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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十三章――運命の時へ
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第50話:生きるために

 あくる日の陽が高く昇った時刻、フィオが一枚の写真と分厚い書物を携えて帰ってきた。

 色あせた古い写真に親子三人が写っている。

 最奥で柔らかに微笑んでいる中年の男女はフィオの両親。手前ではにかむ眼鏡の幼女は在りし日のフィオ本人だと一目で分かった。

 写真の背景に偶然もう一組の家族が写っている。散歩する老夫婦と孫娘らしき赤髪の少女。少女はトカゲの玩具を抱いている。

 レキ、鈴珠(すず)、クルス、フォルテの三人と一匹は息を呑んだ。

「これは三十五年前に撮った我が家の家族写真。後ろの女の子とは一度だけ話した記憶があったの。当時流行っていたトカゲのおもちゃで遊ばせてもらいたくて。次にこっちの本を見てちょうだい」

 写真を脇に寄せたフィオはテーブルの真ん中に分厚い書物――魔導士名鑑の、付箋が貼られたページをめくる。

 めくられたのは八十年前の先代大魔導士が紹介されてるページだった。ページの左上に先代大魔導士とその一族が揃う写真が掲載されている。写真の端に写る人物をフィオは指差した。

 後ろ手にすまし顔をした少女。

 モノクロ写真のため髪の色まではわからない。ただ、小生意気そうな表情のつくり方はフィオの家族写真に写る少女と瓜二つだった。

 フィオはページを前にめくり、二十年前の魔導会本部正面が写されたカラー写真のページを広げる。そこにも一人の少女が写っていた。

 風景の一部として遠くに写っているせいで顔は潰れている。しかし今度は断言できた。彼女がフィオの家族写真にも写っていた紅い髪の少女だと。

 三十五年前、八十年前、二十年前。三つの写真に同一の少女が写っている。

「こやつ、魔女ドミナじゃ!」

 三つの写真に写る少女とレキの記憶に残るドミナの輪郭は確かに重なった。

「まぁ、不死はともかく、不老自体は魔法でどうにかなるからね」

 フォルテがさして驚かずに言う。

 魔導士の体内を循環する魔力は老化を和らげる作用がある。その作用を人為的に強めれば老いを完全に止めるのも理論上は可能だという。

 ただし副作用もある、とフィオが補足した。

 魔法で老化を食い止められても、絶えず流入する情報に脳が圧迫されていく。そして最終的に、脳の記憶領域から記憶が溢れて精神崩壊に至る。ゆえに不老の魔法は不完全な術とされ使用を禁じられていた。

「ドミナは老化と病の進行を止めて九十年以上生きている……」

 持病を治す技術が確立するまで生き延びる算段だったのだろう。そうフィオが推察した。

 魔導士名鑑を閉じ、家族写真を胸ポケットに収める。

「成長期が過ぎた中高年ならともかく、あんな幼い子供が禁じられた不老の魔法で生きながらえているだなんて誰が考えつくかしら」

「魔女は病を治したいあまり転生珠(てんせいじゅ)を奪取する強攻策をとり、神々と魔導会の怒りを買った。早まって進退窮まるとは無様だな」

 八十年前から現在まで、怪しまれぬよう名前を変えながら別人として生きてきたのだろう。心休まる日がなかったであろう生き様を慮ってレキの胸が痛んだ。


 客人たちが部屋を去る間際、レキはフィオを呼び止めた。

「フィオ先生。ドミナは常夜病に感染しているのでしょうか」

「コヨミさん、どうして常夜病を――」

 レキがその存在を知った経緯を察して、フィオは言葉を途中で切った。

 罵倒と裁きを待つ罪人のようにうなだれる。

 居たたまれなくなったレキは「……すみません」と謝罪した。

「コヨミさんが謝らなくてもいいのよ。フォルテが吹き込んだのでしょう?」

 努めてつくる笑みには拭いきれぬ陰りがあった。

 常夜病は現在、感染経路が判明して防止策が徹底されている。

 ただし、治療法は未だ研究段階を抜け出していない。

「復讐なのかもしれないわね」

「復讐?」

 おうむ返しに尋ねられたフィオは「ただの独り言よ」と慌ててごまかした。

「老化の抑制、もしくは肉体に流れる時間を停止させているか。病の進行を確実に抑えるのなら後者かしら。いずれにしても、黒騎士の召喚に魔力を割いているせいで症状の進行を抑えきれていなかったのでしょうね」

