全ての始まりのお話
これは、ハルトがエンカウント・ワールドに来た時のお話です。前話より時間は遡ります。
あの日ーー突然脳内に声が聞こえたあの時から、僕の人生はめちゃくちゃになった。
その日はとってもいい天気で、それはつまり昼寝日和ということでもあった。
昼寝に勤しんでいると妹・エリスがやってきて、いつものように僕をゆする。
「お兄様〜起きてください〜!」
「……ンぁ……なんだ? 朝っぱらから騒々しい……」
「もう昼過ぎです」
「マジか」
昼寝というのはその、昼過ぎまで寝続けるということだ。うん。昼寝も十人十色だよね。
時計を見ると本当に昼過ぎ。うん。ナイス昼寝!
「お兄様、お昼ご飯召し上がりませんか?」
「あぁ、食べるよ」
「分かりました! では先に下で待っていますから、身支度を終えたら来てくださいね♪」
「あいあい」
ほんとに、エリスはいいお嫁さんになると思う。
そんなことを考えながら体を起こしてベッドから降りようとする。
いやね。ベッドってすごいじゃん。すごい引力じゃん? 日曜の朝とか特に。
てな訳で、妹には申し訳ない(とか思ってなかったけど)もう一眠りすることにしよう。
ふぁ〜あ、おやすみぃ………
《【----エンカウント・スタート】》
ノイズ混じりのそれが聞こえた瞬間、僕は眠っていないことに気がついた。真っ暗な空間に放り出される。そして目の前には数々の武器が浮かんでいる。
《----貴方は選ばれました》
《----よってこれより、エンカウントバトルを開始します》
《----ルールはいたって簡単です。まずその中からお好きな武器を選んで下さい》
《----その武器で、180秒後に現れる赤い扉の先のドラゴンを倒すことができればクリアです》
《----拒否権はありません。》
《----幸運を祈ります》
僕は訳がわからなかった。なんで。何? 選ばれたって何? わけわからないんだけど。
さっきまで寝ようとしてたよね……?
しかし脳内でその声はカウントダウンを開始する。
僕は夢だと思うことにした。きっと悪い夢だ。白昼夢だ。疲れてたんだ。
目を瞑れば、いつの間にか元の世界に戻っているはず。
何がドラゴンだ、バカバカしい。そんなのいるはずないし。
それに僕みたいな一般ピープルが選ばれたとか冗談もきつい。何に選ばれたのかもわからないし。エンカウントバトル?なんじゃそりゃ。
中二病、もう克服したと思ってたのになぁ……
《----これは夢ではありません、カミ・ハルト》
名前を呼ばれ、びくりとする。夢だ、これは夢だ……
《----ましてやあなたが二年前、「俺の左腕には暗黒の力が宿ってる」と友人に公言し、「お前を闇へ誘ってやろう」という恥ずかしい決め台詞と共に村を駆け回っていた、あの中二病の続きでもなんでもありません》
なぜそれを!! それは蒸し返さないで欲しいのですが……
《----笑》
こいつもうやだ許さない!ふぇぇぇん!!
《----てなわけでこれはマジなんです》
だんだんそんな気がしてきてるよ……
現実味はないのにこれは現実だと、僕の中の何かが訴えてくる。
《----あ、言いそびれてましたが感覚…まぁ主に痛覚をあげておきますが、それもリアルガチなので》
《----攻撃とか食らうと普通に痛いから頑張ってください》
《----もちろん、攻撃を喰らい続ければ死にますからマジ頑張ってくださいね。笑》
《----割とマジで頑張ってください》
うわぁ……こわーい。最後真面目に締めたのが超こわーい。
どうやらこの声の言ってることはマジっぽいな……何故かはわからないけど、心の奥で何かが僕にそう訴えてくる。
戦わないと死ぬぞ、と。
そんなことを言っている間にもカウントダウンは続いている。仕方がないから僕は焦って武器を物色し始めた。
トンファーとかヌンチャクとか、そこらへんは扱いがまずわからないし、その隣の銃系はもっと扱いがわからなかった。杖にいたっては(この世界に来てから、あれは杖だったのだと気付いた)木の枝にしか見えなかった。
あとはチェーンの先に鉄球ついてるのとか。鉄のトゲが絡みついた鞭とか。赤いロウソクとか。ロウソク? 何に使うんだろ…
ただのスプレー缶みたいなのも浮いてるし……なんだこれ……『mustard gas』うん、見なかったことにしよう。
てかなんでマイナーな武器ばっかこんな近くに浮いてるの?
あちこち駆け回って扱えそうなのを探す。
必然的に僕が選べる得物は剣系かボクシンググローブに絞られていった。
いやいやボクシンググローブって。ドラゴン相手にボクシンググローブって。
その隣にメリケンサックもあったけども。そういう問題じゃない。
結局僕は無難に剣にすることにした。
日本刀、サーベル、七支刀、贄殿○那、ア○ールブレード、ライト○ーバー、ビー○サーベル……etc
なんというか、各界からものすごい品ぞろえだった。
明らかに持ったら呪われそうな禍々しいのとかあるし。
そういうイカついのは自分の性に合ってないし、扱えないと判断した僕はノーマルな剣を選ぶことにした。
"ゆうしゃのつるぎ"とか名前がついてそうな逸品である。鍔の部分には青いダイヤのような石が埋め込まれていた。
早速手に取ってみるが……重い!! ナニコレ剣ってこんなに重いの!? アニメキャラとかあんなやすやすと振り回してるのに!!
