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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十三章――運命の時へ
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第49話:分かち合うために

 レキたちをアパートの玄関前まで送り届けたフィオは、皆との晩餐を心底残念そうに断って路美(みちび)町の自宅に一旦引き返した。いわく魔女ドミナの生い立ちに心当たりがあるとのこと。

 決戦は明日の夜。残された時間は少ない。

 フィオの車はテールライトの光跡を幾重にもくねらせ、荒々しく雪を巻き上げながら夜の雪道を走っていった。

「恐ろしい奴め」

 クルスが白い息を吐く。

「フィオ先生の運転、結構豪快ではらはらしたな」

「馬鹿か。貴様のことだ、コヨミ」

 きょとんとする無自覚なレキの鼻頭にクルスは指先を突きつける。

「魔力すら持たないただの人間が、邪神をも手なずけてしまうとはな」

 世界を滅ぼす力を入手した自覚があるのか貴様は、と非難する。聞き捨てならなかったレキもすかさず反論する。

「人間だろうが神だろうが言葉が通じれば話し合えるし、分かり合える。花尾の地を守りたいという意志に禍我(まが)は共感してくれた。邪神だろうと神は神。人間に信仰されていたのも事実だ。奴も人間世界を大事にしていたのだろう。ただそれだけの話だ」

 氏神と邪神、冒涜に等しき、相反する二つの力の共有。

 幾千幾万の魔導士たちが夢想した究極の力をレキは持っている。

禍津薙(まがつなぎ)を握るその指一本で世界を滅ぼせるのをゆめゆめ忘れるな」

 忠告した後、クルスはフォルテと連れ添って部屋に帰っていった。

 万能の切り札。コヨミならあるいは……。

 去り際、希望にすがろうとする、かすかな独り言が耳に届いた。

鈴珠(すず)さま、私たちも部屋に帰りましょうか。雪は夜のうちに積もるそうですから、雪だるまの続きは明日にしましょう」

「こっ、こら。待たんかレキ」

 作りかけの雪だるまをほったらかした鈴珠はレキの背中を追いかける。

 雪の上に残る金髪少年と白猫の足跡をたどって、二人も自分たちの部屋を目指した。


「お帰りなさい、レキちゃんと鈴珠さま」

 玄関の扉を開けると、エプロン姿のモモがレキと鈴珠を出迎えた。

 レキは玄関の外に首を伸ばす。

 表札には確かに『加賀』と書かれてある。

「レキちゃん、あんまり外にいると風邪引いちゃうよ」

 お風呂沸いてるよ。それともご飯にする?

 クラスメイトの彼女は新妻めいた台詞で、二人の頭に積もった雪をタオルで拭いた。

 居間では幼馴染の少年――伊勢が我が物顔でくつろいでいた。

「遅かったじゃん。晩飯は諏訪(すわ)さんの手作り料理だぜ」

「い、伊勢……おぬしそれは!」

 伊勢の手元には、鈴珠が大事に取っておいた瓶詰めの水飴があった。

 スプーンが突っ込まれたビンにはもう、底の辺りにしか水飴が残っていない。

 無慈悲な光景を目の当たりにした鈴珠は、理性のたがが外れて猛獣の咆哮と共に彼に躍りかかった。カーペットに寝そべっていた伊勢は抵抗する暇もなく組み伏せられてしまった。鈴珠は散々わめきながら彼を激しく揺さぶった。

「お前たち、当然のごとく私の部屋に居座っているな」

「管理人さんが部屋の合鍵をくれたんだよ。この飴も管理人さんが食べていいって許可したんだから……だから俺の髪引っ張るのやめてくれよ鈴珠さま!」

「アズマめ。この怒り、どうぶつけてくれようぞ」

 伊勢に馬乗りになったまま鈴珠は涙声で歯軋りしていた。

「レキちゃんたちがくたくたになって帰ってくるから暖かく出迎えてくれ、って管理人さんにお願いされたの」

 モモが湯気の立つ湯飲みをテーブルに並べる。

「クルスくんにはメールしたよ」

「ふむ、そういえばそんなことを言っていたような」

 留守にしているはずの部屋に明かりが点いていて、なおかつ味噌汁の香りまで漂ってきていた時点で、レキはなんとなくこうなっているのを予見していたので大して驚きはしなかった。アズマのおせっかいにレキは感謝した。

