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動くなよ、絶対動くなよ?

フリじゃないのよ?

 耳鳴りが止まない。

 後頭部を押さえつけられ、首が下にある台に押し潰される。常であれば呻きの一つも漏れていたかもしれないが、食いしばった歯の隙間からは、獣のような荒い呼吸が漏れるばかりだ。

 いっそ、この噛みしめる歯を解いて力を抜き、大きく息を吐けば、この全身にわたる震えは収まるだろうか、と考える。この震えが過度な緊張によって全身に力が入っているせいなら、脱力すれば或いは収まるかもしれない。

 しかし、力を抜いたところで恐らく収まらないのも実は分かっている。この震えは、数分後、いや、数秒後に訪れる一瞬に対する恐怖から来るものだからだ。


 一瞬。

 どうか、一瞬で済んでくれと祈る。

 一瞬で済むために、この小刻みとは言えない震えを止めてほしい。

 本当なら絶叫してしまいたい心を必死に押さえ込んでいるのだって、一瞬で済むようにと願うが故なのだ。


『暴れたりしてはいけない。首切り役人が一回で首を落とすのが難しくなる。』

 お父様がそう言ったのは、娘に対する最後の慈悲か。

『下手をすると、数回斬りつけられてなお死ねないということになりかねない。』

 その言葉がなければ、今自分はこんな風に大人しくしてはいなかっただろう。

『お前のために、せめてもと思い腕の良い首切り役人を探した。お前のためにしてやれる最後の贈り物だ。』

 ああ、お父様。

 なぜ、お父様、なぜなのですか。

 なぜ、思いやる言葉を口にしながら、そのような顔を。

 なぜ、あんな言葉を。

『お前の愚かさを諫めることができなかったのは、私の落ち度。お前の育て方を間違えた私にこそ責任がある。本来ならば、私自身の手でお前の首を落としてやるべきなのだろうな。』


 落ち度。

 間違い。

 なぜ、そんなことを仰るの?

 今までずっと、わたくしが間違っているなんて一言も仰らなかったじゃない。

 お父様もお母様も、いつだってわたくしの言うことを肯定してくださったじゃない。

 なのに、なぜ今更そんなことを。


『お前の過ちの罪は、お前の死のみで購えるものではない。私は残りの生を贖罪に費やすこととなる。』

 過ち。

 わたくしを非難する者は、総じてその言葉を口にする。

 わたくしが重大な、許されざる罪を犯したと言う。

 でも、わたくしの何が間違っていたのか、どんな過ちを犯したというのかと問うと、誰も何も言わないのだ。

 それまで声高にわたくしを非難したくせに、急に口を閉ざして大きな溜め息を吐く。

 蔑みの眼差しを寄越しながら。

 少し前までは、わたくしに媚びへつらい御機嫌取りをしていた人間まで。


(…何が間違っていたというの。)

 わたくしは、あの方を害そうなどと考えてはいない。ただ、望みを叶えるために行動しただけだ。そして、わたくしの望みはお父様とお母様の望みであったはずではないか。

 なのに、なぜお父様までもがわたくしを責めるのか、まるで理解できない。


 うなじを覆い隠していた髪が除けられ、首筋に空気の冷たさを感じる。

 ゴト、と傍らで重みのある物が動かされ、空気が動く気配がしたため、ビクリと身体が跳ねた。

 目隠しの更に内側で固く閉じた瞼の裏に、勝手に光景が浮かび上がる。武骨で粗野な体格の男、顔の全貌は見えないが口元にはニタニタと嫌らしげな笑みを浮かべている。右手には鈍色に輝く大振りの斧を持ち、断頭台に首を付けるわたくしを舌なめずりしながら眺めている。


(───嫌だ!)

 ガクガクと身体の震えが一層ひどくなる。首筋に感じる空気の冷たさが既に凶器のようにすら感じる。

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌イヤイヤイヤイヤいやぁあ!)

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 なぜ!なんでどうして!

 なんでこんな目に遭うの!?わたくしが何をしたと言うの!!

 死にたくない死にたくない死にたくない!!

 許さないあの女!あの男!

 わたくしを陥れたあの者共!

 わたくしを責め、助けず、死を強いる奴ら!

 みんなみんなみんなみんなみんなあぁ───!


「あー、ここもダメかぁ。」

 場違いな程軽妙な口調の声が聞こえた。

 新たに人が入ってきた気配を感じなかったが、いつの間にやら側にいたようだ。

「いやー、全ルート全滅ってすごくない?あんた、何か師匠に嫌われるようなことしたの?」

 感心したような呆れたような口調は、確かにわたくしに投げかけられているように感じる。しかし、死刑執行人がこんな風に話しかけたりするものだろうか。

「考えてみればさ、不憫だよね。実際孤立無援なワケじゃん?しかもパラメータが全然上がらない状態で恋愛ルート入れとか無理ゲーが過ぎるでしょ。」

 意味の分からない単語が次々飛び出してくる。でも、わたくしに対する悪意や敵意は感じない。むしろ親しみの籠もった態度ではないだろうか。

 もしや、わたくしを助けに来たのではないのか!

「ま、とりあえずさ、君に協力してもらうにあたって、こちらとしてもできる限りサポートしたいと考えてるし、今後のことについて後でゆっくり話そうよ。上手くすれば、君の望みも叶うしね。ね、イザベル。」

 やはりそうだ!

 言っていることの意味の大半は分からないが、今後のことと言う以上、わたくしを助けに来たに違いない!

 ならば、さっさとわたくしの頭を押さえ込んでいる無礼な手をどかさせなさい!

 わたくしは後頭部にある手を払いのけようと、首に力を入れ、身を起こそうとする。


「あ、動くと危ないよ?」


 頭上で、ブンッと空気を切る音がした。


動くなってば。

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