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一番効果的なのはギャップ萌え

意外性がときめきに繋がる。

 そして、現在に至るというわけだ。


「世界を救う…?」

 そのフレーズに、毎年夏に放送される黄色いTシャツがトレードマークのチャリティー番組が思い浮かんだが、あれが救うのは世界でなく地球だと思い直す。果たして世界と地球とどちらが大規模かは分からないが。

 チャリティー以外で「世界を救う」という言葉が出てきそうなのはゲームか漫画の世界だが、ここは一応現実の世界のはずである。多分、一応。

 いずれにせよ自分には馴染みのない言葉に、わたしの脳内にはクエスチョンマークが大量発生する。しかし、クルトと名乗る子供は冗談を言っている様子もなく、真面目な顔でコクリと頷いた。

「そう、ある世界をあなたに救ってもらいたい。…まずはこれを見て。」

 クルトはベストの内側を探ると、懐から何かを取り出した。明らかに懐の容量と、取り出した物の体積が釣り合わないように感じるが、話が進まなくなりそうなので突っ込まないことにする。

 クルトがテーブルに置いて差し出してきた物に、わたしは見覚えがあった。

「あ、これ懐かしっ!………てほどでもないけど…まあ、懐かしい…?…うん、知ってる知ってる。」

 それはテレビゲームのソフトのケースだった。しかも、わたしが過去にプレイしたことのあるゲームソフトである。

 ケースには茶色いロングヘアーの女の子と、彼女を取り囲むように、カラフルな頭髪の男性5人のイラストが描かれており、その背景には赤やピンクの花が飛び交っている。ケースの下部には、大きく『Amant éternel』と書かれている。このゲームのタイトルだ。

 ケースのイラストと『永遠の恋人』というド直球のタイトルから、このゲームのジャンルが察せる人も多いのではないだろうか。

 そう、これは所謂乙女ゲームと呼ばれる類のゲームである。

「誘子さんも、これプレイしたことあるでしょ?」

「あー、まあ…。てか、聞かないでよ、恥ずかしい。」

 実を言うと、私は中学生の頃から所謂オタクであり、社会人になった今も完全に足を洗ったとは言い難い状況にある。元々は単なる漫画好きだったのだが、乙女ゲームに手を出したせいでオタクの坂道を真っ逆さまに転げ落ちる羽目になったのだ。

 わたしが中学生の頃に初めてプレイしたとき、この類のゲームは、まだ女性向け恋愛シュミレーションゲームと呼ばれていた。やがて、乙女ゲームという呼称が定着し始め、色んなゲーム会社がこぞって乙女ゲームを作成するようになったのである。わたしもお年玉で買い集めたり、友達とソフトを交換したりと様々な乙女ゲームに手を出したものだ。確かに、この『Amant éternel』というゲームもそのうちの一つである。

 ただ…

「やったことはあるけど、あんまり記憶にないなあ。なんか、3人くらい攻略したら飽きて止めた気がする…」

 そうなのだ。

 プレイしたという記憶はあるのだが、どんな話でどんなキャラだったか、具体的に覚えていない。更に言うと、このゲームについて最も鮮明な印象を言えと言われれば、たった一言「なんかつまらない」だ。

 何がそんなにつまらなかったのか、その理由すらもはっきりと覚えていない。

 ゲームのケースを手に取って、改めてパッケージを見る。

 多少時代の古さを感じるものの、描かれたイラストは美麗である。ただ、他の作品でこのイラストレーターの絵を見た記憶はない。あまりメジャーなイラストレーターではないのだろうか。

 パッケージの中央に書かれた女の子は、赤みの少ない茶髪を長く伸ばし、ハーフアップにしている。後頭部につけているのであろうピンク色のリボンが見え隠れしていた。ぱっちりとした丸い形の目には淡い紫の瞳が嵌まっている。ピンク色の唇は緩やかな逆三角形を作って、優しく笑っていた。パステルカラーのピンクを基調としたワンピースは華美ではないが、適度にフリルやリボンがついていて可愛らしい。

