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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十三章――運命の時へ
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第48話:易からぬ賭け

「すごいわ。花尾の地の龍脈(りゅうみゃく)どれもが一つの地点に集中して流れているなんて」

龍穴(りゅうけつ)か。さすがは真白(ましろ)大神の置き土産だ」

 レキ、鈴珠(すず)、クルス、フォルテ、フィオ。龍脈の流れ着く先を追った四人が着いた場所は鈴珠神社だった。

 神社の建つ小高い丘からは、曇天の下に広がる花尾市一帯を眺望できる。

 かつて黒騎士と戦った境内に龍穴が沸々と湧いている。

 魔力の濃度があまりにも濃いためか、文字どおり青白い魔力が地に湧く泉となっているのを肉眼で捉えられた。異常ともいえる高濃度の魔力溜まりにクルスたち魔導士は仰天していた。

「せき止められていた花尾の地の龍脈は皆、この神社に集まるようになっていたのね」

「父上……感謝いたします」

 父親が残した愛情を鈴珠は噛みしめる。

 鈴珠神社が建てられとき、つまるところ鈴珠は、生まれた時点で父の愛情を無意識に授かっていたのだ。


 四人と一匹は社務所で降雪を凌ぎながら作戦を練ることにした。

 鈴珠が暖をとるための狐火(きつねび)をつくる。くたびれた屋内に明かりが灯った。

 全員、言葉数は少ない。立て付けの悪い戸が一番やかましい。

 花尾の地ありたっけの魔力をいかに利用すれば魔女ドミナに打撃を与えられるか。レキたちは膨大なる力の源を持て余していた。

 力押しでどうにかなる手合いではない。

 度肝を抜く戦略、戦術がどうしても必要になる。

 真白大神が隠す莫大な魔力をレキたちが入手したのをドミナはまだ知らない。不意の一撃が決まれば劣勢のレキたちにも一筋の光明が差す。相手の裏をかく――それこそ転生珠(てんせいじゅ)を使わせる暇すら与えぬ奇襲を仕掛ける機会は今しかなかった。

「ドミナを倒す目的からあえて離れてみてはどうか」

「コヨミ、この期に及んでまだ寝言を――」

 不愉快がるクルスをレキは「そうじゃない」と落ち着かせる。

「確かにドミナを殺したくはないが、私が言いたいのは彼女の手駒を封じる策をまず考えるべきではないか、ということだ」

 フォルテも「同感だね」とレキの提案に乗っかる。

「下手に攻撃して、逆上した魔女が恐竜の群れを無差別に街に放ったら、その時点で僕らの負けだ。魔女を倒そうが倒せまいが、魔導会と神々が掃討を開始するよ」

「魔女はレキを好いておるから、恐竜の蹂躙を控えておるのじゃろう。あやつを逆なでせんよう立ち回らんと」

 外部から直接たまごを破壊するなんてもってのほかね、とフィオが締めくくる。

「まだるっこしい。なら『魔女の手駒を封じる策』とは何だ」

「……それを今考えているところだ」

 早くも語り尽くした各々は再び黙り込む。

 部屋の真ん中で狐火は延々と揺らめく。

 ――邪神、禍我(まが)

 水を打ったような静けさの中で、レキがその邪悪なる名をぽつりとつぶやいた。

 皆、動揺する。

「禍我の力で超高次元領域への門を開けて『禍我の檻』に恐竜と『たまご』を吸い込ませて封じる。鈴珠さま、フィオ先生、可能でしょうか」

「可能か不可能か、どちらかといえば可能じゃろうが」

 フィオがずり落ちかけた眼鏡の位置を直す。

「無茶よ。邪神の力を借りるだなんて」

「俺たちは加賀家と禍我の契約を反故にした。奴は今頃怒りにのた打ち回っているはず。力を借りるどころか逆に魂を喰らわれるのがオチだ」

 うろたえるフィオにクルスが加勢する。

 いいや、とレキは首を横に振る。

「借りるのではなく、従えさせる」

 邪神の使役。

 黒騎士召喚や竜召喚をも凌駕する究極の召喚――邪神召喚。

 禍我を契約の戦士として従えさせてドミナに対抗する。

 それがレキの無謀極まりない妙案だった。

「神を手玉に取るのじゃな。なんと畏れ多い」

「邪神の調伏と魔女の打倒。さて、どっちが容易いかな」

「俺は構わない。封印だなんて生易しい真似がそもそも好かん」

「逆転の一手を打てるのは確実だけど……」

 酸欠気味にあえぐ鈴珠、面白そうに皮肉るフォルテ、動じぬクルス、難しい表情をする顔に冷や汗をしたたらせるフィオ。反応に差こそあれ全員の考えは一致していた。邪神召喚こそ魔女ドミナを倒し、かつ花尾の地を救える唯一の策だと。