妙にリアリティがあるなぁ…
なんとかそいつを運ぼうと思うけど体が言うことを聞かない。重くてフラフラする。
覚束ない足取りでなんとか構えて股を開くと、何度か素振りをしてみる。
うん。無理。これ勝てないわ。
頭より後ろに切先を持っていくと体全体が後ろに持っていかれる。要するに振り下ろせない。
どうやって切るんだよこれ……
そんなことをやってるうちにカウントダウンが終わり、赤い扉が目の前に現れた。
もはやこの流れには逆らえない気がしてきた僕は、おとなしく扉に向かう。
《----ぐっどらっく》
「はいはい、どーも」
僕は適当に返事をして赤い扉へと入っていった。剣は地面に引きずりながら。
##########
しばらく真っ白な光に包まれた道なき道を歩く。
進んでいくと、奥に闇が広がっているのが見えた。
剣を引きずりながら道を進む。なんで僕、こんなことになってるんだろう。夢なら早く覚めればいいのに。
そんなことを考えていると突然、僕を包んでいた光が全て吹き飛んだ。そして暗い闇に包まれる。
急な明るさの変化に目をショボショボさせていると、次の瞬間僕はだだっ広い草原のど真ん中に立っていた。
ゴゴゴゴゴゴ。ドシーン。ドシーン。ドシーン。
グオオオォォォォォォォォ。
本当にそんな効果音があるんだなぁ、と思いながら後ろを振り向くと、そこには赤くて巨大な飛竜がいた。
空に向かって火を吹いている。熱気がここまで伝わってくるほどの熱量。熱い。
そこでドラゴンの頭上に何か表示が出ているのに気づく。
『レッドフレイムドラゴン』
そのまんまじゃん……
《我、異世界に通ずる駒を選別する者なり》
急にドラゴンがしゃべったので僕は呆然とする。こいつ喋るのか。いや、ここはこう言うべきか。
……ッ! こいつ、脳に直接以下略。
《汝、我に力を示せ、さすれば道は開かれん》
なんかそれっぽいことを口にしているドラゴうあっちっ!! おい! 不意打ちは卑怯だろ!
《不意打ちではないなり》
なんでどいつもこいつも地の文を読むんだろ……てかまじやべぇ! あの炎まじやばい!
ちょっとでもかすったら大火傷だ。本当に死ぬかもしれない。それに気づいた瞬間に嫌な汗が止まらなくなる。思わず唾を飲み込んだ。
そして一つ息を吐き、覚悟を決めて剣を握り直す。
そうだ、もうやるしかない。これは本当の生死をかけた戦いだ。
レッドフレイムドラゴンは仲間にはなりたくなさそうにこっちを見ていた。正直勝てる気はしないが、抗わないのも癪にさわる。せめて少しでもこいつを痛めつける。
剣を必死こいて両手で構えると、僕はドラゴンに向けて駆け出した。
するとドラゴンは空へ飛び立った。
は?
いやいやいや。確かに羽は生えてるけども。飛ばれたら剣もボクシンググローブも変わんないやん。
僕は一気に死んだ目になった。こんなの勝てるわけがない。
こんなの、無謀もいいとこだ。
そもそもやる気もなかったしね。
僕は絶望し、こう呟いた。
「[滅びよ]」
その言葉を発した瞬間、剣の塚に埋め込まれていた青い石が輝きだした。ラ○ュタはほんとうにあったんだ!
その光は拡散を続け、全てを飲み込んでいった。僕も、ドラゴンも、草原も全て。
そして僕の意識は、その光に埋め尽くされるようにしてフェードアウトしていった。
意識を失う直前、剣の鍔の青い石が砕けるのが見えた。
##########
気がつけばまた真っ暗な世界にいた。
足元にはさっきの剣が転がっていたが、青い石はやっぱり無くなっていた。その石があった部分を僕はそっと撫でてみる。
「何だったんだろうな…」
《----それはエンカウントスキルです》
「は?」
突然話しかけてくる声に驚きながらも反応してしまう。まだ夢から覚めてなかったか。
《----エンカウントバトル中のみ使用することのできるエンカウントスキルは、発動条件や場面が制限されているものや、アイテム状のものとそうでないもの、アイテム状のものは使い捨てだったり何度も使えるものがあったりと、様々です》
《----スキルは所持者が死ねば、その場にアイテムとしてドロップしますし他人に譲渡することもできます》
《----エンカウントスキルの他にも、通常のスキルも存在します。これはバトル中でなくとも使えるもので、大体の性質はエンカウントスキルと同じです》
《----あなたはドラゴンを打ち果たしました、よってここにあなたを駒と認定し、エンカウント・ワールドへご招待いたします。》
《----あなたは世界を動かす駒であり、世界を形作るピースです》
《----どうぞ、素敵なエンカウント・ワールドライフをお楽しみください》
まくし立てられてもう僕の頭はパンク状態。
「……えーと、つまり三行にまとめると?」
《----あなたは駒となり》
《----エンカウント・ワールドでスキルを集めつつ》
《----頑張って生き残ってください》
はぁ。わけわかんね。エンカウント・ワールド? どこそこ?
《----では元の世界時空を完全に停止したのち、あなたをエンカウント・ワールドへご招待します。10 9 8 7……》
「待て待て待て待て」
本当に訳がわからない。僕は本当に、そのエンカウント・ワールド? とやらに行かなきゃならんの? スカル? スキル? それを集めてどうしろと? 何もかもがわからない。
《----3 2 1……》
「ちょっと待ってくれよ!」
《----ジャンプ》
問答無用で僕の視界と意識は白に染まる。
上下左右がわからなくなるような浮遊感が終わり、そっと目を開ける。
僕は、広大な草原のど真ん中に、剣とともに放り出されていました……