 正に、どこをとっても乙女ゲームの主人公です、といったデザインのキャラである。

 今でこそ、乙女ゲームは主人公となる女性キャラにもそこそこの個性が与えられるが、一昔前の乙女ゲームの主人公と言えば、個性なんぞあってなきが如しだった。

 淡い色の髪の毛に、暖色を基調とした服装。ずば抜けた美人ではないが、磨けば光るタイプの隠れ美人設定で、キャラ紹介には「どこにでもいるごく普通の女の子だが、明るく前向きで、困難にも立ち向かう強さを持っている」とテンプレのように書かれているものだった。

 可愛らしい外見を与えられてはいるものの、実際にはギャルゲーの目隠れ主人公と変わらない没個性っぷりである。

 彼女の隣には、青を基調とした服装の、金髪碧眼の優し気な青年が描かれている。他の男性キャラよりも大きめに描かれていることから、このゲームのメインヒーローなのだろうことが分かる。というか、何となく覚えている記憶が正しければ、間違いなくメインヒーローだ。確か、それっぽい見た目を裏切らず、王子様キャラだったと思う。

 主人公を挟むようにして王子様(仮)の反対側にいるのは、薄めの茶髪に黄緑色の瞳をした、少々女性的な外見の青年が描かれている。恐らく彼はメインヒーローの対…というか準ヒーローくらいの扱いなのだろう。王子様(仮)とは違い、あまり愛想のよろしくなさそうな雰囲気である。彼に関しては、サブキャラの身内を持っていたという記憶が何となくある。

「なんか、このメインっぽいキャラ2人は落とした気がする…。あとは、どうだったかな…。てか、本当にどんな話だっけ?ファンタジーだったよね。学園物だっけ?」

「うん、そう学園物。ていうか、本当に覚えてない?」

「いや、プレイしたのは覚えてるのよ?でも、なんかやってみてがっかりした印象が強い気がする…。」

「あー、やっぱり…」

 クルトはかくっと肩を落とす。

 やっぱりって何、と思いながらパッケージをひっくり返すと、裏面には一部のスチルや、ストーリーパートの画面が見本として載っている。そして、ゲームの紹介文が2行程度書かれていた。

 ふと、その小さなゲーム画面の見本の中に、あるキャラの立ち絵があった。

「あ、このゲーム、思い出した…!」

 わたしの記憶を呼び覚ましたそのキャラは、片手を腰に当て、もう片方の手を口元に当てて、居丈高に笑っている女性キャラだった。

 主人公とは対をなすように、真っ黒の髪、大げさなまつ毛に縁どられて切れ上がった吊り目と、やはり吊り上がった眉、今にも「おーほほほ」という笑い声が聞こえてきそうな口元は、口紅なのか地肌なのかは分からないが、真っ赤に塗られている。纏う服はヴィヴィットな赤紫に黒をアクセントにしていて、服としては素敵なのかもしれないが少々どぎつい印象だ。主人公が、正に乙女ゲームの正統派主人公デザインとするなら、この女性キャラは、正に正統派悪役キャラのデザインで、いかにも主人公に対して意地悪をしそうである。

 というか、していた。

 主人公を衆目の前で嘲笑し、靴には画びょうを仕込み、よろけた振りをして足を踏み、持ち物を汚して使えなくし、物置に閉じ込めて嫌がらせをする…という実に古典的かつマニュアル通りな意地悪をするのだ。

 正に正統派。正に王道である。

 そう、よく言えば王道だ。悪く言えば…

「そうそう、このいかにもって感じの悪役キャラ!思い出した思い出した!このゲーム、何もかもがありきたり過ぎてつまんなかったんだわ!」

「はっきり言うねえ!」

「いや、だって、キャラデザからキャラ設定から、意外性の欠片もなくてさ。なんかいかにも当時の流行りに乗ってみましたって感じで。恋愛イベントもどっかで見たようなヤツばっかりだし、いくら王道とはいえ、展開が予想道理すぎてオチが読めるってのは流石にちょっと…」

「辛辣だな、おい!」

 主人公の「明るく前向き」な性格設定はさておくとしても、攻略キャラの設定も、他の乙女ゲームで多用されている設定ばかりで、もちろんそれが王道として受けることもあるだろうが、やはり王道が王道として成立するためには、そのゲームならではの個性というか意外性がなくてはならないはずだ。なのに、このゲームにはそれがない。

