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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
二章――魔導士クルス
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第8話:白猫の親心

 魔導士一人と使い魔一匹をアパートに招いた。

 布団にクルスを横たえる。

 傷の手当をするため外套を脱がせると、つい先ほどまであったはずの生々しい傷はどれも傷跡どころかかさぶた一つなくふさがっていた。

 ハーフ特有の白い肌はレキよりもずっと美しい。金色の髪もさながら清流。女子生徒らが美少年ともてはやすのも無理はない。

 残るは骨折や内臓、頭部の損傷といった外部に表れない怪我の心配。医療など門外漢のレキにはフォルテを信じて無事目を覚ますのを待つしかなかった。かといって何の処置も施さぬまま放っておくのも気が引けたため、とりあえず濡れタオルで身体を拭いてやった。

 クルスは静かな呼吸を規則的に繰り返し、穏やかに眠っている。

 鬼に痛めつけられボロ雑巾同然に転がっていたのが嘘のよう。

「これもマドウシの力なのか」

「世界の理に干渉する概念『魔法』を認識し操る者。それが『魔導士』さ。そして僕『使い魔』は生粋の魔導士を補助するために生み出された人造魔導士。キミたちサムライと同じく戦闘の際は身体強化の魔法をかけるから、そうそう死にはしないよ」

「……くどいようだが、私はサムライではない」

 フォルテは「そうなのかい?」と琥珀色の目を二度まばたきさせた。

「利剣と魔法の極意を以って国に忠義を尽くし、現世を跋扈(ばっこ)せし悪鬼を討つ者『サムライ』。てっきりキミはその末裔かと。魔力は持っていないものの、曲がったことを許さない心意気はもとより髪型も伝承とそっくりだからね」

「かっ、髪型以外一つとして合っていないではないか! そもそもこの髪型もマゲではなくポニーテールのつもりで……」

 段々とむなしくなってきたレキは途中で説明を諦めた。

 少しでも女の子らしさを発揮させようと整えたポニーテールが、よりにもよってサムライと勘違いさる原因となっていたことに愕然とする。過去、モモに髪型の感想を求めて「レキちゃんらしさ全開だよ」と褒めてくれたときは得意になったが、今ようやく彼女の真意を理解できた。

 フォルテは葛籠(つづら)のふたに飛び乗って丸くなる。琥珀の瞳がまぶたに閉ざされ、真っ白なお餅となった。

 鬼と彼ら魔導士の関係は未だ不明でありながらも、ひどく傷ついた乙女心のせいで今夜は問い詰める気も起きなかった。

 クルスの額に当てていた濡れタオルを剥がし冷水で洗う。フォルテに「彼はそこまで繊細じゃないよ」と苦笑されても「ただの自己満足……いや罪滅ぼしだ」とかぶりを振った。レキの甲斐甲斐しい介抱は深夜に及んだ。

 翌朝、レキが目を覚ますと隣の布団はもぬけの殻で、金髪碧眼の魔導士も使い魔の白猫も何処かへと去っていた。

 クルスは人並みはずれた魔導士であるし、良識のあるフォルテも同行しているのだから滅多なことは起きまい。むしろ元気な証拠ではないか。そう判断したレキは普段どおり朝食と登校の支度を済ませ、葛籠のふたを開け、ぐーすか夢を漂う鈴珠(すず)を起こした。

 朝食のかき玉汁を口に運んでいた鈴珠がふと箸を止める。

「どうしたんじゃレキ。やけに嬉しそうじゃの」

「そうですか?」

「いつも真一文字に結んでおる口がゆるゆるじゃ」

 昨夜、レキはクルスを介抱する途中でテーブルに突っ伏して眠ってしまった。そして朝、目を覚ましたとき背中には毛布がかけられてあった。

 毛布をかけたのは誰か?

 熟睡していた鈴珠か?

 猫のフォルテか?

 いずれも違うとすれば――。


 案の定、レキとモモが登校するとクルスはもう早朝の教室にいて、自分の席で手元のB5判カラーコピーを読みふけっていた。

 イヤホンから流れる音楽に耳を傾けているため、レキとモモの挨拶は届かない。仮に届いていたとしても挨拶を返してくれたかははなはだ怪しいが。

「おはよー、クルスくん」

「……諏訪(すわ)か」

 諦めず正面に立ったモモをクルスは一瞥する。つれない態度を取られたはずなのにモモは「クルスくん、もう名前憶えてくれたんだね!」と涙ぐましい超好意的解釈を経て感激に瞳を輝かせていた。

「そのチラシ、来週開店するケーキ屋さんのだよね。私も楽しみにしてるんだー。私のお父さん、ケーキ屋さんの店長さんとすっごく仲がいいんだよ」

「楽しみなのか」

 ちらとカラーコピーに視線を落とす。モモは首がもげんばかりに首肯した。

「クルスくんも楽しみなんだよね?」

「……ああ、ある意味な」

「私たち気が合うよ、絶対!」

 どう足掻いても冷笑としか受け取れないクルスの笑みにモモは大喜びし、レキは居たたまれなくなった。

「クルス、無事で何よりだ」

 レキが近寄るとクルスはイヤホンを外してブレザーのポケットにしまった。

「サムライ、昨夜は余計な世話を焼いてくれたな」

 これも案の定、悪態をつかれた。

「恩に着せるつもりはない。クルスが話したくなったら私たちに事情を説明してくれるだけでいい。お前がまた一人で鬼と戦うのはあまりに忍びない」

「弱者に付きまとわれたところで足手まといになるだけだ」

 フォルテと違ってクルスは言葉を選ばない。そう正直に突き放されてしまっては近づきようがなかった。

 教室の扉が力いっぱい開かれる。

 静寂と陰鬱な雰囲気をぶち壊し、伊勢(いせ)が登場した。

「おーっす、おはよう諏訪さん。俺、大復活しちゃったよ! 心配かけてゴメンね。諏訪さんに会いたくて退院した足で登校しちゃったよ。レキも見舞いサンキューな――って、おわっ! その金髪外国人何者だよオイ! しかも何で俺の席に座ってんの! その席はなぁ、席替えのジャンケン大会で死に物狂いの末に手に入れた、居眠りに最適の席なんだよォ! 諏訪さんの席とも近いし」

