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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
終章――未来のかけら
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第52話:君をさがして

 先制攻撃をしかけたのはレキからだった。

 意識が遠退くのを感じたときには既に遅く、彼女の肉体一切を禍我(まが)に支配されていた。禍津薙(まがつなぎ)を逆袈裟に薙ぐと、衝撃波が地を走って黒騎士に襲いかかった。

 まさか彼女から戦いの火蓋を切るとは思ってもみなかったらしい。反応に一瞬遅れた黒騎士は衝撃波の直撃を受けて大きくのけぞった。レキの身体を操る禍我はとどめとばかりに魔力の矢を放った。

 頭の中で禍我の声が反響する。

 ――新たなる(あるじ)加賀暦(かがこよみ)よ。そなたが志を成し遂げられる人間であるのを黒騎士に教えてやるのだ。

「腹をくくれということか!」

「それでよい、サムライよ。理想を語るばかりで力の伴わぬ者に、計り知れぬ業を背負いし我が主を任せてよいものか。汝に勇気とつりあう力は伴っているか」

 黒騎士は右腕のガントレットで魔力の矢を受け止めていた。

 鞘から剣を抜き、背を低く屈めて疾駆する。近接戦闘をしかけてきた。

 身体の自由を半分ほど取り戻したレキは、禍我の補助を受けつつ黒騎士の剣を禍津薙で受け止めた。すさまじい重量が両腕にのしかかった。

 息もつかせぬつばぜり合いが始まった。

 宣言どおり、黒騎士は語る口無く戦いに臨んだ。

 一方、クルスたちの戦闘も苛烈を極めていた。

 召喚された二足歩行の小型恐竜。二匹いるうちの一体をフィオ、クルス、白猫フォルテが、残りの一体を鈴珠(すず)が相手していた。

 クルスが矢面に立って電撃魔法でけん制し、フォルテが光の帯で恐竜を絡め取ろうとする。フィオは二人が恐竜を捕縛した瞬間に備えて銀の銃を構えていた。真白(ましろ)大社で戦った重装竜と比較して小型の恐竜ではあるが、軽い身のこなしを生かした爪と牙による攻撃は脅威の一言であった。恐竜が攻勢に出るたび、クルスの肌に鮮血弾ける切り傷が一筋ずつ刻まれていった。

 鈴珠はカマイタチをはらんだ爪で果敢に近接戦闘をしかけていた。氏神の娘による荒神の乱舞は恐竜に防戦一方を強いていた。無闇で乱暴な戦い方であるものの、風の刃が恐竜の喉笛を掻くのも時間の問題であった。

「黒騎士オヅ、わからずやのお前を説得してみせる!」

 ――主よ、我が力を貸そうぞ。

 筋力、動体視力、判断力、瞬発力、野望、希望、欲望――潜在する真価が呼び覚まされて意識が十倍、二十倍と加速していく。死の恐怖が(いくさ)の昂りに変換されていく。レキの中で本人と禍我の自我二つが混濁していた。

 力任せに禍津薙を横に払って剣をさばく。

 黒騎士は踏み込みと同時に、払われた剣を再度振り上げる。

 至近距離で黒く閃く太刀筋。

 膝の伸縮を最大限発揮させてレキは紙一重で飛び退いた。剣閃の余波で、彼女がいた場所の床が砕けて巻き上がった。敵の間合いの外に出られたレキは禍津薙を振るった。

 放たれる飛び道具を真っ向から受け止めながら黒騎士は前進する。この期に及んでも彼は潔い決闘を追求していた。

 暗黒剣の間合いに再びレキを捉えた。剣を振り上げた黒騎士はレキめがけて水平に跳んだ。その心意気に応えるべく、レキも高速で突進してくる彼の懐にあえて飛び込んだ。ポニーテールが荒々しくたなびいた。

 黒と黒、二つの疾風が正面から激突する。

 黒騎士の剣が振り下ろされる――それよりわずか、ほんのわずか、毛先に触れるかどうかの寸前、わずかに先んじて、レキの拳から繰り出された渾身の一撃が漆黒の甲冑ど真ん中にめり込んだ。

 軸足と腹に力を籠めて拳を振りぬく。

 音の速度を超え、光の速度すら超えかねない加速で大質量の塊と化した黒騎士も、乙女の決意には敵わなかった。吹っ飛ばされた黒騎士は、恐竜の展示品を巻き込みながら壁に激突して粉塵を巻き上げた。

 粉塵が収まって視界に映ったのは、地に伏した黒騎士。

 百倍速で疾走していた意識が速度を落としていく。

 息を整えてから、レキは言った。

「がさつと思われがちな私だが、誰かを殴ったのは今日が初めてだ」

 仲間たちの戦いにも終止符が打たれていた。

 片方の恐竜はフォルテが伸ばした光の帯に拘束され、フィオの弾丸を撃ち込まれていた。大魔導士の魔力をエネルギーにして射出された弾丸は、標的を空間ごと捻じ曲げて圧殺していた。矢面に立っていたクルスは満身創痍で、展示物に背を預けて呼吸を荒らげていた。