 ファンタジーの学園物という舞台設定はまあ良い。その時点から、他作品との被りを指摘していては話が進まない。攻略キャラの設定が、王子様や騎士、教師、貴族と割とありきたりになるのも別に良い。舞台を定めれば、自然とその舞台にふさわしい人物設定が固定化されるのは仕方があるまい。キャラの性格が、穏やか系、ツンデレ系、クール系等ある程度決まってくるのも構わない。ある種のカテゴリーに属することによって、そのキャラの個性が際立つことは否定しない。キャラデザにおいて、そのキャラ設定と性格設定からある程度デザインが統一されるのも認める。優美な王子様にヤンチャな服は着せないし、頑健な騎士にズルズルとした長衣は着せまい。

 これらを踏まえれば、ある程度キャラとスト―リーのイメージが固定化してくることは理解できる。

 だがしかし、だからといってそのお決まりを全部踏襲して、なおかつそのキャラ独自の個性———それはギャップだったり、奇天烈な性格だったり、苛烈な過去だったりと内容は様々だが———が盛り込まれてないのでは、そのゲームをプレイしている意味がない。正直、このゲームはその当時の定番で溢れすぎていて、特徴が全く感じられないのだ。

「まあ、それでもさ、一週目はまだそれなりにワクワクしながらプレイできたのよ?あんまり強いこだわりとかあったわけじゃないし。綺麗なイラストとキザなセリフがあれば盛り上がれる程度に、乙女ゲームっていうジャンルに頭沸いてたし。でも、一週目の攻略キャラと二週目の攻略キャラのストーリーがほぼ同じでさ。まさかと思って三週目やってみたけど、そのキャラのストーリーも変わり映えしなくて…。それ以外のキャラ攻略した友達にネタバレ覚悟で内容聞いたら、多少の違いはあるものの本筋は一緒だし、キャラ自体が好みじゃなくてやる気にならなくて…」

「ほんっと辛辣だね。評論家か何かなのかな?」

 クルトは口元をひくひくと引きつらせた。そして、大きく溜め息をついた。

「まあ良いよ。このゲームがつまらないっていうのは発売された当時からの定評だし。いやむしろ、定評がつくほど注目されてないってのが正しいし…」

「攻略本とかもないもんね?」

「そうですね!」

 やけっぱちのように肯定するクルトに、何だか違和感を覚える。何故この子は先程からこのゲームの感想に過剰反応するのだろうか。もしや、このゲームのファンなのだろうか。だとしたら、悪いことを言ってしまった。

 クルトは頭を左右に振ると、気を取り直したのか再びわたしを見据える。

「まあ、このゲームのつまらなさはさておき、さっき救ってほしいと言ったのは、このゲームの基になった世界のことなんだ。」

 その言葉に、はて?と首を傾げる。

「このゲームって、実在の国とか時代がモデルなの?」

「ううん、モデルじゃない。このゲームは、それ自体が現実に存在する世界なんだよ。」

「…?」

 先程より噛み砕いて説明してくれたようだが、いまいち分からない。

「誘子さんは、所謂異世界とかって異次元とかって聞いたことあるでしょ?」

「ああ、うん。漫画やアニメによくある話ね。異世界に行きましたとか、異世界から来ましたとか。」

「そう、誘子さん達が暮らしている世界とは全く別の世界。誘子さんが生きていた世界を仮に地球と呼ぶとしたら、地球上どこを探しても存在しない世界。そして、その異世界上においても、どこを探しても地球は存在しない。そういう、完全に異次元の世界。」

「うん、概念としては分かる。」

 わたしがコクリと頷くと、クルトはゲームのケースをコツコツと指先で叩いた。

「このゲームの中にはね、そういう世界の一つが閉じ込められている。このゲームの登場人物は、実際に存在していて、今も生きている人間達なんだよ。」

「…んん?」

「ある世界をモデルにしたわけではなく、実在した人物をモデルにしたわけでもなく、現実の世界をそのまま利用して作ったんだ、このゲームは。」


個人的な主張であることは認める。

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