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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
一章――神さまと少女たち
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第4話:お伊勢参り

 午後の授業が終わるまで鈴珠(すず)は無人の図書室で大人しく本を読んでいた。

 放課のチャイムが鳴るとレキとモモは再び教室を飛び出して鈴珠を迎えにいった。

 図書室で夏目漱石の『夢十夜』を読んでいた鈴珠を捕まえてレキのコートを羽織らせてしっぽを隠し、狐の耳がぴょこぴょこ動く頭にはモモのニットを被せた。図書委員がやってきたのはその直後であり、レキはひとまず安堵した。

 ふかふかのしっぽも獣の耳もすっかり隠れ、狐と葛籠(つづら)の神さまはすっかり小学生の女の子でしかなくなった。

 当の鈴珠は威厳を失ったと終始嘆いており、地面を擦りそうなコートの裾を邪魔くさそうに持ち上げながら雪道を歩いていた。しっぽと耳があったところで威厳まであったかどうかレキは甚だ疑問であったが。

 ご機嫌ナナメであった神さまも、路線バスに乗ると窓の外の光景に釘付けとなった。

 曇天の下にある薄暗い繁華街は街路樹に飾られたイルミネーションの幻想的な光によってまばゆく彩られている。様々な店の看板や自動車のテールライト、オフィスの明かりも交わって冬の世界は色とりどりの光で満ち溢れていた。鈴珠のみならずレキとモモもその光景にすっかり心を奪われていた。

 ハロウィンが終われば次はクリスマス。町の明かりは当分消えそうにない。

「しばらく眠っておるうちにこの国も随分と豊かになったのう」

「この辺りの町並みは記憶にありませんか。鈴珠さまの神社からそう遠くないはずです」

「いんや、面影すらないわい」

 鈴珠は窓の外に遠い目をやる。

 電線がそこかしこに張り巡らされ、路面電車と和服姿の歩行者が共存する都会。そんな光景に想いを馳せているのだろうか。レキにはわからない。レキは八十年前の世界など歴史の教科書に載っているモノクロ写真でしか知らない。


 花尾総合病院前。

 そのバス停で三人は降りた。

 分厚い雪雲を貫かんばかりにそびえ立つ白亜の要塞。降り積もる雪の親玉がこいつだと思えてしまうほど白く巨大である。県で一番大きな病院だけあって、仰いだときの迫力は鈴珠をおののかせるほどであった。

「レキ、レキや。あの扉はどうやってくぐるのじゃ」

「……鈴珠さま、院内では静かに私の後ろについてきてくださいね」

 入り口の回転式ドアを指差す鈴珠は興奮を隠し切れず、八重歯をむき出しにしてはしゃいでいた。

 ロビーで受付けを済ませ、エレベーターで五階まで上がる。初日こそ場所が分からず延々フロアをさまよい歩いていたが、二度目の見舞いとなれば迷うことなく目的の病室へたどり着けた。

 病室の扉をそっと引く。

 病室には四つのベッドがあり、それぞれ患者が横たわっている。一番窓際のベッドで、いかにも野球少年といった風貌の髪の短い少年がギプスの巻かれた右足を吊るし、携帯ゲームに夢中になっていた。レキたちの姿を視界の端に認めると周囲の目もはばからず元気に手を振ってきた。

諏訪(すわ)さん、今日もお見舞いに来てくれたんだ。俺サイコーに嬉しいよ! あっ、レキも来たんだな」

伊勢(いせ)くんも元気そうでなによりだよ」

 伊勢と呼ばれた少年は幼馴染のレキなど目もくれず、モモの白くて華奢な手を下心丸出しで握った。

「何故私だけいい加減な対応なんだ。そら、見舞いの品だ。遠慮なく受け取るといい」

 伊勢はレキから受け取った紙袋を鼻歌混じりに開ける。中身が欠席した分の課題プリントだとわかった途端「い、いらねえっ!」と露骨に遠ざけた。

「ところでレキ。お前の後ろにいる」

「あ、ああ。この子か」

「そうそう、そのチビは誰だ?」

「チビじゃと!」

 爪を立てて伊勢に躍りかからんとする鈴珠をレキが抑え込む。

 鈴珠は羽交い絞めにされたまま空中で両手両足をじたばた暴れさせていた。

 鈴珠のことをどう説明しようか考えあぐねている隙に、モモがレキの腕から鈴珠をさらって愛しげに抱きしめる。

「この方はねー、鈴珠さまっていう狐の神さまなんだよ。とっても偉いんだからチビなんて言っちゃ駄目だよ」

「そうじゃそうじゃ」

「えっと……諏訪さん、それってどういうこと?」

「鈴珠さまはね、こんなにかわいくても百歳なんだよ」

「そうじゃそうじゃ」

「耳としっぽだってあるんだから」

「そうじゃそうじゃ」

「……あー、レキ。通訳を頼む」

 ぷんすか怒りながら一生懸命鈴珠をかばうモモと、防寒具を脱いで獣の耳としっぽをしきりに自慢する鈴珠、無数の疑問符を頭上に漂わせる伊勢。すべての努力がこの瞬間水泡に帰し、どっと疲労が押し寄せてきたレキは力なく肩を落とした。