 もう片方の恐竜は鈴珠のカマイタチに首を斬り落とされていた。父から受け継いだ龍穴の魔力で神格を取り戻した彼女に敵はいなかった。

「強き少女よ。汝こそ我が主の友に相応しい」

 剣を杖にして黒騎士はよろめきつつも立ち上がる。

「契約に縛られし我の代わりに、どうかあの娘を叱ってくれないか」

 柄を握る手が緩んで、膝を折って崩れる。床に倒れる間際に黒騎士の実体は消え、異界に帰還した。

「……黒騎士オヅ。きっとお前がそばにいてくれたから、あてどない希望にたどり着くまでの日々をドミナは子供のままで過ごせたのだろうな」

 自分と黒騎士は、鈴珠とドミナは、似た者同士なのかもしれないとレキは思った。

 残された漆黒の剣が粒子となって霧散していく。まばたきを二度繰り返す短い時間で完全に消滅した。

 血まみれのクルスにレキは青ざめる。

 手当てしようと差し伸べた手は彼に払われてしまった。

「この程度のかすり傷、五分も休めば塞ぐ。とっとと先に行け」

 クルスは声を絞り出して強がった。

 フィオはポーチから新たな弾丸を装填する。

「一階にまだ恐竜がいないか見回ってくるわ。クルスさんの手当ては私たちに任せて、コヨミさんと鈴珠さんは魔女ドミナを追ってちょうだい」

「急ぐんだ。魔女が階上へ向かったなら目的はたった一つだ」

 恐竜が一掃されてもまだ『たまご』が残っている。

「コヨミさん。ドミナさんをどうかお願い」

 魔導士を脅かしていた病の克服は彼女たちの犠牲で成り立った。運命に翻弄され、大多数の幸福ため、生贄に捧げられた少女を救ってほしい。両手を握り合わせたフィオが祈るように懇願した。


 階段を駆け上がって二階を通り越し、最上階の三階にたどり着く。来場者に開放されているのはこの階までで、屋上へは関係者用通路と非常階段を通って目指した。

 ――レキ、もう一つ教えてアゲル。

 左回りの階段が続く狭い縦長の空間にドミナの幻惑めいた声が響く。

 ――アナタたちが倒した鬼はね、ホントは善なる妖怪だったのよ。

「外道魔導士シグマが使役していた鬼か」

 ――聞き分けのない子供を『お仕置き』するために親が作り出した空想上の妖怪。それが百年、二百年と語り継がれていくうちに言霊の魔力でタマシイを宿し、現世に実体を得た。だから死悪鬼(しおき)って当て字なの。呪縛の力を宿した魔眼は逃げる子供を捕まえるため。

 ――やさしいレキがそれを知ったら戦いをやめちゃうから、金髪魔導士たちは黙ってたんじゃナイ?

 ――都合の悪い事実を隠して善人ぶって、見てくれのよい体裁を繕う。そんな人たちサイアクだと思わなくて?

「それは違うのじゃ、魔女よ」

 レキの気持ちを鈴珠が代弁する。

「人だろうが神だろうが皆、大なり小なり弱さを隠して生きておる。己の病をレキに告げるのをためらったおぬしもその内の一人じゃ」

 ドミナの反論は聞こえてこない。

「大魔導士どのが独善を盲信するままおぬしの親を手にかけたと、まさか勘違いしておるのではあるまいな」

 そもそも鈴珠の声が届いているとも限らない。

「流行病の迫害に苦しめられたのじゃろう。おぬしの壮絶なる生き様は想像し尽くし難い。じゃが、やけっぱちになって世界を道づれにするのはお門違いじゃ。鈴珠音命(すずのねのみこと)の名に懸けて花尾の地を守護してみせよう」

 レキが声を張り上げる。

「返事はいい。聞こえているなら聞いてくれ」

 一呼吸置いて続ける。

「私はお前を迎えにきた」


 風圧で重い鉄扉をこじ開ける。

 地上からだいぶ高い場所の屋上。

 大小強弱色とりどりの光が無数にまたたく花尾市の全貌を眺望できる。クリスマスに浮かれる街の喧騒までは届いてこない。

 強い風が耳元で暴れている。

 間近で見る『たまご』の巨大さにレキと鈴珠はしばし圧倒されていた。たまごというよりも大規模なシェルター。もしくは近未来的な流線型の船に近かった。

 屋上の柵をまたいで屋根に飛び移り、足元に注意を払いながら接近する。

 目の前まで近づいて初めて、たまごが数ミリ微妙に浮遊しているのにレキたちは気づいた。汚れ、歪みどころか影すらないそれは二人の遠近感を狂わせた。

 たまごに触れようとした鈴珠の腕が殻の中にめり込む。

「偽物の立体映像……?」

「実体の無い概念。超高次元領域へと続く『扉』じゃ」

 肘まで突っ込んでいた腕を引っ込める。

「ここから先は魔女の根城。当然、虎の子もいるじゃろう」

「ドミナを迎えにいきましょう。きっと待っています」

 二人手を繋ぐ。

 同時に一歩踏み出して、つま先から『たまご』の中に踏み入った。

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