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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
おまけストーリー
59/59

前日譚:レキと鈴珠の馴れ初め(4/4)

 ――アズマさんに車を出してもらうべきだったか。

 レキは後悔しながら住宅街を早足で歩いていた。

 この調子では、鈴珠(すず)の神社に着く頃には日付が変わってしまう。

 長い時間、雪道を歩いていたので靴の中まで湿っている。凍てつき、脚の指先はもはや感覚を失っている。水を含んだ靴は重く、ぶよぶよとした感触が不快でレキを苦しめる。

 ――あのとき鈴珠さまを引き止めるべきだった。

 レキの後悔は尽きない。

 自分は人間で、鈴珠は神さま。人には人の、神には神の事情や領分があるのかもしれない。そういった心の弱さがもたらした考えが「行かないでください」の一言を押し留めてしまった。

 そして、鈴珠が暗闇の中に消えてから急に思い浮かんできたのだ――あの神さまの少女がおいしそうにうどんを食べる様子を。レキの膝を枕にして眠っているときの呑気な寝顔を。花尾の町を見下ろしているときの、居たたまれないくらい切ない表情を。

 神だろうが人だろうが、あの捨て去られた神社に一人きりで寒さに震えているなんて寂しいに決まっている。

「鈴珠さま!」

 鈴珠は案外早く見つかった。

「なんじゃレキか。ワシを追ってきたのか」

 彼女は近所の公園のブランコに腰かけていた。

 さながらスポットライト。街灯の狭い明かりが彼女を照らしている。

「てっきり神社に帰られたかと」

「帰ったところで誰もおらんし、誰も来んからの。あんなぼろぼろの神社なぞには」

 痛々しい自嘲をレキに向ける。

「むなしくなってしまったわい」

 獣の耳が生える頭にはうっすら雪が積もっている。小さな肩にも。

「誰にも知られぬワシは、見知らぬこの世界でどうやって暮らしていけばいいのじゃ。鈴珠音命(すずのねのみこと)という神がこの世界に存在する意義は……果たしてあるのじゃろうか」

 鈴珠は雪の降りしきる暗黒の空に問うた。

 レキが歩を進める。

 鈴珠はブランコから降り、近づかれた分だけ彼女と距離を取る。

「いかんぞレキ、それ以上は。ワシら花尾の神々にとって人間社会への深入りは禁忌とされておる。おぬしとワシの関わりは今夜限りじゃ。これ以上の接触は神々の怒りに触れるであろう。おぬしにもそれが被るのじゃぞ」

 おかまいなく鈴珠へと歩み寄るレキ。

 鈴珠もそれに合わせて後退る。

 滑り台に背をぶつけたところで逃げるのを諦め、レキの抱擁を受け入れた。

「自分がいる意味がないだなんて、悲しいことを言わないでください」

「……うむ」

「私は鈴珠さまのことを知っています。ならばここからが鈴珠さまの出発点です。私のところから新たに始めましょう」

「……うむ」

「帰りましょう。私たちの帰るべき場所へ」

「うむ」

 鈴珠の涙が引っ込むまで胸を貸していた。

 鈴珠の身体は冷え切っていた。か細い腕は凍っており、髪には雪がまとわりついている。ずっと天を仰いでいたのだろう、まつげにも雪のかけらが乗っていた。

 このか弱い神さまを守れるのは自分だけなのだ。そんな強い使命感にレキは駆られていた。同時に彼女への愛しさもいっそう強まっていた。

「おっ、ちょうどいいところにいたな、お前たち」

 公園の前に一台のミニバンが停まる。

 運転席のパワーウィンドウが下りてアズマが頭を出してきた。

 後部座席に招かれるなり、レキと鈴珠は白くて丸いものをそれぞれ渡された。ほかほかに温まっていたそれは、かじかむ二人の手を癒した。

 二つに割る。中にはぎっしりと具が詰まっていた。

 レキのものには豚肉と野菜。鈴珠のものには甘い香り漂うあんこ。

「おいしそうな肉まんです」

「ワシのはあんこが入っておるぞ」

「チビッコ神さまは甘いのが好きだろ?」

「誰が『チビッコ』じゃ」

 鈴珠がアズマを指差し、神の力を発動させる。

 片手に持っていた彼のカレーまんが潰れ、具が飛び散った。熱々のカレーを顔面に浴びたアズマは「ぎゃっ!」と悲鳴を上げてハンドルをあらぬ方向に切ってしまう。二車線の雪道を走るミニバンは危うげに蛇行した。

「運転してるときに妙ないたずらは止めろって!」

 アズマがうわずった声で非難する。

「ワシが悪いのではないぞ。ワシをこけにしたおぬしが悪いのじゃ」

 鈴珠は悪びれもせず後部座席のシートにふんぞり返っていた。


「おてんば小娘なところは相変わらずか」

 レキの肩越しにアズマは部屋の様子を窺う。

 濡れた着物が廊下に脱ぎ散らかされている。

 鈴珠が風呂場でシャワーを浴びている間、レキは玄関先でアズマと立ち話をしていた。アズマの鼻先はやけどで赤くなっており、レキから渡された濡れタオルを顔に当てていた。

「アズマさんは鈴珠さまを以前から知っていたのですか」

「んなまさか。どうした、いきなり」

「いえ、そんな口振りだったので」

「そうか? まあ、言葉のあやだ。深い意味はないよ」

 アズマは大きなあくびをする。日付は間もなく明日に変わろうとしていた。

「そろそろ寝るかね。レキ、あんまり夜中に出歩くなよ。『鬼』の噂、お前の学校でも流行ってるんじゃないか?」

「一つ目の巨人が夜に街を徘徊する――という眉唾の都市伝説ですか」

「都市伝説ねえ。だといいがな」

 アズマの含みのある物言いが先ほどからレキは引っかかっていた。

「おやすみ。休みだからって夜更かしは体に悪いからな」

 ――歯車は噛み合った。やがて大いなる運命が廻りだす。

 背を向ける間際にそんな独り言がレキの耳に届いた。

 アズマは階下の管理人室に帰っていった。

 ――おーい、レキや。このシャワーとやら、どうやって止めるのじゃ。

 エコーがかった鈴珠の声がする。

 風呂場に行こうとしたら、鈴珠が体も拭かずに素っ裸のまま廊下を歩いており、レキは仰天した。

「テレビはあるし、油揚げもあんまんもおいしかったし、風呂のシャワーもたいそう気持ちよかった。八十年後の世界も存外居心地がよいのう」

 腹を満たし、風呂で温まった鈴珠は活力を取り戻していた。

「忘れておった――レキ、おぬしもいるからじゃぞ」



前日譚 (了)

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