「おい、なんかレキの眼チョー怖いんだけど!」

 高校生の戯言など周りの患者は聞き流しているだろう。鈴珠さまの格好もハロウィンの衣装だと信じているはず。あとはこの幼馴染の軽い口を封じれば問題ない。レキは疲労困憊した頭でそんな算段をしていた。

 やむを得ず事情を説明すると、伊勢は半信半疑といった様子で幾度も頷いていた。

「封印の解けた狐と葛籠の神さま、か。なんかウソくせー話だけど、スーパーウルトラ堅物女のレキが言うんだから間違いないんだろうな」

「くれぐれも他言はするなよ」

「安心しろって。幼稚園の頃からの仲なんだから、俺のことはよく知ってるだろ?」

「だから釘を刺したんだ」

 怪我人であろうとレキは容赦なかった。

 何やら思い至ったらしく、レキは眉間に指を当ててしばらく考え込む。それからはっと顔を上げて鈴珠のほうに視線を向けた。

「伊勢の怪我に関して、もしかしたら鈴珠さまなら何かわかるのではありませんか」

「もしかして『鬼』の噂か?」

 レキは首肯した。

 伊勢が足を骨折したのは『鬼』の仕業によるものだった。少なくとも本人はそう断言して譲らない。

 事件は三日前に起きた。

 部活動を終えて帰路に着いてるとき、伊勢はこの世のものとは思えぬ大男――彼女らの言う『鬼』に遭遇した。

 五メートルはゆうにある、一軒家の二階を突き抜けるほどの巨体と、丸太のごとく太い筋肉質の両腕。そして何よりそれを人外たらしめているのは、顔の中央に一つしか存在しない目玉と緑色の皮膚であった。

 巨大な『鬼』に追いかけられた伊勢は暗い夜道を必死に逃げ回り……暗がりで周囲がおぼつかなかったせいで凍った水溜りを踏みつけてしまい、足を滑らせて堤防を転がり川に落ちたのであった。

「なんじゃ、足を折ったのはおぬしが間抜けだったからではないか」

「その言い草はひどいぜ鈴珠さま。俺もほうほうのていだったのよ。あと骨折じゃなくて捻挫ね、実は。だってよ『鬼から逃げるときに足捻りました』じゃカッコつかないだろ。それにあわよくば諏訪さんに介抱してもらえるかと」

「……呆れた男だ。いや、伊勢らしいしたたかさか」

「よかったぁ。伊勢くんすぐ退院できるんだね」

 鬼の目撃者は伊勢だけではなかった。十月の後半に差し掛かった辺りから、花尾町周辺で夜中に鬼を目撃する住民が後を絶たなかった。伊勢同様、鬼に追いかけられた者もいた。同時期に店舗や家屋の破壊事件が相次ぎ、皆はそれを鬼と結びつけた。今や学校でも鬼の噂で持ちきりで、教師らは集団下校を生徒に呼びかけていた。

 最初こそ眉唾なオカルト話に過ぎないと一笑に付していたレキも、実害が伴った段階でその実在を信じだし、今朝の出来事で確信へと変わった。

「ふむ、古来人間を苦しめる悪鬼はおったからの。現代にいようが不思議ではない」

「鈴珠さまのお力で鬼を討伐できないのでしょうか。私たちの微力も必要とあらばお貸しします」

「なあ、まさか『私たち』に俺は含まれてないよな」

 レキの不穏な発言に伊勢はぎょっと目を剥いていた。

「私も今朝、鬼と遭遇したのです。町や友人が被害に遭っているというのに傍観を決め込むなど我慢できません」

「バッカお前! 俺を気遣ってくれるのは嬉しいけどよ、俺たちただの高校生なんだぜ?」

「しかし」

「レキ、おぬしの気概は買うがの」

 興奮するレキを鈴珠がなだめる。

「信仰と神格を失ったワシに鬼を討つ力はない。第一、悪鬼悪霊といったやからを懲らしめるのは陰陽師やサムライの仕事だからの……ワシだって鬼は怖いし」

 最後に洩らした弱気な本音を、鈴珠は目をそらしながら早口で言い切った。

「とにもかくにも、せいぜい夜道には気をつけることじゃ。二度も鬼に襲われては、次こそ足を捻るだけでは済まぬじゃろうからの」

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