生きして生きたい奴ほど早死にしてたのがほんの半世紀前だ。
死にたい人間はすぐ死ぬことができるし、生きたい人間はお金を払えば原理上いくらでも生きることができる。寿命売買公社で所定の手続きを行えば寿命1年を1000万円で売ることができ、生きたければ1年1500万円で買うことができる。
シュンは死ぬことにした。大学卒業後、なんとか潜り込んだ会社でなんとか働いているが、自分は組織で働くことができる人間ではないことに最近気付いてしまった。誰かかから、必要とされたかった。だが叶わない。いつも求めるばかりで求められることはない。特に自分は周りから好かれることが本当にないのだ。なんとか誰かから承認されたいが、叶わない。組織で上に上がっていくにもできない。かといって特に才能もない。この先誰からも理解されない、必要とされない人生を生きるくらいなら、途中でやめてしまった方がマシじゃないか。
この先悲しみや苦悩ばかりが増えていくのが僕の人生なら、そんなものいらない。
シュンは死ぬことにした。彼にはそれを告げる友人も親類もいなかった。僕が死のうと世界になんら異常はない。ただすぐに死んでしまうのはなんとなく怖かったから、1年だけ余命を残しておいた。全くやりがいの見出せない会社は電話一本でやめた。もう怖いものなどない。
アヤの記録①
ドストエフスキーだって言っているように自殺は悪いことじゃない。自殺できない腰抜けたちが勝手に自殺禁止の理由付けをしているだけだ。なんてことを考えながら今日も校門をくぐった。恋愛と友情に満ち溢れた高校生活を夢想していたがそれも入学して二週間で夢破れ、私は誰とも親交を持つこともなく孤独な生活を手にいれた。
毎日誰とも会話をしないまま授業を終え、チャイムと同時に教室を後にする。かくして私は本の虫となり、一限から六限まで鞄に詰め込んできた文庫本を読む読書の旅を開始した。
寂しかった。誰かに必要とされたかったから出会い系サイトに登録したのが始まり。簡単なプロフィールと顔写真を入力すると男たちから信じられないくらいのメッセージが毎日届いた。嬉しかった。こんな私を欲しがってくれるなんて素直に、嬉しかった。
男達は私の機嫌をとろうと色々なところに無料で連れて行ってくれる。性欲の為だとは分かってはいるけど、お姫様扱いされるのは嫌いじゃない。
家を爆破して寿命を残り1年に設定し、大金を手にいれた私はあてもなく歩き出した。何でも残りがどれくらい判明して初めて貴重さが分かるのだ。高校だってもう行く気はない。気にかける人などハナからいないだろう。
足取りは、軽かった。