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少女と神さまと魔導士の歯車  作者: 帆立
十三章――運命の時へ
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第47話:父は娘に希望を託す

 バリケードの脇を抜けて真白(ましろ)大社に忍び込む。

 レキ、鈴珠(すず)、クルス、フィオ、フォルテ。四人と一匹のすり足が砂利道を鳴らす。

 霊的な力で神社を守護する鎮守の森の(くすのき)たちは、どれも焦げていたり折れていたり倒れていたりと悲惨な有様だった。恐竜との戦闘の中心となった本殿に近い場所となれば、もはや廃墟と表現して差し支えなかった。

 真白大社の崩壊は、(おおやけ)には地下のガス管の破裂が原因と報じられている。真白大社一帯はその『事故』以降、一般人の立ち入りが禁じられている。警察や神主などの関係者すらいないのは、真白大神の人払いの妖術によるものだった。

 森が破壊されたせいで斑点状の木漏れ日がそこかしこに差し込んでいる。痛ましさとぬくもりが混在していた。

 でこぼこの地面をどうにかこうにか歩いて神社の中心、本殿を目指す。

 瓦礫を踏み越えながらクルスは携帯電話をいじっている。

諏訪(すわ)からのメールだ」

「モモから?」

「ラブレターかい?」

「茶化すな」

 フォルテが余計な茶々を入れたせいでクルスは携帯電話をしまってしまい、レキはメールの内容を訊きそびれた。携帯電話を折りたたむとき、絵文字混じりの文章が画面いっぱいみっちり書かれてあるのがかろうじて窺えた。

「父上がいらっしゃる」

 森を抜けて広場に足を踏み入れるや、鈴珠が焼け落ちた本殿めがけて走りだした。レキたちも急いで後を追った。

 鈴珠は小柄な身体を瓦礫の隙間に潜り込ませて、半壊した社の中に入っていく。レキたちも比較的損傷が少ない箇所を探して追う。

 瓦礫を除けながら回り道し、中心部に到達する。

 御神体が安置された神座。

 そこに一匹の狐が丸まっていた。

 森を見下ろせるほどの巨体であったはずの真白大神は、他の動物たちと変わらぬ大きさにまで縮んでいた。竜の攻撃を浴び、あまつさえ信仰の源である社も破壊されたからか、衰弱しているのは誰の目にも明らかだった。

「余も永き眠りにつく時がきたか」

「父上、お気を強くお持ちください」

「花尾の神が竜に破れるとは。余もしょせんは老いぼれの身か」

 覇気のない声にもはや氏神としての威厳はない。老衰した己が身に哀愁を覚える老人の語り口であった。

「鈴珠、すまぬ」

 いきなり謝られた鈴珠はぎょっと目を剥く。

「私の跡を継ぎ、花尾の地を守護する。お前にそれを望んでいたがゆえ、私はあえて試練ばかりを与えてきた。振り返れば父親らしい真似など一つもしてやれていなかった。加賀スセリに固執したのも親の自覚に欠けた私が遠因であろう。不甲斐ない父を恨んで結構だ」

 そう『父』は『娘』に詫びた。

 鈴珠は目を白黒させている。

「父上の跡を継ぐ……わたくしが?」

「如何にも。余の姿を映した、同じ狐の姿を借りし神、鈴珠音命(すずのねのみこと)よ」

 無論、そちが望むなら人間の営みに身を委ねてもよい。そばに置きたい者がいるのだろう。無理強いはせぬ。

 鈴珠が絶句していると真白大神はそう付け足した。

「そちはそちが見出した光を追うがよい」

 頭が真っ白になった鈴珠はぽかんと立ち尽くしている。

「わたくしは意志が薄弱で、とても花尾の地を守護する格の神ではありませぬ」

 震える声をかろうじてひりだす。

 レキたちは固唾を飲んで鈴珠の勇気を見守っている。彼女が精いっぱいの勇気を振り絞っているのだから、つらくても水を差してはならなかった。

「鬼を、外道魔導士を、魔女を、黒騎士を、邪神を、竜を相手にし、わたくしは臆してばかりでした。昂ぶる感情に任せて暴れるのがやっとでした。戦いは怖いです。創造と育成を繰り返す生涯で、戦いだけが唯一破壊する行為です」