 落ち込むレキの指先をやわらかく握り、体温を送って温める。

「私なら平気よ。夫を永遠に失ったのは因果応報、しかるべき罰なのだから」

「フィオ先生は自分を犠牲に愛する人を救う未来を選びました。因果応報が世の理ならば、先生にもいつか幸せが訪れると私は思います」

「そういうポジティブな考え方、私は好きよ」

 フィオはレキをやわらかく抱擁して感謝を表現した。

「決戦は今夜よ。英気を養っておいてね……『生きる』って難しいわ」

 フィオを傷つけてしまった負い目ももちろんあった。しかし心優しい大魔導士はレキが隠すもう一つの想いに最後まで気づかなかった。

 客人たちを帰して一人になってからレキは「ドミナ、頼むから私を待っていてくれ」と密かに祈った。まるでそれが背徳的な行為であるかのように。


 気晴らしに素振(すぶ)りでもしようと竹刀(しない)を片手に外へ。

 すると、駐車場のほうから鈴珠とアズマの声が聞こえてきた。

「のう、アズマや。ワシは今夜、魔女と戦わねばならんのじゃぞ」

「うん? 夜までまだまだ時間があるだろ。言い訳しないでほら、これ頼むぞ。道路の脇のほうに捨ててくるんだ。それにしても、たった一晩で膝の下まで積もるなんてな。やれやれだ」

「ワシは雪だるまをつくりたいのじゃ」

「物好きな神さまだ。俺はもう雪を見るのもうんざりだぞ」

 雪が満載されたプラスチック製のそりを鈴珠はえっちらおっちら引いていく。アズマはスコップで足元の雪を掘り、もう一台のそりに積んでいく。二人とも額に汗をしたたらせて労働に勤しんでいる。青空の下、管理人と居候の雪かきは黙々と行われていた。

 レキの気配を察したアズマは、空っぽのそりを軽々引いて戻ってきた鈴珠を苦役から解放してやった。そりをほっぽり出した鈴珠は、アズマの気が変わらぬうちに部屋へ逃げ帰ってしまった。

 邪魔者は去り、レキとアズマの二人きりになる。

「俺からのプレゼントだ」

 アズマが腕を横に払う。

 放物線を描いて彼の手から飛んでいく小さな物体。

 それをレキは受け止める。

 小さな鈴。付け根には紐が結わえられている。

 それは加賀家と禍我(まが)との因縁の引き金。八十年前、鈴珠がスセリに渡した、神の加護が籠められた髪飾りだった。

 この髪飾りをアズマが持っているはずがない……彼が外見と年齢の一致する人間ならば。

 その矛盾をついたところでどうせしらばくれるだろう。兄貴分の性格を熟知していたレキは「アズマさんが持っていたのですね」とだけ言った。期待に添うように彼も「拾ったのさ」と口笛混じりにうそぶいた。

「それはお前が受け継ぐんだ。もともとあいつが加賀スセリに託したものだからな」

 飄々とした態度から一変、有無を言わさぬ真剣さにレキは呑まれた。

「……わかりました」

 鈴の髪飾りをポニーテールに結びつける。心なし活力が湧いてくる。

「レキ、今度の敵は鬼でもなく、使い魔でもなく、竜でもない。まして神でも。相手は正真正銘、お前と同類の人間だ。お前は人を殺すことになる。覚悟しておけ。土壇場で迷いが生じるぞ」

