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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
おまけストーリー
57/59

前日譚:レキと鈴珠の馴れ初め(2/4)

「この神社は長らく人の手が入らず、ついには廃れてしまったと聞き及んでいます。神社の名前は確か……そういえばアズマさんから聞いていなかったな」

「ワシが祀られておった神社に似ておる。とはいっても、こうも廃れてはおらん。祀られておる神は何処に行ったのじゃ」

 腐り落ちた挙句、雪にまみれた神社の成れの果て。

 自分はどうして見知らぬこの場所にいるのか。

 鈴珠(すず)は首を捻り、曖昧な記憶を遡っている。

 捻った首はなかなかもとに戻ろうとしない。

「鈴珠さまは何故、葛籠(つづら)に入っておられたのですか」

「葛籠の神じゃからの」

 記憶の手がかりを得ようとしたところ、レキの意図とずれた答えが返ってきた。

 柔らかそうな髪の下から生えている狐の耳が神経質に動く。

 鈴珠はどれほどの神格を持つ神なのだろうか。口調自体は老婆のそれでありながら、言動の中身は年齢相応、どこか垢抜けていない。レキは幼き少女の姿をした神についてあれこれ思いを巡らせていた。

 境内から花尾の街の全景を見下ろした鈴珠は「おかしいぞ」と不可解がる。

「人間の住処の背がどれもこれも高くなっておる」

「背が高い?」

 鈴珠の発した妙な言葉にレキも首を傾げる。

「ワシが知っておる人間の家屋はもっと平らだったぞ」

「今も昔も、日本の一軒屋はこういうものです」

「しかも息苦しいほど敷き詰められておる。こんなにたくさん人が住んでおったら窮屈じゃろう。むむっ、遠くにあるあの塔はやたらに背が高い。花尾百貨店どころではないぞ。天まで届きそうじゃ」

 鈴珠が『塔』と呼んで指差す先にはビジネス街の高層ビル群があった。

「首都にはもっと高いビルがあります」

「ビルという塔なのか。あれより高いとなると、神の世界に達しかねんぞ」

 レキとの会話がさっぱり噛み合わない。鈴珠は若干苛立っている。

 いても立ってもいられなくなった彼女がやにわに走りだす。

 突飛な行動に驚いたレキは幾度かのまばたきの後、遅れて鈴珠を追いかけた。

 狐の神さまは雪の積もった参道を疾風のごとく駆け、石段を下りる。道を遮っていた倒木をひょいと飛び越えてしまう。着ていたコートがはだける。

 雪をはらんだ風がレキの行く手を阻み、二人の距離は広がるばかり。

 鈴珠が住宅街に入っていく。

 白い景色に赤い和服。

 神社の建つ丘の上からでも神さまの姿は目立った。


 だいぶ遠回りをしたにもかかわらず、レキはあっさりと鈴珠に追いつけた。

 鈴珠は住宅街の道端で尻餅をついていた。

 雪の上に直に尻を乗せているせいで、着物が無残に湿ってしまっている。傍目にも尻の不快な感触が伝わってきてレキは顔をしかめてしまう。鈴珠も当然、涙目になっていた。レキが手を貸すと、彼女は「車にひかれそうになったのじゃ」と鼻水をすすった。

「ここは車がぎょうさん通っておる。胆をつぶした」

「郊外のベッドタウンですので、天候が悪い日は必然的に交通量が増えます」

「服に家に塔に車……たかが数ヶ月で人間の文明はこうも進歩するとは」

「鈴珠さまはそんなにも寝ていらっしゃったのですか」

「最後に記憶に残っておる季節は夏じゃ。せみがやかましくわめく境内で、童どもが鞠をついて独楽(こま)を回して遊んでおった。そうじゃ、何ゆえワシは何ヶ月も……」

「鞠? 独楽?」

 鈴珠の違和感がレキにも伝染する。

 二人の認識の食い違いは数ヶ月どころではない。

「レキや。ここはまことに花尾なのじゃな?」

 鈴珠の恐るおそるの問いかけに、レキは慎重に首肯する。

 間違いなくここは花尾市花尾町である。

 ただし、二人の言う『花尾』が同一の場所であるとは限らない。

 鈴珠が尻餅をついていた前の一軒屋を指差す。

 門扉には『KAGA』と洒落た表札が飾ってあり、家そのものも黒と白を基調にした洒落た意匠が施されている。昨今増えつつあるデザイナーズハウスである。

「この家にスセリなる娘は住んでおらんか。加賀スセリという名の、金持ちの小娘じゃ。女学校に通っておるし、おぬしと歳も近いはず。おてんば娘で有名じゃ。おぬしも名くらいは知っておるじゃろ」

 赤の他人の家である。娘の名前どころか家族構成すらわからない。

 困ったレキが黙っている間にも、鈴珠は矢継ぎ早に思い出を語っていく。

「確かにここに住んでおったのじゃ。町や家が様変わりしようと足が憶えておる。あやつに手を引かれ、父上に隠れて神社を密かに抜け出して足を運んだのじゃ。幾度も幾度も」

 土地柄、この地域には加賀姓の家庭が多い。レキが通う高校のクラスにも加賀姓の生徒は二人いる。あまつさえそのうちの片方がレキ当人――加賀暦(かがこよみ)である。不安から逃れるようにまくしたてる鈴珠に対し、レキは残酷な答えしか持ち合わせていなかった。

 言外から察したのであろう。鈴珠はそれ以上問い質すのを諦め、しゅんとうなだれてしまった。獣の耳も、太いしっぽも、力を失って倒れた。

 ――鈴珠さまは、もしかすると。

 レキの憶測が正しければ、鈴珠の眠りは数ヶ月どころか……。

「露西亜との(いくさ)から何年経っておる」

「ロシア? まさか日露戦争のことですか?」

 雪の降りしきる虚空を見つめながらレキは頭の中で逆算する。じれったそうにしていた鈴珠が最終的に声を荒らげて「一体今は西暦何年なのじゃ」と急かしてきた。

 レキが現在の西暦を告げる。

 鈴珠の瞳孔がみるみる開いていき、丸い目が更に丸く剥かれた。

「そんな……ワシは八十年も眠っておったのか!」

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