剣がまともに振れない戦士です。
ここは、風の通り道にある街。
街の入り口にわざとらしく立っている看板に刻まれたセゴオの紹介文だ。
街といっても全く街っぽい要素はない。むしろ村と言ったほうがしっくりくるのではないだろうか。
その街から少し出たところに、昼寝にはもってこいな小高い丘がある。
セゴオ自体、とても自然が豊かな土地だからどこだって昼寝にはもってこいといえばもってこいだ。
でも僕はこの、街が一望できる丘でする昼寝が好きだった。
街の外だから、敵が出るのが難点だが。
「あーー……死ぬかと思った」
「ほんと、ハルトは戦士とは思えないほど剣の扱いがクソじゃのう……」
「ははは……元の世界では剣なんて振り回したことなかったからね……」
そう呟いて僕は乾いた笑みを浮かべた。
この世界に放り出されてからもう2週間になる。
その2週間の間僕が何をしていたかといえば、この小高い丘を見つけて昼寝をしていた時間が大半。あとは時々訪れるエンカウントバトルのクリア。
それと、さっきから僕の周りを飛び回っている少女妖精との出会い。
というか勝手に目の前に降ってきて勝手についてくるとかぬかしおるから放って置いてるだけなのだが。
それと喋り方がやけにジジ臭い。
「ねぇアスタ、この剣軽くする方法とかってないの?」
「そこで最初に自分を鍛えるという発想に至らないあたり、ハルトの器の小ささが窺い知れるのう」
よ、余計なお世話だい! こっち来てからちょっとは鍛えてるし!
そんな話をしていたら、さっきのバトルしていた時間もあってかもう日が傾いてきた。
そろそろ街の宿に戻らないとエンカウントが酷くなってくる。
「さっきのバトルで敵がお金落としたから、今日は少し余裕があるね」
「初日に野宿しているハルトを見たときは自殺志願者かとおもったぞい……」
「あれは……本当に死んだかと思った」
「今日はそればっかりじゃな」
なんて言いながらセゴオ唯一の宿屋に向けて歩き出す。
丘を下り、道に出る。東に向かって5分ほど歩けばすぐにセゴオだ。
普段(まだ2週間しかここにいないから、普段というのも不思議な感じだが)なら、この時間はもう街全体がすっかり静まり返って、いかにも田舎といった雰囲気を醸している。街の中心の、これまた唯一ある酒場が少し盛り上がってるくらいだ。
アスタと他愛のない(8割方僕の剣の扱いについてのお小言だったけど……)話をしていればすぐセゴオについた。
着いたのだけれど……
何かがおかしい。
「なんか……静かじゃない?」
「この町はいつも静かじゃぞい? ……でも、おかしいの」
人が居る気配がない。生活感までなくなっているように感じる。
しばらく歩いてみたが、どの店も営業中なのに、人はいない。
「宿屋のおっちゃんがいない…」
「どの店もそうじゃ、やっとるのに人はおらん」
「みんなどこいっちゃんたんだろ…」
嫌な空気が体にまとわりついて行く感じがした。
妙な雰囲気の街をしばらく歩いて回る。
すると突然、遠くで悲鳴が上がった。
「な、なんだろ」
「いってみるぞい!」
「いや、でも俺剣の扱いが……もし敵が出たら……」
「このヘタレ、こういう時は何も考えずに向かうのが筋ってもんじゃろ! どう考えてもフラグが立っておるではないか!」
「いや、別に回収する義務はないし……」
「ええい! [絶対服従]!」
そう言われた瞬間、僕の体は"僕の意思とは関係なく"悲鳴のした方向へと走り出す。
「ククク、楽しくなってきたのう♪」
「スキル使うのはずるい……」
こうして僕とアスタは、夕暮れのゴーストタウンを訳も分からず疾走した。
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「ほら、見えてきたぞい!」
しばらくしてアスタが声を上げる。
「何も見えないよ…暗くなってきたし」
街の中心部からかなり走った。僕たちを赤黒い夕陽が照らす。
「どうやら人、みたいじゃぞ?」
「えっ!? うーん……ぅん?」
目を凝らすと、人型に見えなくもない。
さらに距離を詰めると、それが何なのかようやく判明した。
ものすごくかわいい女の子が倒れていた。
「 君! 大丈夫!?」
僕は駆け寄ると背に腕を回すようにして抱き起こす。
彼女の肩からは血が流れていた。
傷は新しく、止めどなく真っ赤な血が溢れていく。
ヤバイでしょこれ。リアルにやばいよこれ。
一瞬ものすごいパニックに陥ったけど、僕はこの子を助けなきゃと思った。焦りよりもその気持ちの方が強かったかな。
そしてふと昼間のことを思い出した。ポケットを漁る。あった! そういえばこんなの拾ったな。
昼間の戦闘でモンスターがドロップした中級治癒スキル。
指輪の形をしたそれを左手にはめると、彼女の肩にその手を当てる。
「[応急治療]」
そう唱えた瞬間、左手から青白い光が迸り、彼女の傷を癒していく。
5分くらい、その状態を維持しただろうか。