 モモが夕食の準備をしてくれている間、レキと鈴珠は風呂で凍えきった身体を温めた。

 風呂から上がると金髪の少年と白猫も晩餐に加わっていた。

 水飴を食べられてへそを曲げていたはずの鈴珠は、テーブルにハンバーグが並ぶや曇っていた瞳をきらきらと輝かせた。慣れない手つきでフォークとナイフを操ってハンバーグを切り分けると、中からとろけたチーズがはみ出してきて彼女を二度も歓喜させた。

 自分のハンバーグを平らげた鈴珠は、次は不審そうにクルスの皿に目を凝らす。

「モモや、こやつのハンバーグだけほんのちょびっと大きいのじゃが」

「そっ、そうかな?」

「皿の模様と模様の間で測ると……ほれ、やはりちょっとだけ大きいではないか。ワシのはここからここまでじゃったぞ」

 皿を指差しながら真剣に抗議してくる神さまに、モモは困ったふうに苦笑いしている。

「化け狐の底知れぬ食い意地は禍我も恐れをなすだろうな」

 物欲しげによだれを垂らす鈴珠を横目に、クルスは切り分けたハンバーグにフォークを刺した。

 ――市民の皆様には大変ご迷惑をおかけしています。

 テレビのスピーカーから男性アナウンサーの丁寧な言葉遣いが聞こえてくる。

 画面には花尾市科学博物館の映像。

 平たい屋根に乗っかった(くだん)の『たまご』が、地上から伸びる何本ものサーチライトに照らされている。周囲を防衛する恐竜たちと魔法の障壁が自衛隊の突入を阻んでいる。

 巨大な『たまご』と周囲をうろつく恐竜は、科学博物館が予定している新年の大型イベント用電動模型である――と各メディアでは報道されている。ならば何故、武装した自衛隊が博物館周辺を封鎖しているのか。テレビの向こうの人たちは触れようともしない。

 鈴珠がパソコンを立ち上げてインターネットで調べたところ案の定、ニュースサイトの掲示板であれこれ物騒な憶測が飛び交っていた。あれは合成映像だとかロボットだとか、恐竜の人工育成に成功しただとか……恐ろしくも、好き放題書きなぐられた噂のどれよりも、レキたちが立ち向かう真実のほうがはるかに絶望的だった。

「なんだか怖い」

 モモが隣のクルスににじり寄る。

「俺が、俺たちがすべて終わらせる」

 クルスは『たまご』が映るテレビ画面をいかつい目つきでねめつけていた。

「それよりさぁ」

 呑気な声で暗い沈黙を破った伊勢に皆、注目する。

「あとちょっとでクリスマスじゃん。終業式終わったらパーッとなんかしようぜ」

「パーッと?」

「おうよ。みんなで盛大にさ」

 雰囲気を盛り上げるのは伊勢の得意分野だった。勢い余って立ち上がったどさくさにテレビのチャンネルを変えるところが、ムードメーカーを務める彼の腕前を証明していた。チャンネルは流行のポップスが流れる音楽番組に変わっていた。

「ふむ、そうだな。年明けに実力テストがあるから勉強会でも開くなんてどうだ」

「おいおいレキってば、つまんねー冗談やめ――」

「私もさんせー」

「無難だな」

 堅物なレキのつまらない提案を軽く笑い飛ばそうとした伊勢であったが、何の悪夢かモモとクルスが快く同意したので焦りだす。狼狽しながら身振り手振りを駆使して「だってあれ、成績表につかないんだろ?」「クリスマスって普通遊ぶもんでしょ」「どんだけ勤勉なのアンタたち!」などなど、流れを変えようと躍起になる。

「勉強会じゃワシと白猫どのがつまらんではないか」

 不服そうに頬を膨らませる鈴珠はまさしく助け舟だった。

「そうそう、それそれ! 鈴珠さまってクリスマスパーティーまだ経験してないじゃん。俺たちが率先して楽しい思い出をつくらねーと。一年にたった一度なんだぜ。勉強なんてクリスマスじゃなくてもできるじゃん。おっと、念のため言っとくと日をあらためて勉強会しようって意味じゃねーからな」

