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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
一章――神さまと少女たち
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第5話:幸福と苦悩の混在

 三人は病院を後にし各々帰路に着いた。

 モモと別れた後、レキと鈴珠(すず)は道すがらスーパーで夕食の買い物をした。約束どおり、レキは鈴珠の欲しがるままに油揚げを買ってやった。鈴珠が両腕にどっさり油揚げの袋を抱えてきたときは彼女もさすがに辟易したが。

 レジで会計を済ませるとき、鈴珠のわがままで油揚げだけ別のレジ袋に詰めてもらった。粉雪舞う夜空の下、鈴珠は後生大事に油揚げの詰まったレジ袋を抱えながら雪を踏みしめていた。その足取りは陽気で軽やかであった。

「夕食はきつねうどんにしましょうか」

「わっ、ワシをダシにしたところで美味くないぞ!」

 勘違いした鈴珠は震え上がった。

 アパートに帰り着くと、革のジャケットを着た若い男が駐車場にいて、自動車に積もった雪を手袋で払っていた。レキたちの気配を察した彼は二人のほうを振り返って、にやりと白い歯を晒した。

「おかえり、レキとチビッコ神さま」

「現代の若者は信仰心が足りんようじゃの」

 からかわれた鈴珠は不愉快そうに歯軋りする。男は「冗談だよ、鈴珠」と快活に笑いながら鈴珠の頭を乱暴になでる。鈴珠は「『さま』をつけんか不届き者」と頬を膨らませ、威厳も畏れもまるでない怒りをあらわにしていた。

「アズマさんはこれからお出かけですか」

「たまには外食でもしようとね」

 アズマと呼ばれたその男は車のキーを指にはめてくるくる回す。

「レキ、やっぱりその子と一緒に住むのか」

 その子、とは言うまでもなく鈴珠である。

 鈴珠の表情に陰りが差す。そして「見捨てないでくれ」と言いたげにレキの制服の裾を握った。レキはアズマの問いに対して力強く頷き、鈴珠の不安を払拭しようと努めた。

 アズマは額に指を当て、この場に適切な言葉を探そうとまぶたを閉ざす。彼の意味深な仕草はレキと鈴珠の胸を不安で高鳴らせた。

「すみません。管理人のアズマさんにお伺いを立てる前から勝手に決めてしまい」

「おいおいよせよ。俺はレキを赤ん坊の頃からかわいがってるんだぜ。堅苦しくされたら兄貴分である俺の立つ瀬が無いだろ。ただな、レキ」

「みなまで言われずとも承知しています」

 レキはアズマの台詞を半ばで遮る。

「私はまだまだ子供。誰かを守れるほどの力はありません」

「確かに、確かにそうだ。でも俺が言いたいのはその先だ」

「先、とは」

 アズマの意図が読めず、レキは眉をひそめる。

「お前はまだ子供。だから俺が手を貸してやる、ってことさ。レキと鈴珠の馴れ初めを作ったのは他ならぬ俺なんだから、お前たちの望むようにしてやるのが人情ってやつだ。大船に乗ったつもりでいな。そうだな、まずは手始めに――」

 アズマは車の後部座席のドアを開けて二人を中に押しやった。

「ファミレスで鈴珠の歓迎パーティと洒落込むか」

 アズマがエンジンキーを捻ると同時に自動車が唸りを上げ、車内は淡いルームランプにぼんやり照らされ、スピーカーから洒落たジャズが流れはじめた。スーパーの買い物袋を部屋に置いておきたかったし制服も着替えたかったのだが、アズマはせっかちにもアクセルを踏み込んでしまった。


 雪道をアズマのミニバンは走る。

 二つのヘッドライトが暗闇の先に進むべき道を照らしている。

「『ふぁみれす』とはなんぞ」

「食事処のことですよ。ハンバーグやステーキが食べられます」

「おお、異国の料理か!」

「食後はアイスクリームなど甘味も召し上がれます」

 レキの語る『ふぁみれす』に鈴珠は胸を躍らせていた。

 ――レキ、一つ頼まれてくれないか。駄賃は弾むぞ。

 アズマのその一言がレキと鈴珠が出会うきっかけとなった。

 二日前、レキはアズマに神社の掃除を依頼された。

 アズマは幼い頃からレキの面倒を見てくれ、実家を離れて高校に進学するときも自分が管理するアパートの一室をあてがってくれた。だから彼の頼みを断る道理などレキにはなかった。

 この花尾町で一番知名度のある神社は『真白(ましろ)大社』であったため、てっきりレキはそこの掃除に駆りだされるものだと勘違いしていた。実際はそこより遥か遠くの山奥にある、誰にも知られずひっそりとたたずむ『鈴珠神社』という聞き慣れぬ名の廃墟であった。

 石段や石畳は欠け、鳥居は倒れ、拝殿は腐り落ちているという無残な風体。男女二人でどうこうできるには手遅れで、後は自然に帰すのを待つしかない状態であった。アズマの話によると、掃除というよりも打ち捨てられている貴重な文化財の回収が主らしかった。