血は止まった、恐らく大事には至らないだろう。
指輪は砕けて霧散した。
辺りはすっかり暗くなり、月光が辺りを照らす。相変わらずの静寂が僕らを包んでいた。
一つ息を吐いて、もう一度彼女を見る。
銀色の髪は満ちる月光に共鳴するかのように美しく輝き、目は閉じているが、それでもかわいいと思うくらい顔も整っている。
そんな子を抱えてる事実に今更どぎまぎして来たが、まずは事情を聞きたい。全てはそこからだ。
「おーい、大丈夫ですか〜?」
軽くからだを揺さぶってみる。
なんというか、揺れた。
「そこの変態、鼻の下が伸びておるぞ」
「へ、変態じゃない」
おっぱい大きいなぁこの子。
しかし肝心の反応は無い。
「…………」
「気を失ってるようじゃの」
「さっきのってこの子の悲鳴……だよね? なんで街中で……こんな……まるで切られたみたいな傷だったし」
「悲鳴は間違いなくこの娘のじゃが、この傷がなぜついたのかは……普通にエンカウントバトルに遭ったんじゃないかの?」
「いや、それはないと思うんだ」
街中ではエンカウントバトルは起こらない。
街中で血が流れる原因となると、限られてくる。
「そうなると、なんじゃ。この娘が自分で切ったとでもいうのか?」
「そんなわけないでしょ。悲鳴あげてたし……」
僕は深く深呼吸をする。胸一杯に夜の澄んだ空気を吸い込むとだんだん思考がクリアになる。血を見て動揺した心が静まって行くのがわかる。
街中で血が流れる原因なんて一つしかない。
「駒だ。僕と同じ駒がこの子を切ったんだ」
「ふむ…それならありえんこともないの」
そう、僕らは駒。世界を動かす駒であり世界を形作るピース。
この世界に来るときに言われた言葉だ。
彼女も見たところ駒だろう。あの傷、駒以外の敵とかなら存在が消えているレベルのものだったし。
「じゃあなんでその駒とやらはこの娘を切ったのじゃ?」
「辻斬り…….な訳ないしなぁ。なんでだろ、そんなことするわけがわからない……」
本当に分からなかった。第一こんな事しても何の特にもならない。
アスタと考え込んでいるとふいに、彼女の目が開いた。
全てを吸い込むような、青い瞳。
僕は息を飲んだ。なんだろう、僕に美術の心得はないけど、芸術品だと思った。
なんの心得のない人でも名画を見ると何か心に感じるものがある、それと似た感覚。
このまま彼女を見続けていたらどうにかなってしまいそうな、どこか儚げな雰囲気が月の光とあいまって僕を捉えて離さない。
「あの……そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
ずっと見つめていると彼女が口を開いた。
彼女が出した声だと気づくのに数秒かかった。
「ああ! ごめん!」
上体をのけぞらせながらそう言った。
今僕は、彼女の背を右腕で支えながら左腕は後ろにつき、上体をのけぞらせている。
なんかものすごく情けない体勢になってるな……
「ハルト、ものすごくダサいぞい……」
分かってるから! ほっといてくれ!
「あ、いえ、そんな反応されるとは……申し訳ありません。」
「いや、あやまらないで!悪いのはこっちだしさ。ところで大丈夫?」
「あぁ。そういえば……あら?」
彼女は肩を見てきょとんと、その深く澄んだ双眸を見開く
「傷が……無くなってます」
「あぁ、さっき拾ったスキルで応急処置的なのをしておいたんだけど…痛まない?」
「はい! 全然大丈夫です! ほんとに、なんとお礼を言ったら良いか……」
「お礼なんていいよ」
「でも、助けてくださったんですよね?」
「結果的にそうなっただけだから」
そっと微笑んでくれる彼女に苦笑を返す。君を助けに来た! と言えないのが情けないことこの上ないが、嘘はよくないし。
「それでも助けてくださったのですから……ありがとうございます。私はエルシャミー・ノエルと言います、その…駒、です」
そう彼女は言った。彼女の声はとても耳に心地いい。
「僕はカミ・ハルト。僕も駒だよ、よろしくね。えっと…ノエル、でいいかな?」
「はい、よろしくお願いします、ハルトさん」
そう言うとノエルは微笑んだ。笑うと超かわいい。笑ってなくてもすごく可愛いけど。
「おい、妾のことを忘れとらんかのう?」
後ろで不機嫌な声が上がった。あ、すっかり忘れてたわー、存在を。
「何?」
「何? じゃないわい! 妾はアスタジュラス! アスタ様と呼ぶがいいぞノエルとやら!」
「よろしくお願いしますね、アスタ様」
「いや、乗ってあげなくていいんだよ?」
ノエルは素直でいい子なようだ。
「お、おう、よろしくたのむぜぇなのだぞい」
「何自分で振っといて困ってんのさ……」
ほんとにアスタは何がしたいのかわからない。
まあそれはそれとして。
一通りの自己紹介が終わった。さて、そろそろ本題に入るべきだろう。
そう思って僕は、再びノエルの瞳を見つめる。
吸い込まれてしまいそうだ。
「ところで、なんでノエルはこんなところで倒れてたの?」