「朝からやかましいぞ伊勢」

「誰だ、あの猿みたいな男は」

「そういえばココ、伊勢くんの席だったね。先生間違えたのかな」

 伊勢は自分の席に平然と座っているクルスを指差して、つばを飛ばす勢いで激しくまくしたてていた。

 突然の転校生によって席を奪われた伊勢は、担任の先生によって教室最奥の廊下側に新たな席をあてがわれた。

 納得いかぬ伊勢は一日中不満をあらわにしていた。居眠りや早弁がバレやすい位置だとか、廊下を巡回する生徒指導の先生の目に留まりやすいだとか……今朝から放課後まで女々しく文句を垂れていた。


 放課後、四人は屋上でフォルテと会った。

「レキ、昨夜はありがとう。言伝もなくいなくなって心配かけてしまったかな。伊勢、キミにも謝らなくてはいけないね」

 校舎の屋上は本来生徒に開放されていない区域であるため、秘密の会話にうってつけである。屋上への階段をこっそり上がる必要があるが、冬の酷寒は生徒どころか教師たちまで部屋に閉じ込めてしまうため人目を盗むのはそう難しくない。

「怪しまれずクルスを高校に編入させるには名簿を少々『いじる』必要があったんだ。キミにしわ寄せがきたのも、ひょっとすると運命の歯車による導きだったのかもね」

「この猫、何を言ってるのかさっぱりわからん。いや、人間の言葉をしゃべってるのは分かるけどよ。とにもかくにもクルス、明日から俺と席換われよな」

「俺は誰の指図も受けん」

 聞く耳持たぬクルスに、伊勢は悔しさいっぱいに歯軋りする。

「こんのキザ野郎ォ。俺を猿扱いしたのも鼻持ちならねえっていうのに」

 腹立たしげに地団太を踏んでいると完治したての右足に衝撃が伝わって、伊勢は自滅同然に身悶えた。

「そうそう、実はレキに報告することがあったんだ。キミの住むアパートに近々僕らも引っ越すことになったよ」

「どういうことだ、フォルテ。俺は聞いていない」

 フォルテの報告にいち早く反応したのはクルスだった。それもかなり不愉快をあらわにして。

「友達が近くにいたほうが楽しいだろう?」

 同意を求められたクルスは「くだらん」と鼻であしらう。

「子供が昼間から往来をうろつくと悪目立ちする――俺が高校に通っているのはフォルテ、お前がそう忠告してきたからだ。無用な馴れ合いは拒否する。俺の目的はただ一つ、鬼を討つことだけだ」

 三人と一匹に背を向けたクルスは屋上から立ち去った。わずかな未練もなく、一度たりとも振り返ることなくまっすぐに。置き去りにされた伊勢は呆気に取られ、モモは困り顔で苦笑いを浮かべていた。

 フォルテの口からも溜息がこぼれる。

「彼を嫌いになったかい?」

「まぁ……あれぐらいの跳ねっ返りなら、むしろかわいげがあるくらいだぜ」

「友達を嫌いになんてならないよ」

 伊勢とモモに続いてレキも首を横に振った。

 レキは昨夜の戦闘を思い返す。

 鬼の一撃を受けてなお立ち上がろうとするクルスの瞳には途方もない怨念と不退転の意志が宿っていた。それこそ心の炎が燃え尽きて塵芥になろうと退かぬほどの。そんな危うげな眼をしている彼を捨て置くのはレキの正義に反していた。

「クルスは殺された両親の仇を討ちに花尾町へやってきた。仇は『黒猫』とも呼ばれる外道と狡猾の人造魔導士。名は『シグマ』。キミたちが噂している鬼『死悪鬼(しおき)』を使役している張本人さ」

 彼のあまりに壮絶な背景に三人は愕然としていた。友達になろうと張り切っていた自分たちがひどく無神経で幼稚な存在だと恥じるほどに。

「復讐なんてくだらない。自分を慰める手段は数多あれ、復讐ほど愚かなものはそうそうないよ」

 フォルテは以外にも彼を否定する発言をした。

「血塗られた復讐に人生を費やすより、彼がかけがえのない友と青春を過ごすことを僕は切に願っている。不甲斐なくも、過保護な僕じゃクルスを叱れなくてね」

 そう自嘲する。

「クルスは負の感情にまやかされて取捨選択を放棄し、去りし者たちのために生ける己を破滅に追いやろうとしている。唯一の希望は、彼がそれを最良の道だと錯覚していることだ。僕らの親愛なるハラカラたちよ。どうか彼の心を救ってくれないか」

 レキとてフォルテと同じ考えであった。

 すべてを投げ打ち、すべてを拒絶し、仇討ちに没頭し、傷だらけで戦うクルスに光明差す未来が待っているとは思えない。ただ、部外者でしかない自分が、肉親の復讐に全身全霊を賭す彼を説得できるとも到底思えなかった。

「一つ訊いていいか。どうしてフォルテは私たちを友達に選んだんだ」

「僕が選んだんじゃない。キミたちとクルスが引かれ合った結果だよ」

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