「私は迎えにいくだけです。孤独なあの子を」

「……やっぱ心配になってきたぞ」

 間接的とはいえ仲間を殺めた者を恨まぬばかりか、むしろ救ってやりたいとすら意気込んでいる。妹分の人並みはずれたお人よしさに、アズマは悩ましげに頭を抱えていた。

「まぁいい。とにもかくにも髪飾りだけは肌身離さず持っていろよ」

「アズマさん、今までありがとうございました」

 ぺこり、恭しくお辞儀する。

 アズマは皮肉っぽく肩をすくめる。

「死地に赴くサムライの言い草じゃないか」

 レキはかぶりを振って否定する。

「私は生きるために戦います。守るために戦います」


 日が暮れて夜。

 鈴珠神社にポニーテールの少女と狐耳の神さま、金髪の魔導士と銀縁眼鏡の大魔導士、白猫型の使い魔は集う。

 夜の街並みの中でライトアップされた博物館と『たまご』が小高いここから望める。

 レキたちの足元には無尽蔵に湧く魔力の泉。

「ドミナを助けたい、か」

 今しがた放ったレキの言葉をクルスは繰り返す。目を伏せ、口元を固く結び、感情を隠している。フィオと鈴珠も大体同じ面持ちをしている。

 愚か者だと罵られるのを承知でレキは正直に告白した。命をかけた魔女との決戦に挑むのに隠し事はしたくなかったからだ。頑として意志を曲げない性分の彼女でも、今度ばかりは彼らの忠告に従うつもりだった。

 彼らの反応は意外にも好意的だった。

「出来る限り手を尽くそう」

「本当か!」

 こくり、クルスはうなずく。

「キミにしては珍しい安請け合いだね」

「ガールフレンドにはやさしいのよ」

 フィオに茶化されて「誤解しないでください」と彼のクールぶった無表情が崩れた。

「転生珠の所有者を相手に殺害を前提で立ち回るのは非効率的だと、シグマとの戦いで学んだのです」

「色気のない方便じゃな」

「化け狐は黙っていろ」

 クルスの真意はさておき、皆の意見は一致していた。

 鈴珠も、クルスも、フィオも、レキに微笑を向けていた。表情まではわからない猫のフォルテも「キミのやさしい想いが、僕らを繋ぐ運命の歯車を廻していたのだろうね」と祝福していた。

「迎えにいこうか、キミの『友達』を」

 目頭が熱くなる。

 かけがえのない仲間たちにレキは心から感謝した。

 鈴珠たちはレキから数歩離れる。

 龍穴(りゅうけつ)を囲む魔法円の中心にレキ一人が残る。

 厳かな深呼吸。

「鈴珠さま、クルス、フォルテ、フィオ先生――みんな、ありがとう。きっとこれが最後の戦いになる。生まれ故郷を守るため、独りぼっちのドミナを助けるため、私に力を貸してくれ」

「とこしえに共にあろうぞ、レキ」

「借りは返す……俺に居場所をくれた」

「親愛なる友人(はらから)よ。キミの燦然たる輝き、最後まで見せてもらうよ」

「この戦いが終わったら、またパイと紅茶をごちそうするわ」

 仲間たちのぬくもりは、恐怖に打ち勝つ勇気となってレキに宿った。

 邪神の扇を握る腕をまっすぐ、星がまたたく夜空に突き上げる。

 足元の魔法円が発光する。

 ふつふつと湧いていた龍穴の魔力が身体を伝って扇に集まっていく。

 禍津薙(まがつなぎ)に魔力が充填されたのを感じ取ったレキは、扇に記されし禁断の呪文を高らかに唱えた。

「魂魄の喰らい手『禍我』よ。覇道は此処に在り!」

 禍津薙から発射された光の玉が夜空に尾を引いて飛んでいく。

 花尾市の真ん中あたりまで飛翔した光の玉は、次ははるか宇宙を目指して上昇していく。そして雲を突き破ったあたりで弾けた。

 地鳴り。

 雷鳴。

 花尾市上空に次元の裂け目が生じる。鏡を砕いたかのような次元のかけらが街に降り注ぎ、中空で消滅する。裂け目はどんどん広がっていく。裂け目の内部では闇を光らす稲妻が荒ぶっていた。

 天空がまっぷたつに割れ、黒き大蛇が頭を垂らした。

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