「龍穴から魔力を得たワシなら、一時的に父上と同等以上の力を発揮できるじゃろう。大魔導士どのもおるから禍我を組み伏すのもあながち無謀とは言い切れん。とはいえやはり分の悪い大博打じゃ。覚悟するのじゃぞ」

 ――加賀の末裔よ。

 頭の中で反響する声で脳が揺さぶられてレキはうずくまる。

 ――余の領域まで来るがよい。余はそなたらを待っている。

 禍津薙(まがつなぎ)から黒い瘴気が漏れていた。


 神社を飾っていた注連縄の一部を切って解いたフィオは、切れ端を地面に並べて魔法円を描く。龍穴は霊的な力で囲まれ、大気中に拡散していた魔力が魔法円の内側に封じられた。

 全員、魔法円の内側に入る。

 禍津薙が竜穴の魔力を吸収しはじめた。

 フィオは両手を掲げ、超高次元領域開門の呪文を詠唱する。

 ふわり、重力が軽減されて浮遊感を覚える。

「禍我が私をいざなっている」

 力を蓄えつつある禍津薙をレキは握り締める。

「鬼が出るか蛇が出るか。おっと、キミたちは両方とも会っているんだっけ」

「禍我だから出てくるのは蛇じゃろ」

「こんなときに駄洒落とは呑気な連中だ」

 禍我の呼び声は理性を伴った、凪いだ海原を髣髴とさせる声だった。レキはその声に一縷の希望を見出していた。

 足元の魔法円の模様が上空に浮かび上がる。

 次いで鈴珠が詠唱を重ねる。

 レキが禍津薙を天に掲げると、共鳴したそれから黒い光線が発射されて上空の魔法円を撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた魔法円がねじれ、空間を歪ます渦となる。

 四人と一匹の身体が浮遊して天に上昇いていく。神隠しの渦となった上空の魔法円を通過した彼女らは超高次元領域に転移した。


 光明無き暗黒の宇宙――禍我の檻。

 かつて神々の戦いに破れた邪神が封印された領域。蛇の姿をしたその(あるじ)が、己がテリトリーに降り立ったレキたちを待ち構えていた。

 星から星まで届く長大なる胴は宇宙の果てまで伸びている。先端のしっぽは暗黒の彼方。島ひとつ丸呑みするのも容易い頭はレキたちの頭上に立ちはだかっている。

 ひしゃげた鎌首をもたげ、細長い舌を裂けた口から出し入れし、邪神禍我が圧倒的な存在感で彼女らを見下ろしていた。

「大魔導士フィオよ、加賀の末裔よ、よくぞ参った。禍津薙を介して余は見ていた。魔女の台頭、竜の再来、真白の敗北。そなたらは破滅の淵に堕ちる瀬戸際……」

「あなたも理解しているのですね。私たち大魔導士と神々の守護してきた人間世界が今、混迷の危機にあるのを」

「無論。それにつけても真白大神、許すまじ」

 禍我の胴の軋む音が不気味に響く。

「真白は魔女の謀反にかこつけて花尾の地を浄化し、己が望む国を創らんと企んでいた。あやつは昔からそうであった。万人が求む善なる者を装いつつその実、己が野望を成し遂げんと狡知をめぐらす。あれぞ真なる悪よ。竜に破れて清々したわ」

「父上を愚弄するか!」

 鈴珠の激怒を禍我はまるで意に介さない。禍我が相手をしているのはもっぱらフィオとレキであった。

「神々が一枚岩となれば、魔女と竜の謀反も鎮められるであろう」

 それではダメなんだ、とレキがかぶりを振る。

(いくさ)になれば私たちの故郷が戦火を被る。伊勢やモモ、鈴珠さまやクルスたちと思い出を紡いできた花尾の地を壊されるのは御免だ」

「きたる災厄を打ち砕くべく、邪神と忌まれし余の力を求めているのだな」

「そうだ。この禍我の檻に恐竜たちを封じ、地上の跋扈(ばっこ)を未然に防ぐ」

「生物の頂点に居座るだけでは飽き足らず、神をも手篭めにしようとは。おこがましい」

 禍我の首が深く垂れ、レキを真正面から見据える。

 レキは邪神の双眸を真っ向から睨み返す。

 二者の間に鈴珠が割って入る。両腕を広げてレキをかばった。

「レキを傷つけるなら真白の娘であるこの鈴珠が許さんぞ」

「退け、真白の娘よ。父の名を借りねば威張れぬか」

 邪神に威圧される鈴珠の顔面は蒼白だった。伸ばした腕や腰は震え、その場に踏みとどまるのがせいぜいといった有様である。そんな体たらくでも使命の炎が燃えたぎる彼女は、ぎりぎりの精神状態で踏ん張っていた。

