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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
おまけストーリー
56/59

前日譚:レキと鈴珠の馴れ初め(1/4)

 レキが葛籠(つづら)を見つけたのは寒い十一月。

 降り積もる雪が街を白一色に変えていた十一月。

 鬼の噂が高校生たちの間でささやかれていた十一月。

 鈴珠(すず)神社がまだ荒れ放題だった頃である。

 あの頃はレキも勉学に励む普通の高校生の少女だった。

 神さまは架空世界の存在だと信じており、魔導士(まどうし)など存在すら知らなかった。

 あの日、葛籠のふたを開けるまでは。



 十一月の上旬。某日の午前。

 呪文が記された、魔よけの札らしきものでふたが封じられたその葛籠は、神社の本殿に無造作に置かれていた。神社の清掃を頼まれたレキがそこに上がり込んで、最初に目にしたものだった。

「アズマさん、どうしましょうか」

 封がしてあるからには無闇に開けてはまずい。判断に迷ったレキは、保護者代わりの兄貴分アズマの指示を待った。

 神社の清掃に励むレキとは対照的に、彼は妹分に掃除を任せ、境内でタバコをくゆらせながら花尾町の全景を眺めていた。

「んー、ああ。とりあえず開けてみてくれ」

「封がしてあります」

「誰にも管理されていない、見捨てられた神社だ。今更誰も怒らんよ」

 元はといえば彼が神社の清掃を頼んできたのに、随分とおざなりな返事である。もっとも、彼が大体いい加減な性格であるのはレキも承知している。

 レキは札の端を爪で引っかいて剥がした。

 すると、百年分もの経年が一瞬で駆け抜けたかのように、札はぼろぼろの紙くずと化した。封印はあっけなく解かれた。

 中で待ち受けるのは宝の山か化け物か。あるいは戒めの煙で老人にさせられるか。

 期待と恐れ半々に、レキは葛籠のふたを持ち上げた。

「……女の子!」

 葛籠の中で、幼い少女が脚を折り畳んで眠っていた。

 化け狐――レキはとっさにそう思った。

 頭に獣の耳を生やした少女は、尻から伸びる獣の太いしっぽを枕代わりに抱いて安らかな寝息を立てている。外見どおりの年齢ならば小学校低学年ほどと見受けられる。


「アズマさん、大変です。葛籠の中から狐耳の女の子が!」

 アズマの助けを求めに外へ。

 ところが、雪が降りしきる境内はもぬけの殻。タバコを楽しんでいたはずの彼は忽然と消えうせていた。日ごろから気まぐれな兄貴分だが、今日ほど頃合の悪い日はない。レキの焦燥は募るばかりであった。

「どうしたのじゃ」

 聞き慣れぬ女の子の声がして振り返る。

 狐耳の少女が目を覚まして葛籠から出ていて、レキの服を引っ張っていた。

「スセリ、騒々しいぞ」

「スセリ……? 私の名前はレキだ」

「ふむ、人違いじゃったか。してレキとやら、ここはどこじゃ」

 老婆のようなしゃべりかたをする狐耳の少女は周囲を見回している。

 境内は一面、雪化粧。

 打ち捨てられ、腐り落ちた神社の本殿を怪訝そうに見上げている。

「狐耳の少女、お前は何者だ。幽霊か妖怪か?」

「問うておるのはワシじゃぞ」

 寝起きのせいか、機嫌が悪い。

 狐耳の少女は目やにを擦り落としてから、指先で前髪の具合を直す。

「ワシの名は鈴珠音命(すずのねのみこと)。ここら一帯を任されておる狐と葛籠の神ぞ」

「神……」

「人間たちからは『鈴珠さま』と親しまれておる」

 鈴珠(すず)と名乗った狐耳の少女は偉そうにふんぞり返っている。

「レキとやらは妙に異国じみた服を着ておるの。舶来ものか。ワシを知らんということは、花尾の外から来たよそ者じゃな」

「実家から離れた高校に通うため、アパートに下宿している身の上だ」

「そのサムライめいた口調はおぬしの故郷の訛りかの」

「いや、私の性分だ」

 鈴珠音命など聞き憶えのない神である。

 とはいえ、人並み程度の信仰心しか持たぬ一般人のレキが知っている神といえば真白(ましろ)大神くらいである。この花尾の地に祀られている最も偉大な神だ。かの神なら、それこそ花尾の街の誰もが崇めている。

「いだだだだ。何をするんじゃ!」

 いきなり耳を引っ張りだすレキに鈴珠は涙目で非難する。

「その耳としっぽ、本物か」

「当たり前じゃろうが!」

 飛び退いた鈴珠はレキに手をかざす。

 針葉樹に垂れていた無数の小さな氷柱が一斉に折れ、レキめがけて飛翔する。氷のつぶてを全身にちくちくと浴びた彼女はたまらず屈み、頭をかばった。魔法か、妖術か、念動力か。とにかく超常現象的な力を鈴珠は働かせている。

 鈴珠の全身から青白い光が浮かび上がっている。

 周囲に漂っている赤っぽい球体は鬼火の類か。

「本当に神さまがいるだなんて」

 レキはあえぐ。

「ようやく信じたか。信心の足りぬ若者めが」

 鈴珠は恨めしげな目つきをしながら、耳としっぽの毛を逆立てていた。

「疑ってすまなかった、鈴珠」

「近頃の若者は乱暴でいかん」

 真冬にもかかわらず鈴珠の身なりは赤い着物一枚。頭の上から胸元を覗き見たとき、下は素肌だった。足にいたっては裸足である。素足のまま雪の中を歩いる様子はとても居たたまれなかった。

「そんな格好では風邪を引く。とりあえず私のコートを着るといい」

「ワシは神さまじゃぞ。口の利き方がなっとらん」

「す、すみません……鈴珠さま」

 鈴珠はレキから差し出されたコートをひったくって袖を通す。小柄な鈴珠が長身のレキのコートを着たせいで裾が地面に触れてしまっていた。

「あったかいのう」

 神さまはご満悦だった。

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