 そんな神社の成れの果てで唯一形を保っていたのがあの葛籠であった。

 ホコリや蜘蛛の巣にまみれたそれをレキが気味悪がって近づかなかったら、ただのがらくただと思って封印の札を剥がさなかったら、鈴珠は今もなお深い眠りについていたに違いない。

「アズマさん、鈴珠さまの耳としっぽはどうしましょう」

 ミニバンが雪のかたまりを踏み潰すたび、山積みになった吸殻が危うげな足さばきでタップダンスを披露する。

「どうしましょう、とはどういう意味だ?」

 バックミラーで後部座席のレキに目をやる。立派にもレキはしっかりシートベルトを締めており、彼女に強制された鈴珠も同じ格好をして窮屈そうに座っている。

「周りの者たちに不審がられるのでは」

「多少注目は集まるさ。まあ、わざわざ隠す必要はない。町には鈴珠よりよっぽど変な格好した連中がうようよいるぞ。鈴珠だって暖房の効いたところでその格好じゃ暑苦しいだろう」

「うむ。神さまのワシが耳としっぽを隠す道理などないわい」

 鼻息荒らげ『神さま』のところを特に強調しながら偉そうなことを言った鈴珠はシートベルトの呪縛を逃れると、座席後部のトランクにニットとコートを放り投げてしまった。

 一抹の不安を抱くレキは闇に明かりを灯すレストランの看板を眺める。

 くるくる回転して誘蛾灯を果たす看板の下にアズマのミニバンも吸い込まれていった。


 アズマの言い分はあてずっぽうや無責任な楽観視ではなかった。鈴珠が耳としっぽをさらけ出したままレストランに入店しても、通りすがる客や従業員は一瞥くれるだけで騒いだり通報したりせず、三人は何事もなくテーブル席へ案内された。災難といえる災難は、後ろの席に座っていた幼い男の子に耳の毛を思い切り毟られたくらいであった。

「俺はクリームパスタだな」

「私はかにクリームコロッケをいただきます……アズマさん、ここは禁煙席です」

「おっと、これはうっかりだ」

 レキに一睨みされ、アズマは胸ポケットに伸ばしていた手を引っ込めた。

「ワシは、ワシはじゃな」

 鈴珠は真剣な面持ちで品書きをめくっては戻し、めくっては戻しを繰り返している。口から垂れるよだれが今にも品書きに触れそうである。

「ハンバーグもおいしそうじゃが、このパスタというやつも捨てがたい。ふーむ、うどんは明日レキに作らせるとして……なぬ、ピザなるものまであるのか!」

「じっくり悩むといいさ。幸福と苦悩がないまぜになる瞬間なんてこういうときくらいだ」

 タバコを吸えず口が寂しくなったアズマは、鈴珠が品書きとのにらめっこに決着をつけるまでお冷の氷を口の中で転がしていた。頬を左右交互に角張らせる幼稚な兄貴分を尻目に、レキは背筋正しく席に座って膝に手を置き微動だにしないまま精神統一していた。

「ハンバーグじゃ!」

 どれだけの時間が過ぎた頃か、鈴珠は高らかにそう宣言した。

 運ばれてきたハンバーグを最初こそナイフとフォークをがちゃつかせて食べていたが、まだるっこしくなった鈴珠は西洋のテーブルマナーを放棄し、結局箸で食べた。ハンバーグのプレートを空にして腹をさする鈴珠の口元は肉汁とソースまみれであった。

「今日はハンバーグで明日は油揚げ。ワシは幸せじゃぞ」

 帰りの車内。

 振動する車がゆりかごの代わりとなって、腹も心も満たされた鈴珠を寝かしつけている。

 鈴珠はレキに寄り添い、ふかふかのしっぽと耳を押し付けている。こそばゆい感触を味わいながらレキは彼女の肩をそっと抱いていた。

「アズマさん、私はこれから鈴珠さまをどうすればよいのでしょうか」

「ん、娶るんじゃなかったのか?」

「私は真面目に訊いているのです」

 赤信号の交差点でミニバンは停まり、アズマはくわえていたタバコを灰皿に押し付ける。タバコの臭いに、アロマから発せられるラベンダーの香りが混じる。

「鈴珠さまを人間の世界に馴染ませるべきなのか。あるいは鈴珠さまの神さまのお力を取り戻すべきなのか。いずれにせよ私に何ができるのか」

「まっ、なるようになるだろ。焦るなレキ。お前が心配するまでもなく運命の歯車ってやつは滞りなく廻り続けるものなのさ。それも結構、お前たち人の子に都合よくな」

「あなたの言葉遊びは聞き飽きました」

「心外だな。真理をついたつもりだぜ」

 アズマは都合の悪い質問をされたとき、道化めいた言い回しでレキをはぐらかす。昔から変わらない。

 アズマの冗談に付き合っているのも馬鹿らしくなったレキは、疲労のこもった溜息をついた。

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