 それでも、と鈴珠は腹に力を入れて語気を強める。

 拳を握り締める。

 震えが止まる。

「それでもわたくしは、父上が護ってきた花尾の地を竜に荒らされたくありません。大切な者たちが営み育まれるこの町を護りたいです」

 声に堂々たる意志が宿る。

 頼りなさげにさまよっていた視線も一点に定まる。

「護ります。必ずや護ってみせます。父上に代わって」

 父親の娘への愛情がそれを呼び覚ましたのか。

 願望は、少女の勇気によって宣誓に昇華していた。

「その意気だ。愛しき娘よ」

 突然、真白大神に背を向けた鈴珠はレキたちを置いて外に飛び出してしまった。

 愚直に追いかけようとするレキをフィオが「しばらく一人で泣かせてあげましょう。大丈夫、あれは嬉しくて泣いているのよ」とやさしく引き止めた。

 そうか、とレキは思い至る。

 愛しき娘。

 たった七音の、きらめく宝物。まばたきのうちに生まれて消える鈴珠だけの宝物。

 鈴珠は儚きそれを求めて頑張ってきたのだ。

 唯一無二の友人を殺めた罰として、狐と葛籠(つづら)の神さまは八十年の封印から現代に放り出された。

 今この時こそが彼女の一つの到達点だった。

 ――よかったですね、鈴珠さま。

 自然とレキは笑みを浮かべていた。

 心にさわやかな風が吹き通っていた。

「魔女を討つのか」

 真白大神の問いにクルスが首肯する。

「早急に手を打たねば魔導会が本格的に行動を始める。奴らは人間社会の秩序維持のためならば町一つ……いや、国一つ滅ぼす程度、微塵の良心も咎めぬ連中だ」

「其れは神々とて変わらぬ。余がやらずとも、他の神々は魔女と竜を滅ぼした後に花尾の地を一旦掃き清め、浄化された地にまた人間を住まわすであろう」

「ただでさえ勝ち目がゼロに等しい相手なのに、制限時間のおまけつきとはね」

 軽い調子でフォルテは言ってのけたが、実際レキたちは絶望的な状況下にいる。転生珠(てんせいじゅ)、黒騎士、竜――魔女ドミナの切り札そのいずれの対抗策も未だ持ち合わせていないのだから。

 真白大神はしっぽを垂直にして青白いオーラを周囲にまとわす。

 青白いオーラが一瞬強まったとき、何かの封印が解けた気配がした。

「大魔導士フィオよ、神の力を感じるであろう」

 フィオは床に両手をついて霊感を研ぎ澄ます。

「真白大社を源泉に膨大な魔力の流れが外へ……これは龍脈(りゅうみゃく)!」

「龍脈の流れ着く場所、龍穴(りゅうけつ)へ往くがよい。餞別をくれよう」

 若人らの心に燦然(さんぜん)たる光が絶えんことを。

 氏神の加護がレキたちに垂れる。

加賀暦(かがこよみ)よ。鈴珠の父として今一度頼もう。娘を頼むぞ」

 最後に娘を託した真白大神は実体を薄れさせ、やがて超高次元領域に還った。


「父上はワシを愛してくださっていたのじゃな」

 焼け焦げた楠にうなだれていた鈴珠をレキが慰めようとしたら、鈴珠に先んじられた。

 ちらほら振ってきた雪のかけらが、狐の耳が生える頭に薄くかかっている。

「娘のくせにちっとも気づかなんだわい」

「厳しさも愛情の一つなのでしょう」

「ワシは甘い愛情のほうが好みじゃがの」

 たはは、と努めて明るく笑う鈴珠の目元には泣きはらした赤い痕。

 真白大神は花尾の地を治める氏神である。後を継がせる娘を立派に育てる義務がある。父親のほうも父親なりに娘を持て余していたのだろう。すれ違った親子がまた交わった幸運をレキは祝福した。

「胸の奥で炎が燃え盛っておる。無限の勇気を生むこの炎は――使命と呼ぶものなのじゃろうか」

 鈴珠は胸元に手を添え、その熱を確かめる。

「おぬしらの勇気の源はこれだったのじゃな」

 この炎、何があっても絶やすまい。

 鈴珠は両手を交差させて炎もろとも胸を抱いた。

「父上に息巻いた手前、必ずや魔女を倒さねばいかんな」

「倒す、ですか……」

 境内は無残に崩壊している。一年や二年で復旧できるような生易しい規模ではない。

 神々の威光はいにしえの巨竜に蹴散らされ、今は空虚さが残るのみ。

 最悪の結末を迎えた場合。悪夢かと疑いたくなるこの光景は地上全域に及ぶ。

 暴虐の限りを尽くす竜の群れ。太刀を抜き弓を引く神の軍勢。禁断の魔法を解き放つ魔導士たち。

 人類を抱擁していた大地は戦場と化す。

 灰色の文明は片端から倒壊し、人々は災禍から逃げ惑う。

 そして、高笑いする紅蓮の魔女。

「ドミナ。私はお前を――」

 指先が記憶しているドミナの体温が、レキが冷徹になるのを最後の一歩で阻んでいた。

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