(にえ)として喰らってやろう」

「やってみるがよい。龍穴の魔力でおぬしの腹に風穴を空けてやろうぞ」

 禍我が大口を開け、鼻の下に備わる毒牙を剥く。口の中は奈落の業火のごとく赫々(かくかく)と燃え盛り、責め苦の炎でもだえる罪人のように薄い舌が震えている。邪神は真白の娘もまとめて奈落の火中に陥れんとしていた。

 クルスが不敵な笑みで短刀を抜き、フォルテが光のオーラをまとう。フィオも銀の拳銃の引き金に指をかけた。

「神を屠るのもまた一興か」

友人(はらから)との約束をさっそく違えそうだ」

「大魔導士が操る禁魔法の数々と、魔導聖別された必殺の弾丸。邪神禍我、信仰を失ったあなたをひれ伏すのに十分な武装よ」

 得物を構える仲間を尻目に、レキはなおも禍我と対峙している。

 神経質に震える舌先が鼻先を掠めようが、牙の先から粘性の毒液がしたたろうが微動だにしない。(しず)の精神を保ち、眼の奥に宿す禍我の真意を読んでいた。そして心の扉を開け放って自らの意志を晒していた。

 野兎を威嚇する毒蛇さながら、禍我はレキが恐怖に負けるのを待っている。そうなったが最後、禍津薙の担い手を凡愚と見定めた邪神は彼女を毒の牙で殺し、灼熱の地獄に引きずり込むであろう。

(おのの)け、人の子」

 大蛇の吐息は毒気をはらむ。

 震えるのは前髪のみ。

 ――禍我よ、私は立ち向かう。

 ――人の子として生を受けたこの身、脆く儚く弱くとも。

 ――後には退けない!

「……其の不退転」

 宇宙の温度が少し温まった感覚がする。

 レキたちが不思議がっていると、いつしか邪神から殺意が失せていた。

天晴(あっぱ)れ」

 くじけぬ心を以って立ち向かう少女を、禍我はそう褒め称えた。

「天晴れだ。実に天晴れだ」

 上機嫌に連呼する。殺意を消すどころか、むしろレキたちを祝福している。一同は戸惑いながら武器をしまった。

「余を前にして恐れぬとはまこと天晴れなり」

「単なる虚勢だ。買いかぶられても困る」

「神を相手に虚勢を張れる者などそうそうおらぬわ。神の娘でさえ余に恐れをなして震えているというのに。加賀暦(かがこよみ)よ。そなたは余の(あるじ)に相応しいぞ!」

 禍我は頭を天高く反らし、光沢のある胴を狂喜に震わせる。

「いいのか? 私は契約を踏みにじったのだぞ」

「構わぬ。もとよりそなたらに力を授けるつもりであった。そなたらを助けたい――余の内に眠りし二つの魂が切に願っていた。よもや真白の娘なんぞに助太刀するとは運命の歯車も奇妙に廻るものよ」

 禍我に魂を喰われても未だ闇で光を絶やさぬ者……。

 レキと鈴珠がはっとなる。

 ――鈴珠さま、これでずっとそばにいられるね。

 どこからともなく少女の声が届く。

「……スセリ。おぬしなのじゃな」

 虚空のかなたに旧き友を思い馳せながら鈴珠が「ありがとう」と、一滴の涙を落とした。

 スセリの想いは禍我の闇を貫き、超高次元の隔たりも乗り越え、鈴珠へと届いたのだった。レキが二人にやきもちを焼いてしまうくらいの強い愛だった。

 禍我の雄叫びが宇宙の果てまでとどろく。

 黒き世界の振動はさながら武者震い。

「余は闇の王。余は奈落の筆頭。余は魂魄の喰らい手。余は禍我。比類なき神の力を人の子に貸そうぞ。魔女も竜も望むところ。花尾の地のため人のため、いざ存分に振るうがよい!」

 (とき)の声で宇宙の一点に光が生じ、現世への穴が穿たれた。

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