「わかった。わかったから落ち着け。お前が勉強したくないのはよくわかった」

 見苦しいくらいまくしたてられたせいで、レキは小言を並べる気も失せてしまった。


 夕食の後片付けが済むと、時刻は九時を過ぎていた。

 玄関の外は闇夜。生けるものあらゆるものが眠りにつく冬の闇夜。道路に沿って点在する外灯の下だけ拙い明かりが落ちており、降り積もる雪を照らしている。

 首周りのファーに顔下半分をうずめた伊勢は、ポケットに手を突っ込みながら寒そうに足踏みしている。

「アズマさんに送ってもらおうか」

「野暮な真似はよせよ。せっかく諏訪さんと二人きりになれるチャンスなんだからさ。前回の遊園地ではふいにしちまったが、今度こそは」

 酷寒でもしたたかににやける。

「伊勢くん、呼んだ?」

 レキの肩越しにモモがひょっこり頭を出した。

「なっ、なんでもないよ!」

 わざとらしく咳払いした伊勢は、だらしなくなっていた口元を引き締める。

「レキたちまたヤバいことやらかすんだろ? だんまりなんて水臭いぜ。まっ、お前のことだからどうせ『ついてくるな』の一点張りなんだろうけどな。安心しろって。俺は命張れるほど勇敢じゃねーからさ」

「お前やモモが待っているから、私は帰るべき場所に帰ろうと強く思えるんだ」

「へへっ、幼馴染冥利に尽きるじゃねーか」

 伊勢は照れくさそうに鼻を掻いた。

 命がけの戦いを勝ち抜いたところで喜びや幸福を分かち合える仲間がいなければ、一体誰が戦いの虚しさを癒してくれるのか。恐竜を操り世界を滅ぼしたドミナは、瓦礫の世界に一人生き残って何を喜ぶつもりなのか。

 ――決心がついたらでいい。私のところに来て欲しい。

 ――嬉しい。でも、キモチだけ受け取らせていただくわ。

 涙ぐんで潰れたドミナの顔が今も脳裏に焼きついている。

 冬空のかなたに消えゆく彼女を無理矢理にでも抱き寄せればよかった。あのときからレキは幾度も後悔していた。

「私には連れ戻さなければいけない子がいる。伊勢、モモを頼んだぞ。お前の勇気は私が買っている」

「オッケーオッケー。任されたぜ」

 幼馴染の少年は大げさな仕草で力こぶしをつくってみせた。

 伊勢が一足先にアパートの階段を下りたのを見計らって、モモが耳打ちしてくる。

「ねえ、レキちゃん。クルスくんのことどう思ってる?」

「どう、とは?」

 質問の意図がわからず訊き返す。

 モモは頬をほのかに赤らめて、先ほどより声をひそめてささやく。

「もしかしてクルスくんのことが好きなのかなー、なんて」

 レキの顔面に火がつく。

 みっともなくうろたえる反応で満足したらしいモモは、伊勢を追って階段を駆け下りていった。薄い鉄板を叩く靴の軽快なリズムが静かな夜に響いた。

「私、レキちゃんに負けないからねー!」

 上の階にいるレキに向かってモモは精いっぱい声を張り上げた。

 唖然としている隙にクルスが隣に並ぶ。

 レキはゆでだこみたいになった顔面を慌てて背けた。

「伊勢や諏訪が待っているから、か。成程それがコヨミの使命の炎を燃やしているのか」

「ま、まあな」

 合図もなくクルスが肩に触れてきたのでレキはすくみ上がる。かちこちに固まっている間に、彼は肩や頭に積もった雪を全部払い除けてしまった。

「体調は万全に整えておけ。じゃあな」

 闇夜に消えゆく友人たちを見届けたクルスは自分の頭と肩に積もった雪も払う。その動作のついでに、ぶっきらぼうに手を振って別れのあいさつをしてきた。フォルテも手すりを伝って(あるじ)に続いた。

 四つ巴のすれ違いを見届けた鈴珠が、からかい半分にレキの袖を引っ張る。

「伊勢の小僧も不憫じゃのう。まぁ、恋愛も戦い。情け容赦は無用じゃからな。心配せんでも、あやつの楽天的な性格を好いてくれる娘もおるじゃろう……おーいレキや。何をぼけっとしておる」

 レキの微熱は寝付いて朝になるまで冷めなかった。

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